第21話 相性が悪い
学園生活が始まって2週間が経った。
エストは変わらず午前は読書、午後はダンジョン攻略や魔石の研究などをしている。
しかし、エストの周りは変わっていた。
一番右後ろの席はエスト。そこは変わらない。
その隣にメルが座り、エストの前をクーリアが座っていた。
マリーナとの一件以降、クーリアとの距離が近づいたのだ。
昼休みに入ると、手持ちの本を読み終えたエストは、暇になった。
何となく魔道懐中時計の家族写真を見ていると、たまたまメルが文字盤を見てしまった。
「それ、アリア様?」
「……そうだけど」
「エスト君ってアリア様と関わりあるの?」
「うん。お姉ちゃんだし」
「へぇ〜……凄いんだね、エスト君。あのアリア様の弟なら、ちょっと分かっちゃうかも」
一ツ星のアリア。
知らない人は居ないと言われるほど、超がつく有名な冒険者。
無論エストは知らない。
でも考えたら分かるのだ。
どうせ師匠の研究の素材集めをしてたら、ランクが上がったんだろうな〜、と。
大正解である。
メイドであるアリアは、魔女の手伝いをしていると勝手に冒険者ランクが上がったのだ。
「血は繋がってないよ。でも、家族。それじゃあ僕帰るから。またね」
「あ、うん、またね…………またね!?」
メルに対して、初めてちゃんと挨拶をした。
普段しれっと帰ってるエストは、近くに居るメルやクーリア相手でも別れの挨拶はしなかった。
それが今や、少しずつ変わっている。
その原因は、学園の外にあった。
午後のエストは冒険者ギルドへ行き、魔剣士のガリオに会う。
一言二言話した後に、訓練場へ行くのだ。
ガリオはエストを雇う形で、火魔術を教えてもらっている。
毎日のように会う都合上、自然と別れの挨拶をする回数が増えていく。
魔女の森では経験することが少なかった、別れの挨拶。
ダンジョンやギルドを行き来するエストには、森では得られない経験を積むことが出来た。
「エスト、昨日言ってた魔道書、20万リカもしたぞ」
「読んだの?」
「読んだけどよぉ……出費が痛い」
「じゃあダンジョンで稼げばいい。今のガリオさんなら余裕でしょ?」
「そうだな。だがパーティを組むとなると無理だ」
エストは基本、単独行動を軸にしている。
その理由は力量差が大半を占めているが、コミュニケーションが苦手という要素もある。
ガリオはエストを対等に見ているため問題ないが、他の者ではそうはいかない。
会話が苦手というのは、エストの短所であった。
ガリオへの授業が終わると、エストはダンジョンに行く。
少しでも早くお金を稼ぎたい気持ちと、魔女やメイドに贈る魔道具の素材が欲しかったからだ。
「子どもってだけで見下すの、どう思う?」
20階層の主部屋にて、ゴーレムに話しかけていた。
現在ゴーレムの足は凍っており、両腕は溶解して無くなっていた。
袋のネズミとはこのような状態を指すのであろう。
「まぁ、いいんだけどさ。師匠も見た目が小さいからよく舐められるって言ってたし。でも、師匠は可愛いから良いんだよ。それに比べて僕はどう? 可愛い? かっこいい? よく分からないんだ」
思春期の脳内のような独り言をこぼし、ゴーレムの全身を徐々に凍らせていく。
上級氷魔術──
もしも人が触れたら、瞬く間に氷の彫刻となるだろう。
美しくも恐ろしい純白の魔法陣をゴーレムは踏んでいる。
「凍っただけじゃ死なないんだね。興味深い。いや、ゴーレムだからか? これも検証しないと」
冷気を放ち、動かないゴーレム。
エストは
残った魔石と宝箱を回収する。
宝箱の中身はゴブリンの魔石だった。
「あ~、ハズレた。まぁいいや、進もう」
ちょっぴり残念な気持ちになるが、すぐに切り替える。
21階層へ続く階段を降りると、洞窟の壁の色が変わった。
少し赤紫っぽく変色した道を進むと、剣を持った骸骨が現れた。
Cランクの魔物、スケルトンだ。
スケルトンは特殊な魔物であり、光属性の魔術に弱い。
面白いのは、傷を癒す
他にも訓練で使ったゾンビ君……アレは偽物だが、本物のゾンビや、魔術を使うワイトなども同じ特徴がある。
それらを人は、アンデッドと呼ぶ。
「確か物理攻撃が効きにくいんだっけ。お姉ちゃんは余裕って言ってたけど、僕はどうなんだろ」
龍人族を比較対象にしてはいけないが、試してみた。
ヨロヨロと歩くスケルトンに向けて、拳に力を込めて振り抜く。
ボゴッ! と鈍い音と共に、スケルトンの胸骨にヒビが入った。
「うん、無理だ。
光魔術を多層魔法陣で詠唱し、ダメージを受けた右手とスケルトンに掛けた。
スケルトンは一瞬にして灰になり、紫色の魔石を落とす。ゴブリンの物より少し大きい。
「面白いなぁ。そうだ、火と光の魔術を合わせたら単属性のフリが出来るかも? 試してみよう」
次のスケルトンが現れると、エストは魔法陣を出した。
今回使うのは、属性融合魔法陣だ。
ネルメアが提唱したものよりも、無駄が無く洗練されている。
二つの属性を同時に扱うが、使う魔力量は1回分。
相乗魔法陣のように強くはならないが、等倍で掛け合わせられる分、汎用性が高い。
イメージを魔力に込めると、黄色い単魔法陣の外周が赤く染った。
二つの色が現れたら、構成要素の一つである想像は成功している。
「
スケルトンの足元にある魔法陣から、赤白い炎が上がった。
瞬く間に灰になったスケルトンを見て、実験成功とメモを取る。
「これは使い勝手が良い。対アンデッド用魔術として広めても……誰も使えないか」
改めて、自分が異常であることに気づくエスト。
普通は適性のある1属性しか使えないのだ。
己の基準で物を語るのはやめた方がいいかもしれない。
少しだけ考え方を変えた、エストであった。
「ド〜はドラゴンの〜ド〜、レ〜はレッカのレ〜」
以前魔女が教えてくれた歌を歌いながら、ダンジョンを進むエスト。
20階層を超えると、今までチラホラと見えていた冒険者も見えなくなり、いよいよ独りになった。
隣には等身大アリア人形を出し、一緒に歩かせる。
まだまだ満足のいく出来ではないが、アリアの雰囲気がエストの癒しになるのだ。
ゴーレムを倒してから、およそ1時間。
30階層の主部屋に辿り着いた。
「ペースが早いな。いや、早いのか? 次はガリオさんも連れて確認しよう」
懐中時計で時間を確認し、
気を引き締めて大きな扉を開くと、やはり中は大きな部屋になっていた。
まるで聖堂の様に天井が高い。
上の階層をぶち抜いているのだろうか?
部屋は暗く、明かりはエストの手にある小さなランタンだけだ。
『グルル……グガウッ!!』
部屋の真ん中には、エストよりも少し高い位置に顔がある狼が5体居た。
黒い毛並みと赤い目が特徴的な、単体でBランクの魔物。ダークウルフだ。
彼らは闇の中でも見える目を持ち、鋭い爪と牙を恐れて、アサシンウルフの通称がある。
また、ダークウルフは高い魔術耐性があり、基本的に魔術で戦うエストには厳しい。更には、群れをなすことで総合的な格はAランクとされている。
「なるほど、これは相性が悪い。複数の練習相手にするにも、不安要素が大きすぎる。ここは…………逃げる!」
少しでも厳しいと思ったら逃げること。
それがアリアに教わった、魔物との戦い方だ。
相手が1体だけならまだしも、5体も居ては厳しいどころではない。
大人しく主部屋を出たエストは、ギルドまで走ったのだった。
「あ、エストさん。珍しいですね、息を切らして」
「まぁね。ダークウルフはまだ無理。目が合った瞬間に逃げてきたよ」
換金を済ませようと背嚢を床に置くと、ギルドが異様な静寂に包まれた。
「……ダーク、ウルフ? もしかしてエストさん……30層の主部屋に?」
「うん。僕より大きくて、かっこよかった。でも5体も居たら怖いよ。まだ試してないけど、明日は魔術を撃ってから帰るつもり。勝てそうなら倒してくる」
そう言ってエストはゴーレムの魔石と大量のスケルトンの魔石を並べると、本当にエストが30階層まで行ったことの証明となった。
帝都付近のダンジョンは、21階層からBランク以上でないと死ぬ、と言われている。
理由はスケルトンにある。
基本が物理攻撃である冒険者にとって、スケルトンは中々にしぶとい魔物だ。
魔術に弱く、特に光属性に弱いが、光の適性を持つ者は数が少ないために進みづらい。
人の適性は、火・水・風・土が殆どである。
稀に光や闇といった適性を持つ者もいるが、それらはすぐに教会や貴族が確保するために、冒険者には流れない。
よって、あのダンジョンは20階層が限界とされている。
「……流石ですね、股間照明様」
「その不名誉な通り名やめてくれる?」
「ふふっ、ごめんなさい。それじゃあ換金しますね」
まだ帝都には広まっていないエストの通り名は、受付嬢ミーナの発言により大きく知れ渡った。
次の日からガリオはエストを見て笑うようになり、エストはその度にガリオの股間を光らせることになったのは言うまでもない。
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