第10話 世話焼きメイドの秘術を伝授


 少しずつではあるが、エストが帝立魔術学園への入学に心が揺らいでいた。

 その要因は、大きく分けて2つある。

 1つは、魔女に言われたから。これは絶対である。

 もう片方は、この館に無い魔道書が大量にある、というもの。


 生粋の魔術大好きっ子であるエストには、十分な理由だった。


 そんなエストは今、メイドのアリアに家事を習っている。

 洗濯の仕方や料理、掃除の順番など。

 学園に行くなら寮に住まうことになるので、最低限のスキルが必要だと判断した。


「そ〜、猫の手ね。幅を揃えて切るんだよ」


「こ、こう?」


「うん、良い感じ〜。あとね、料理に大事なのはつまみ食いだよ、つまみ食い」


「そうなの?」


「正確に言うと味見だけどね。それをしてるかどうかで、一緒に食べてくれる人の感想に差があるかどうか。ちゃんとやってたら、味の調整とか、人の好みに合わせられるようになるんだよ〜」


 料理の話をすると、アリアは流暢に語る。

 魔女の好きな味付けから、エスト本人も知らなかった自身の好みの調理など、振舞った側のメイドは全て知っていたのだ。


 そして、やはり愛情が大事だと。


 メイドは二人を何よりも大切に想っているので、二人が毎日「美味しい」と言う料理を作れている。



「ま、二人とも子供舌だから、作るのもラクで良いんだけどね〜」


「本音だね。多分それが一番の理由だよね」


「どうかな〜? アリアわかんな〜い。ふふふっ」


 わざとらしく首を傾げ、伝授は続いていく。

 勉強熱心なエストは都度メモを取り、重要なポイントやポロッと口にした言葉を頭に入れる。


 掃除は大きい物から片付ける。

 ホコリは魔道具で吸い取り、燃やして処分。

 生ゴミは魔道具で肥料に変えたら、街でちょっとした小遣い稼ぎに出来る。


 洗濯は魔道具か水魔術で。

 天気が悪い日は室内で魔道具や風魔術で乾かす。

 石鹸は衣服がダメになる時があるので、泡を出す魔道具でやるのがメイドのお気に入り。

 小さな言葉も、時に重要な情報になる。


 そういった言葉を拾えることが、エストの吸収力が高い理由の一つだろう。


「こんなもんかな〜? あとは自分で見つけるか、勝手に体が効率化してくれるよ〜」


「ありがとう、お姉ちゃん。勉強になった」


「むっふっふー。ここまで聞いてくれたら、話していて楽しいってもんよ。ちょっとずつやるのが、多分コツ〜」


 わしゃわしゃと頭を撫で、頑張ったご褒美のクッキーを齧る。

 しれっと魔女も一緒に食べているが、エストの焼いた形の不揃いの物を見ては、ニマニマしながら味わっていた。


 一通り家事が落ち着くと、程よい疲れが体を覆う。

 メイドがよくだらけているのを見ていたエストは、心の底から共感するのであった。




 翌日。

 毎日のトレーニングをしていると、継続を辞めた人間がどれほど落ちぶれていくかを語られたエスト。


 家事の時に引き続き、饒舌なアリアの言葉はよくメモを取っている。


「トレーニングは継続してこそ。だから、学園世界が始まったからって、怠けたら怒るよ〜?」


「大丈夫。メニューはちゃんと紙に残してる」


「なら良し。それじゃあ腹筋30回、スタート〜」


 このトレーニングにも慣れたもので、少しづつだが回数が増えている。

 あまり多く増やさないのは理由がある。


 エストの身長を伸ばすためだ。


 幼少期に過度なトレーニングをすると背が伸びにくくなるとメイドは言い、回数増加を促すエストを止めるほどだ。


 身長や筋肉は魔術ではどうにも出来ない要素なので、その辺りを理解しているメイドは強く出た。


「運動不足のエストには〜、これくらいがいいの〜」


「分かってるよ。でも僕、あんまり大きくなくてもいいかなって思う」


「どうして?」



「師匠と身長差が離れたら、ギューってした時に違和感がありそうだから」



「オゥ……ご主人至上主義だぁ」


 エストは魔女に懐きすぎている。

 これはひとえに、魔女やメイド以外とのコミュニケーションが無かったことによるものだ。


 エストの中では二人が人間関係の全てである。

 稀にメイドについて行って街まで行くが、街の人と話すことは基本無い。


 そのせいで、色々と拗らせてしまった。



「え、エストがロリコンになったらどうしよう」


「ろりこん? 魔道具の名前?」


「ううん、なんでもない。なんでもない……こともないけど、多分大丈夫。大丈夫? 大丈夫……かなぁ」


 果たしてエストは普通の人間を愛せるのだろうか。

 身長の低い亜人族や、見た目の割に歳を食ったエルフを好むのではないだろうか。


 将来への不安が募るが、払拭できる要素は無かった。


「ま、何とかなるっしょ。最悪ウチがもらうし」


「……?」


 首を傾げるエストの心は、まだ純粋である。


 




 それからというもの、メイドは毎日の買い物にエストを同行させた。

 これには魔女も背中を押しており、最低限話す力を身につけた方がいいと言っていた。


 魔女の言葉なら何でもやるエストは、頑張って人と話すことに全力を注いだ。



「アリアちゃんいらっしゃい。今日は弟も一緒か」


「ええ。ほらエスト」


「うん……すぅ、はぁ……野菜のセットをひとつ、ください」


「あいよ!」



 エストはもう9歳だ。

 周りの同い年の子は普通にお使いも行けるだろうが、エストにはそれが精一杯だった。


 メイドは事前に店主に説明しているので、皆優しく接してくれた。


「頑張ったな、エスト。おまけのリンゴだ」


「あ、ありがとう、ございます」


「おう! またな!」



 笑顔が柔らかい男の店主は、エストの頭をワシャワシャと撫でた。

 人に優しくされることを知ったエストは、一歩前進する。


 次はもう少し早く言おう。

 言葉に詰まらないよう気をつけて。

 話す時は相手の目を見る。

 話しかけられたら、ちゃんと聞く。


 メイドに教えられたことをメモしてから、次の店に行く。

 一歩ずつ、一歩ずつ。

 メイドの手を繋ぎながらでもいい。

 しっかり前を見て歩く。


 小さな意識が集まると、それは自然と身につくもの。



「頑張ったね、エスト」


「うん。もっと早く、ついて行けばよかった」


「そう思ってもらえたならウチも嬉しいな〜」



 街の人達は皆、手を繋いで帰る姉弟を見守った。

 子どもが頑張る姿は、人々に元気を与えたのだ。

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