第262話 渡りの真相


「どうしてボクが殴られるのさ!」


「テメェ、俺を凍らせたことを忘れたのか?」



 玄関先にて、ドラゴン話で談笑する氷龍を殴り飛ばしたジオ。振り抜いた拳にはただらぬ恨みがこもっており、一触即発……否、事件の香りが辺りに充満した。


 ドラゴンと初代賢者が暴れようものなら、周辺の地形ごと破壊しかねない。


 システィリアたちのこめかみに汗が伝う中、遅れて出てきたエストが『あ〜あ』と呟いた。



「待て……どうしてボクの術が解けてる? 

……まさか、盟友、アレを解除……いや、解呪したって言うのかい!?」


「氷のこと? それなら、うん。先生も困ってたし、氷龍も人間に仇なすようなことするんだな〜って」


「アッハハハ! 呪術を解くなんて流石盟友! だが……人間に仇なす? どういう意味だい?」


「君、先生が魔族を倒し回ってること知らないの? 五賢族には魔族を生み出す魔族が居る……その生み出された魔族を倒す先生の足を、君は引っ張っていたんだよ」



 最悪、国が滅ぼされてもおかしくなかった。

 エストの活躍と五賢族の討伐によって注意が逸れていただけで、深海のイズなら一国を殲滅する可能性もあった。


 今も英雄として人々を守るジオに、動きを封じるような術をかけた氷龍は、人類の敵と言っても過言ではない。



「そんな……魔族は盟友が」


「転移も楽に使える魔術じゃないんだ。急に現れた魔族の元に行くことも、人を助けられるかもわからない」


「……ボクが……間違えた?」



 膝から崩れ落ちる氷龍に、エストはぴしゃりと言い放つ。



「うん、そうだよ。君は間違えた。失望した」


「……すまない、盟友」


「謝るなら先生に謝って。僕は失望こそしたけど、呪術を解く経験になった。君が賢い龍なら、それができるはずだよ」



 人間とは考え方が違うあまりに、気まぐれで掛けた呪術が問題へと発展した。

 エストを機に人間と関わろうとした氷龍だったが、まだまだその理解は浅く、甘い。


 立ち上がった氷龍がジオに向けて頭を下げると、謝罪の言葉を口にする。



「すまなかった、人間の魔術師」


「は? 許さねぇけど? どうしても許して欲しいならよぉ、他の龍とか精霊とか、コイツエストのために情報を吐けよ。なぁ?」



 強引にエストの肩を組んだジオは、『そうだよなぁ?』と言って圧をかけた。まだまだ力が欲しいエストとしては、渡りに船だった。



「ま、話すなら中でね。風邪ひいちゃうよ」


「盟友……話したら信用を取り戻せるかい?」


「もちろん。あと、一緒に遊んでくれたら」


「ああ、是非とも! ありがとう盟友!」



 エストに飛びついた氷龍だったが、すんでのところでシスティリアがエストを奪い、盛大に腹から地面に突っ込んだ。


 そんな出来事がありつつも皆でテーブルを囲むと、淹れたての紅茶に息を吹いた氷龍。

 一瞬にしてシャーベットになる紅茶を食べながら、エストに残っていた水龍の魔力について語り出した。



「盟友が戦った水龍だけど、強い闇属性の気を感じたよ。盟友、水龍を洗脳しようとしたのかい?」


「……それができたら大惨事になってないよ」


「アハハ! それもそうだ! 人間の魔術師、キミはどう思う?」


「考えたくはねぇが、魔族の仕業か。だが、ドラゴンを洗脳とか出来るのか?」


「無理じゃろ。カゲンに伝わる呪術でさえ、ワイバーンすら洗脳出来ん。いくら魔族とて不可能じゃと思うぞ」



 魔女がそう言うと、エストも縦に頷いた。

 この場で闇魔術を使えるのは魔女と賢者組である。

 当事者としての意見では、自然魔術ですら出来ない以上、闇魔術で成すことは不可能、というものだった。



「う〜ん、水龍は盟友でも勝てないからなぁ」


「水中っていう制限が無ければ勝てそう」


「盟友がやったみたいに、凍らせてから首を落とせば水龍でも死ぬさ。ただ、それは火山に雪を積もらせるようなもの。ボクでもないと無理だろうね!」


「じゃあテメェが殺れよ」


「先生、氷龍が動いたらあの山も、周辺への被害も大きいよ。分身体は弱いし、僕らで何とかするしか……」



 考え込むエストに、システィリアが聞いた。



「別に戦わなくてもいいじゃない。もし仮に魔族の仕業だとして、術者を倒せば洗脳は解除されるわよね?」


「……確かに。盲点だった」


「おお! 盟友の伴侶は鋭いね! 杞憂に終わるとはこのことかい?」


「……ドラゴンをも操れるなんざ、信じたくないがな。もし本当なら……いよいよ絶滅をかけた戦いになるぞ」



 どんどん大きくなる話のスケールに、来る場所を間違えたと思うブロフとライラ。しかし、エストと共に来る以上、確実に訪れる未来だ。


 真の平和を築くためにも、ここで得られる情報は何としてでも頭に入れたい。


 ライラは痛くなる頭を抑え、紙に要点を記した。



「それと、今分かる龍の情報をあげよう。盟友、目をかっぽじって聞くんだよ?」


「わかった」



 そう言って鼻の穴に指を突っ込むエスト。

 突然のボケ合いにシスティリアが『やめなさい』と止めるが、氷龍は至って真剣な眼差しで見つめながら、人差し指を真上に向けた。



「3ヶ月後、風と雷を司る龍……『天空龍』がここを通るはずだ。ボクの龍玉を見せるだけじゃ、多分力は貸してくれない。ちょっと前に喧嘩しちゃってね」


「天空龍? 先生知ってる?」


「知らん」


「わらわ知っておるぞ。決して地に足をつけない永劫浮遊の龍……観測された土地じゃと、神として崇められたりしておるな」



 天空龍はその体長が凄まじく、空を支配する龍だという。彼の者の下には雲が広がり、基本的に地上からでは観測出来ないのだが、風で雲が流れた際に見られる場合がある。


 そうして発見された天空の支配者は、伝承として神や精霊として崇められ、知らない者が居ないわけではない。



「あの子が移動すると、魔力に釣られてワイバーンが発情するからね、気持ち悪いよ。人間が『渡り』と呼ぶワイバーンの行動は、その進路上を天空龍が通っているんだ」


「え、えぇ……? 渡りの理由って、まだ解明されてないはずなんだけど……本当なの?」


「盟友に嘘はつかないさ」


「チッ、嘘くせぇ……で、どうする? 次の渡りを追うのか?」


「人間の魔術師は愚かだなぁ。人間が空を飛べないことも知らないのかい?」


「ンだとぉ? やんのかゴラァ!」



 身を乗り出すジオをアリアが止めると、氷龍はやれやれといった様子で天空龍と出会う方法を提案する。

 しかし、それは一歩間違えたらエストの命が危ぶまれるもので、この場に居た全然が顔を顰める結果となる。



「盟友、天空龍の真下で雷を落とせばいい。気づいたあの子が竜巻を出して、君たちを雲の上へと呼び出すはずだ」


「……エストよ、その方法だけは許さぬ」


「バカ弟子。雷はある種、空間よりも危険だ。辞めろ」



 初代賢者と魔女が口を揃えて危険だと言うのは、属性魔術としての危険度が最も高い、雷魔術のことだった。

 風の魔術師でも手を出さない禁忌の術とも言われ、たった数秒の迷いで自身の心臓を止めてしまい、宮廷魔術師が亡くなった例は片手で数えられない。


 その中でも帝立魔術学園の学園長であり、雷の魔女であるネルメアは、天性の才能と弛まぬ努力によって雷の制御を会得したのだ。



 まだ使えるかも分からない術に挑ませるくらいなら、別の方法を模索しようと2人は言う。


 しかし氷龍は──



「何を言っているんだい? 盟友は雷に打たれたことがある。その際、魔力の変性を掴んだと教えてくれた。それぐらい余裕だよ」



 あの修行中、洞窟での雑談でエストが喋ったことを覚えていた。世間話の一環としては些か危険だが、得られるものがあったと自慢していたのだ。



「エストよ、どういうことじゃ?」


「おい死に損ない。どうやって生き返った?」


「お姉ちゃんも気になるな〜。どゆこと〜?」


「え、えっと……システィたすけて」


「……もうっ、手のかかる旦那様ね」



 旅を始めて少しが経った頃、雷雨の中をエストが外に出た話をしたシスティリア。

 そこで雷に打たれ、全身に火傷を負いながら魔力の変性を会得した、と。しかし、エストの心臓は正常に動いておらず、システィリアの耳が無ければ死んでいたことも明かした。


 好奇心で死にかけた話は、皆が一斉に溜め息を吐くには充分な内容だった。



「まだ研究……も、してないや。狙った場所に落とすなんて真似、僕にはできないよ」


「じゃが、研究すれば出来るのじゃな?」


「そりゃあ師匠の弟子だもん。不可能じゃなくてだけ」


「そうじゃな! ではちょうど本人が来る頃じゃ。エストよ、しっかり学ぶがよいぞ」


「え? どういう──」



 その時だった。

 玄関の外で馬車が停るような音が鳴ると、馬のいななきが聞こえてきた。そして、コンコンとドアがノックされ、魔女が出迎えに行く。


 そうしてやって来たのは、予定よりも早く来訪した、唯一の雷魔術師であり、エストの母校の学園長。



 雷の魔女、ネルメアであった。




「や、やぁ。久しぶりだなエスト君。凄まじい人数だな……家が爆発するのではないか?」

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