第41話 帰ってくるも
時は進み、魔術対抗戦まで一週間に迫った。
エストは土の魔術師ということで理解が進められると、連携の構築に時間が使われ始めた。
本番では、魔術で作られた小さな森が戦闘エリアだ。
姿が見えなくとも動きを合わせる練習は、どのチームも困難を極めている。
放課後の練習が終わると、メルとエストは学園内の喫茶店に来るようになった。
お互いに練習方法などは明かさず、普段通りの雑談を交わしている。
「エスト君のご両親は観に来るの?」
「来ないと思う。師匠もお姉ちゃんも、そこまで気にしてないだろうし」
「え〜? 気にしてると思うけど……お家はここから遠いの?」
「走ったらすぐ着く距離」
「じゃあ明日、帰って招待した方が良いよ! せっかく対抗戦に出るんだから、ね?」
エストは紅茶を飲みながら2人を思う。
魔女は魔女で研究やら自堕落生活で忙しそうだし、そんな魔女のメイドであるアリアは、館の管理はもちろんのこと、一ツ星の冒険者として活動している。
ゴネたら魔女は来てくれるかもしれないが、アリアが来る可能性はかなり低い。
観るなら2人で観てほしいエストにとって、期待するだけ断られた時のショックが大きいというもの。
「でも……」
「エスト君はどう思ってるの? 来てほしいのか、来てほしくないのか」
「……来てほしいよ。もう3ヶ月も会ってない」
「だったら答えは決まってる。でしょ?」
心の揺らぎは魔術に影響する。
下手に期待してしまえば、その分だけ本番でも影響が出てしまう。
それも、断られたとしたら。
自分のパフォーマンスを下げないためにも魔女達を呼ばないつもりだったが、メルの強い押しに負けたエストは頷いてしまった。
心の奥では、2人に観てほしいから。
「来ても本番では使わないからね、魔術」
「ぐぬぬ……なら、使わせるまで!」
「うん。メルがどれだけ魔術を楽しんだのか、見せてね」
そうして週末の学園生活に、一時の休暇が訪れる。
明日は授業の無い日だ。
本来ならダンジョンに行って魔術の練習をするが、今回は違う。
寝間着から着替えると、幾つかの小物と魔石を背嚢に入れ、余ったスペースを風球(フア)で埋める。
最近は素振りしかしていなかった杖を手に、学園を、そして帝都の門をくぐった。
陽も顔を出していない朝、優しい風が郊外の草原を撫でる様子は一枚の絵のようだ。
もう気温は高く、気候的に少し乾いた空気を肺にためる。
そして……
「家に帰ろう」
魔術師とは思えない速度で、街道を駆け出した。
3ヶ月前のあの日、馬車で来た道を逆走する。
アリアに鍛えられた足腰と、完全無詠唱の風魔術で軽くなった体では、早馬と遜色ない速さが出せるのだ。
学園のあるレッカ帝国とリューゼニス王国を結ぶ街道は、異様と言えるほど魔物が出ない。
それは国同士の関係が良好であることを示す、光属性の魔石が練り込まれた石材で道が作られているからだ。
魔物は光属性を避ける傾向にあるため、この街道は商人にとって『最も安全な道』とさえ言われている。
ただ、地形的にどうしても道を敷けない場所がある。
森に挟まれた、絶妙な傾斜がある道だ。
ここばかりは魔物が出るポイントと言える。
「ゴブリンだ。ダンジョンの外では初めて見た」
緑色の肌をした、背の低い人型の魔物が3体居た。
走りながら退治しようと土魔術を使った瞬間、森の中から一人の少女が飛び出て、エストが放つ
幸いにも少女に当たる前に消せたが、すんでのところと言ったタイミングだ。
「セイっ! やぁ! とーう!」
そんな掛け声でゴブリンに斬り掛かる少女。
レザーアーマーや腰につけた薬瓶から、冒険者であることが分かった。
そして肝心な攻撃だが、見事にゴブリンの注意を引いただけで、一体も倒すことはなかった。
「くっ、やるな……!」
爽やかな空色の髪を短く整え、こめかみに一滴の汗を垂らす少女を見たエストは、静かに
冒険者では、先に手を出した人の獲物、というルールがあるために手を出せないのだ。
しかし目の前でただのゴブリンに苦戦する姿を見て、放っておいたら悲惨な目に遭うと思い、時間に余裕があるため見守ることに。
少女の身長はエストより高く、瞳の色は澄んだ青色をしている。
握った剣からして、まだまだ初心者。
されど複数の魔物に立ち向かう様は立派である。
「……朝ご飯買うの忘れてた」
一進一退を繰り返す戦闘を観て、ふと思い出した。
早く着いて魔女達と食べるつもりだったので、食料品は何も持っていない。
このままでは朝からひもじい思いをするので、エストは立ち上がる。
「ねぇ、先に行ってもいい?」
「大丈夫! 私が守るから!」
「ゴブリンを?」
「そう! ……じゃなくて君を……きゃああ!」
一瞬の思考をゴブリンに狙われ、鋭い爪で引っ掻かれる少女。
しかしその肌には傷はついておらず、爪が滑るようにしてゴブリンの体勢が崩れた。
他2体のゴブリンは追撃を与えようとするが、太ももの辺りまで泥で埋まっており、身動きが取れなくなっていた。
「もう倒せるよね」
「う、うん……え、どういうこと?」
それだけ言うと、エストはまた走り出した。
目の前のゴブリンを倒した少女は、その背中を見る。
白く煌めく髪。
伸びつつある身長。
背丈よりも長い鈍色の杖。
どう見ても魔術師の外見をしているが、一切ブレない体幹は戦士のソレである。
「かっこいい……帰ったらお父様に聞いてみようかな」
少女は手早く討伐証明部位を切り取ると、天真爛漫な表情から一転、凛とした令嬢の如き顔つきに変わった。
少女──エイス・ロックリアは、伯爵家の長女でありながら明朝だけDランク冒険者の顔をもつ、少々わんぱくな貴族令嬢である。
「──懐かしい」
街道から逸れ、一際鮮やかな色をした草木を見て感想をこぼすエスト。
ここは迷いの魔術がかけられた忌まわしき森。そして、エストの帰るべき場所。
通称、魔女の森。
魔女に認められた者しか進めない森だが、物心がつく頃には駆け回った土地なので、ここがエストの実家となる。
入学を理由に出た時と変わらない光景に、胸の奥から温かい何かが込み上げてくる。
ゆっくりとした足取りで進むと、館と呼ぶには小さいが、実際の空間は広い家に着いた。
「師匠、アリアお姉ちゃん。ただいま」
魔道懐中時計の短針が、1時を指している。
いつもなら、アリアが昼ご飯を作っている時間だ。
だが、エストの言葉に反応する者は居ない。
「師匠、どこ? アリアお姉ちゃん、ねぇ!」
大きな声を上げても、返事はない。
試しに魔力を展開するが、魔女はおろか、アリアの反応すら感知できなかった。
その瞬間、エストの手から杖が落ちる。
「……どこ……行ったの?」
足から力が抜け、へたり込むエスト。
その澄んだ瞳は過剰なまでに潤いを見せ、初めて感じる強い“寂しさ”と“喪失感”が頭を支配する。
おかえりと言ってくれる人が居ない。
大好きな家族が消えてしまった。
自分に何も言うこと無く。
「あれ? ……何これ、置手紙?」
あと一歩の所で感情が、魔力が暴走するというときに、机の上に置かれていた1枚の紙を見つけた。
縋るように目を通すと、そこにはエストが今最も欲しい情報が書かれていた。
『エストへ
ウチらの心配はしなくて大丈夫だからね。お姉ちゃんとご主人はちょっとしたお仕事でお家を離れるけど、安心して魔術対抗戦に出て。お仕事に危険は無いから、マジで心配しなくていいよ!
お仕事早く終わらせて、エストの魔術が見たいな〜』
たった数行の文章を何度も読み返すと、そっと机の上に手紙を戻した。2人して家を離れるなんてことは、今までに無かった。そしてこのタイミングで帰ってくると予想して置手紙を用意するアリアに対し、ただならぬ配慮の心を感じたのだ。
杖を取り直し、裾で目尻を拭う。
魔術を使う時、2人にガッカリされないように。
胸を張ったエストは、力強くドアを開けた。
「お腹……空いた」
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