第39話 計り知れない


 放課後になると、各チームに割り当てられた実技教室に入ったエスト。


 ここからは生徒だけの時間だと思っていたが、なぜか学園長もその教室に居た。

 ニヤッとイタズラっぽい笑みで迎え、会話を続ける。



「再度言うが、彼はこの学園で一二を争う実力者だ。言うなれば強い駒。対人戦の経験こそ無いが、その力量は計り知れない。セーニャやカミラは出場経験がある。戦い方を教えたら、優勝を狙えるかもしれない」


 優勝候補という認識にカミラ達は頷くが、エストの頭の中では黒い髪の生徒でいっぱいだった。

 認識阻害を常時発動する技量と魔力量。

 アリアに勝りはしないものの、エスト以上に近接戦闘経験を積んだ立ち姿。


 総合的に見て、初めて自分より上だと感じた生徒は、ミツキが初めてだった。



「以上! 頑張れ。事故には気を付けて」


「「「「「はい!」」」」」



 学園長が教室を出ると、カミラが一歩前に出た。そして……頭を下げた。


「エストくん、ごめんなさい」


「うん。それで、模擬戦はしないの?」


「えっと、怒ってないの?」


 特段気にした様子を見せないエストに、顔を上げたカミラが問う。

 澄んだ青い瞳を向けられるカミラだったが、どこかその目には自分が映っていない気がした。


「どうして僕が怒るの? 僕はカミラの親じゃないよ。そんなことより、面白い魔術が見たい。5年生でしょ? 無いの? 僕の知らない魔術」


 あぁそうか、この子には自分が映っていない。あの目で見ているのは……いや、のは、魔術なんだ。


 おぞましい気配すら感じたカミラは、目を伏せて首を振った。

 エストは10歳らしからぬ態度だが、魔術を研究する者としては当然の態度だった。


「エスト殿、拙者の火魔術はどうだ?」


「君のは論外だよ。あと、土の人と水の人も。正直に言って、2人はメルとクーリア未満。この中で面白いのは、カミラとユーリだけ」


 アルフレッドの申し出は、セーニャとマークを巻き込む形で粉砕された。

 それも、プライドや経験と共に。


 あまりの物言いにカミラが叱ろうとするが、エストが来る前に言われた、学園長の話を思い出した。



『あの子は遠慮や配慮を知らない。その上、バカがつくほど正直だ。良い魔術は良いと言い、悪い魔術は悪く言う。そこに一切の加減は無い。キツく言われると思うが、それは君たち学生としての意見ではなく、本当の意味で魔術師からの言葉として受け取りたまえ』



 きっと、本当に3人の魔術は論外なのだろう。

 それこそ、構成要素から間違っているくらいに。

 そうカミラは受け取るが、言われた本人達が同じように思えるとは限らない。


「ろ、論外だと? これでも拙者は、エスト殿より1年多く勉強しているのだぞ!」


「相互作用も知らないクセによく言うよ。魔法陣の偽装も無し、構成要素は滅茶苦茶、おまけに詠唱時は立ち止まる。僕より勉強した? だから何? 型破りって言いたいの? だったら型を知らなきゃ意味が無い」


「……エスト殿に火魔術の何が分かる」


「分からなかったから調べたんだ」


 さも当然のように返すエストに、アルフレッドは黙ってしまう。

 なぜなら、調べられる環境があるのに調べず、教えられた魔術が全てだと思い込んでいたから。


 エストは調べられる環境があるにもかかわらず、魔女は敢えて間違った知識を教え、それをエスト自身が『間違いである』と分かるまで調べさせるなどといった、厳しい教育を施された。


 例え行使できなくとも、知識は一流の物だ。


「あたしの魔術は、何がダメだったっすか?」


「ユーリ以外は構成要素からダメだよ? 単魔法陣なら全属性で構成要素は同じだから、ユーリに聞いて」


「ボ、ボクに? どうして!?」


「めんどくさいから」


 そうして単魔法陣の講座が始まると、エストは間違いが無いか近くで聞きつつ、土魔術の練習を始めた。


 飽きるほど聞いてきた6つの要素を知った4人は、興味深そうに話を聞いている。

 その裏で、エストは地面に茶色の複合魔法陣を出す。


「……あ、水と合わせたら良いかも」


 直径が肩幅より少し大きいくらいの魔法陣に、青が差していく。

 みるみるうちに魔法陣の色が混ざると、黒っぽい魔法陣が完成した。


 使う魔術は、いつもの等身大アリア像だ。


 しかし、今回は特別仕様。

 粘土の人形である。



「──粘土像アルアデア



 複雑な魔法陣が回り出し、色の着いた粘土が造られていく。

 角や尻尾は再現しないものの、その外見はひと目で分かる。


 完成した像に触れてみると、ちゃんと泥のような粘り気を感じた。

 あとはこれを焼くだけで、土器が完成する。

 だが、ここで問題点が出た。


 エストは火の魔術が使えることを、チームで共有していない。

 そもそもエストの適性を誰も知らないのだ。


 ここで火を使うと真の適性を悟られる可能性があるので、仕方なく講座が終わるのを待った。


「アルフレッド、ちょっといい?」


「なん……本当に何だ?」


 声をかけたエストの背後に、動かない一ツ星の像があれば困惑するのも当然だ。

 アルフレッドは首を傾げながらも近寄ると、手短に伝えられた。


「これを焼いて。温度は一定、かつ均一に」


「いや………いやいやいや! この大きさは無理だ!」


「循環魔力に注意したら簡単だから。ね?」


「ね? じゃない! 拙者、今から初級で試そうと思っていたところで……」


 この際、自分が火魔術を使えることがバレなければ良いと思い、エストはあの方法で魔術を使うことを決めた。


「じゃあ、適当な魔法陣出して」


「適当って……それより練習が」


「出したら練習行っていいから」


「は、はあ」


 エストの押しに負けたアルフレッドは、眼前に火球メアの魔法陣を出した。

 これでいいのか? と思うアルフレッドだったが、次の瞬間には魔術の制御を乗っ取られていた。


「ありがとう。戻っていいよ」


「──は? 拙者の魔法陣が……えっ、どういう」


 困惑するアルフレッドを無視して、エストは奪った魔法陣の全ての構成要素を組み換えた。クーリアやマリーナの時は魔術をそのまま返したが、今回は自分のモノとして再構築する。


 因果と結果、消費魔力と循環魔力、想像と創造。


 今回注目すべきは、循環魔力だ。

 魔法陣に流れる魔力量を増やし、その魔力を消費する──出力の強さを一定に保つ。


 そうすることで、長時間一定火力で火球メアを使える。



「よし」


「よし、ではないが!?」


「あれ? 練習に戻ったんじゃ?」


「戻れるわけ……ああもう! 明日、その魔術について教えてほしいでござる!」


「ヤダ」


「なにゆえ!?」


「めんどくさいから」



 そんな理由で、と思うアルフレッドだが、学園長の言っていた『計り知れない力量』の意味を理解した。

 自分達の知らない、それどころかまだ誰も知らないであろう魔術を平気で使うエストにとって、本当の意味で『めんどくさい』のだろうと。


 理解も納得もできないが、頷いたアルフレッドは5人の輪に戻っていく。



 いつか、自分も同じ高みに行けると信じて。

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