第40話 影との邂逅
「──嘘でしょ?」
翌朝。ずっと焼いていたアリア像の完成を楽しみに、エストは実技教室に訪れていた。
しかし、そこで見た光景は信じられない物だった。
あれだけ精巧に造られていた粘土の像が、見るも無惨な姿に割れていたからだ。
「……土器は粘土を焼くだけじゃないんだ」
割れた痕跡を見て、人為的ではないのを確認すると、そもそもの作り方が間違っていると判断した。
エストが土器に対する認識は、文字通り粘土を焼いた物、というものである。
そこに疑問を覚えると、硬くなったアリア像を粉々にしてから、
始業前に図書館に寄り、土器や土魔術、さらには水魔術に関する魔道書を10冊ほど借りて教室に戻った。
「今日は大量だね、エスト君」
「うん。いつも以上に集中しないと」
「ふふっ、その意識が授業じゃなくて、本に向けられるから面白いんだよね」
こと魔女像、アリア像には手を抜かないエストだ。知っていて当然の知識を教えられる授業より、新たな世界に向けて本を読む方が重要である。
チラリとメルが本のタイトルを見ると、そこには自分の分身と言っても過言ではない土魔術の魔道書が数冊あった。
あれだけ知識があってもまだ求めるのか。
そこに欲しい知識はあるのかと疑うが、実はこれらの魔道書は図書館の『土魔術コーナー』には無い。
エストが読んでいる魔道書は、魔法陣や構成要素、詠唱のキーワードを記したものではなく、古代に使われていたとされる魔術の歴史書だ。
使い方はおろか、何がどうなってその結果に至ったのか分からないほど曖昧な、魔術の結果だけが記されている。
エストが作りたい土器は、その昔、土の呪術師が作っていたものだ。
大地の血液である水と、山の肉である粘土を混ぜて形を作り、天の怒りたる炎を浴びせることで完成する。
我らは自然を喰らう。
その骨たる道具を作ることは、呪術師たる村の長の仕事であった。
古代文字で書かれた文章を意訳すると、エストはなるほどと頷いた。
土器、即ち道具は土の魔術師が作る物であり、それは現代では魔道具としての立場となんら変わり無い。
家具は木製が増え、食器などの道具は陶器や金属製の物が一般的になりつつあるが、昔は全て土器だった。
生活の大事な部分を作れる土の魔術師こそが、村の長になったのだ。
魔道具は魔石の面から見ても生産にコストや時間がかかるため、今は土の魔術師の仕事は少ない。
だが昔は、魔石の必要が無い道具職人であることから、仕事が多かった。
魔術の歴史は何度見ても面白く、その時々によって違う属性の魔術が権力を握るのだから飽きがない。
そう言った時代の流れを感じることも、エストが魔術を好きな理由のひとつだ。
昼休みに入ると、弁当を持ったメルがエストに着いて行く。
今日から一緒に昼ご飯を頂くらしい。
「熱心に読んでたけど、面白い話はあった?」
「うん。今から何千年も前は、土魔術が至高だったんだ。人の生活基盤を作るから、社会の心臓になったらしい」
「そうなの!? 他には何かある?」
「自然を神と崇める宗教が出来てたらしい。火、水、風、土の属性は自然由来のモノって考えが根強くて、魔術の根源たる魔力。それを司る自然こそが神である、って」
「自然が神様、か……今の私達じゃ到底思い付かない考え方だね」
「うん。昔は魔術が理論化されていないから、超常現象? とか言われて、今以上にあやふやな存在だった。だから詠唱も載ってなければ、魔法陣すら分からない。それがとても面白い」
「……エスト君は何を調べてたの?」
「それは土器の作り方を…………あ」
完全に脇道に逸れていたことに気が付き、頭を抱えた。
大昔の生活を知れば自然と答えが出ると思っていたがゆえに、興味深い魔術の歴史を知ることに思考が切り替わっていたのだ。
「ありがとう。目的を見失うところだった」
「えへへ、どういたしまして、かな?」
この日のエストは午後の授業に出席せず、一足先に魔術対抗戦用の教室に来ていた。
胡座をかいて魔道書とにらめっこしながら、ああでもないこうでもないと魔術を使う姿がそこにある。
今は、風魔術を合わせて粘土の乾燥を試みているところだ。
「土器を作るのって、大変なんだ。知らなかったな……今度師匠に教えてあげよ」
乾燥が終わると、焼きの工程に入る。
火の魔術に関してはガリオに教える過程で更に理解が深まっており、初級なら手のように扱える。
全体を均一に熱していくと、焼き上がりまでじっと待つ。
ユーリ達が来るまで2時間はあるので、その時間を読書に充てるのが今回の目的だ。
──しかし、教室に生徒が入ってきた。
エストは魔道書を読みながら、背後に居る誰かに話しかける。
「
「……慣れた」
「そうなんだ。じゃあ、
「っ……知ってたの?」
「僕の知覚範囲に入ったから」
エストの背後に、限りなく気配の薄い人物が居た。
黒い髪は肩甲骨の辺りまで伸ばし、制服の上からローブを羽織った、エストより少し身長の高い女子生徒。
彼女がミツキだ。
闇魔術を使い、得意の認識阻害……構築が少し甘いために気配隠蔽程度の効果だが、それを常時展開するほどの技量と魔力量を持った魔術師。
腰にはエストが見慣れない剣が鞘に収まっており、その風貌は暗殺者と言った方が正しいかもしれない。
「何してるの?」
「アリアお姉ちゃんの像を作ってる。特別に見てもいいよ」
「……特別?」
首を傾げるミツキに、エストは顔も向けずに頷く。
「うん、特別。面白い魔術を見せてくれたから、お礼に」
「……見せてないけど」
「もう見たよ。3つも見せてくれた」
「ッ──」
即座に腰の剣に手を掛けたミツキ。
だがしかし、それを抜きはしなかった。
否、出来なかった。
鞘と鍔の接着面が凍結しており、靴も教室の床と繋ぐように凍っていたからだ。
ミツキの攻撃手段を封じたエストは、魔道書を閉じて立ち上がった。
くるりと反転すると、ミツキと顔を合わせる。
「綺麗。冬の夜みたい」
艶のある黒い髪とは反対に、陶磁器のように白い肌。
健康的な赤い唇やパッチリと大きな目を見て、エストは純粋な言葉をこぼした。
おもむろに彼女の肩に手を置くエスト。
グッと力を込めて倒そうとするが、ビクともしない。
「……何する気?」
「何も出来ないよ。君の方が強いもん」
「……そう」
「他の魔術も見せてよ」
「ヤダ」
「ならいいや。またね」
新しく知る情報が無いと悟ったエストは、凍結を解除して床にうつ伏せで寝転がった。
興味を失ったのか、魔道書を読み進める。
まだそこに居るのに。
そこに居ると、分かってくれているのに。
ミツキは突っ立ったまま、小さな背中を眺めた。足をぶらぶらさせて読書する姿は、まるで休日の子どもだ。
「……どうしてあたしに気づいたの?」
「その程度で見えなくなるほど、僕の目は悪くないよ」
普段のエストならば、返すことは無かっただろう。
視線こそ向けていないが、興味はミツキの方を向いている辺り、彼女の力が気になっているようだ。
「もしかして……コレも見えてる?」
ふと髪を触りながら問うミツキだったが、エストは振り返ることとなく、首を傾げるだけで応えた。
「そう。あたし、ミツキ。あなたは?」
「エスト」
「覚えとく。ユニークな人は忘れない」
最後にそれだけ言うと、ミツキは教室を出て行った。
ドアが閉まった音を聞いて、エストは魔道書から顔を上げた。
「……ユニークって、どういう意味?」
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