第263話 実質危険区域


「エルミリア。私の予想では5、6人の集まりだと思ってたのだが……私を入れて9人も居たのか」


「エストの人望の為せる技じゃな! どうじゃ、わらわの息子は! ちょ〜立派なおのこになったじゃろう?」



 席を増やし、何とかテーブルが間に合うようにネルメアが座ると、誰よりもエストを自慢する魔女が胸を張った。


 エストの斜め向かいに座ったネルメアが目を合わせると、4年前の学園生だった影は殆ど残っておらず、一人前の魔術師としてのエストが映った。


 心なしか人を舐め腐ったような態度は薄れ、社会的に成長したことが分かる。



「エスト君の魔道書は大反響だったよ。再現性の高さと遊び心に魅了され、引退した魔術師に希望を持たせた」


「そうなんだ。じゃあ今度、マッサージ用に使ってる火と水と土の属性融合魔法陣を発表しようかな」


「……再現性の高さを捨てないでくれ」



 毎日朝と晩にシスティリアのマッサージに使う魔術は、溜まった疲れを流しながら程よくリラックスも出来ると、本人から高い評価を得ている。


 試しにブロフに使った際には、『金を出したい』と言われるほど心地好かったそうな。



「ところで、ジオ殿の隣に座っている御仁を紹介してくれ。君のパーティメンバーについては知っているが、どうもそこの異様な魔力の持ち主が分からなくてな……」


「ボクのことかい? ボクは氷龍。盟友の誕生日を祝いに来たのさ!」



 あっけらかんと答える氷龍。



「…………私は疲れているのか? 氷龍と聞こえた気がするのだが……まさかドラゴンがこんな所に居るはずが」


「学園長、氷龍はドラゴンだよ。と言っても、それは分身体だけどね。僕の友達なんだ」



 ずっとニコニコとエストに微笑む氷龍は、隣で頬杖をつくジオに鬱陶しがられていた。

 人が集まるということで魔力を極限まで抑えているが、魔女としての腕を持つネルメアは、その凍てつく銀世界の如き魔力を見抜いてしまったのだ。


 本人らが言ったことが本当ならば、目眩がするような戦力が集まっていることになる。



「エルミリア……魔女が2人に賢者が2人。二ツ星冒険者がひとりに、Aランクが2人とCランク……おまけに氷龍だと? 世界征服でもするのか?」


「後でネモも来るからの。魔女は3人になるぞ」


「……頭が痛い」



 それぞれが忙しいにも関わらず、たったひとりの男の誕生日を祝いに集まったのだ。

 4年前では……否、15年前では夢にも思っていない集まりであり、魔女とアリアはしみじみとエストの成長を実感した。


 そんな色濃い者の中でも、ネルメアはシスティリアが付けている指輪に気がついた。



「噂には聞いていたが、本当に結婚したのだな」


「まぁね。出会ったのは学園を卒業してすぐだったよ。それはもう、運命的な出会いを──」


「してないわよ! 出会いは最悪、その後も険悪。今思えば、アンタに決闘を挑んだのはバカだったわ」


「あの時はお互いに嫌いだったもんね。それでも僕は、システィのことを尊敬してたけど」


「アタシは舐め腐ってた。魔術以外取り柄のないガキンチョだと思ってたもの……でも惚れたわ。アンタにお姫様抱っこで助けられて、街に帰った時のこと……一生忘れない」



 お互いに尊敬し合える部分を見つけ、高め合える仲になったことが大きかったと言う2人だが、椅子の間隔は狭く、肩が触れそうなほど近かった。



「ほう。他にも彼に惚れた要因はあるのか?」


「顔ね。エストほど好みの顔の男、見たことが無いわ」


「見た目か……確かにエスト君は学園でも目立っていたな。上級生の女子には特に人気があった」


「あら? メルが付いてたんじゃないの?」


「あぁ、その通りだ。だから実際に話をしたのは、対抗戦メンバーを除けばマリーナとミツキくらいだろう」



 2人の会話を聞いていたエストは、静かに敗北の記憶を蘇らせた。


 初級という縛りはあれど、卓越した闇魔術の腕と独特の剣技に圧倒され、更に体を鍛えようと思った魔術対抗戦。



「ミツキ……また戦いたいな」


「あの子なら、年始の集まりに来るはずだ。その時にでも再戦を申し出るといい」


「そうなんだ。じゃあ模擬戦の後はポーカーでも誘おうかな」


「アンタ……汚いわね」


「自分の土俵で戦うのは基本だもん」



 そう言い放つエストに、システィリアは確かにと頷いた。

 2人揃って戦いに対する姿勢が似ていることを知ったネルメアは、小さく笑った。


 こうして卒業生と話すことは、学園長としても嬉しいことだった。学んだ知識や経験を活かし、今も生きる糧となっているのなら、学園を創設した意味もあるというもの。


 帝国ではまだ獣人の入学が認められていないが、王国ではエストとシスティリアの話から、来年度より獣人の入学も受け入れるという。


 居を構える国がより良くなることを願い、紅茶を啜るのだった。





 それから少しして、ライラの勉強を魔女とジオが見て、アリアがブロフに稽古をつけ始めると、残った4人は雷魔術についての話をしていた。



「学園長。雷魔術の魔道書ちょうだい」


「相変わらず素直だな……だが、あいにくこの属性は研究中でな。中級程度までしかは照らせていない」


「それでいい。基礎を知れたらあとは自力でやる」


「……その基礎が難しいんだ。まず、4つ目となる魔力の変性から──」



 魔力の第4の形態を説明しようとするネルメアに、エストは手のひらの上で弾ける、小さな雷を作って見せた。



「どういうことだッ! なぜ君が使える!?」


「適性はあるとして、この変性は自力で見つけた。だから教えてほしい。魔法を魔術にするには、どの事象から術式に落とし込めばいいの?」



 平然と雷を生み出す光景に、ネルメアは椅子を倒して驚いてしまった。

 自分にしか使えないと思っていた、ある種の個性を再現するエストに、今までに感じたことのない焦りと恐ろしさで肝が冷える。


 6大属性しか使えないのが賢者であり、自然や雷、氷といった属性は使えないことはジオから聞いていた。


 だが、目の前の賢者は違う。


 今もシスティリアの髪を静電気で浮かせ、四方八方へ跳ねさせては遊ぶ、無邪気な子どものように雷を使っていた。


 そこに術式は無く、全てエストの魔力と想像力からなる現象──魔法で出来ている。


 1000年単位の時代の再現とも言える行為に、悠久を生きるジオこと初代賢者リューゼニスが認めたエストが、途端に恐ろしく見えたのだ。



「君は……何を目指している?」


「ん〜とね、システィと幸せに暮らして、子どもや孫に囲まれながら死ぬこと、かな?」


「もうっ、エストったら……まだひとり目も居ないのに」


「盟友と伴侶ならすぐに産まれるだろうさ。キミたちの魔力はまるで違うけど、本質が似ている。上手く結び付けば、ゴブリンのように産めるかもね!」


「えぇ……それはちょっと」


「アタシのことネズミか何かだと思ってるのかしら?」



 およそ魔術師の回答では無かった。

 将来の夢がお嫁さんと答える子どものように、穢れのない澄み切った目標であり、真っ直ぐにその目標へ向かっていた。



「……いいだろう。魔道書を差し出そう。だが、無償ではない」


「うん、何を支払えばいい?」


「研究成果だ。魔道書に載っていない発見や、他の属性との関連性を含む、君にしか見つけられない雷魔術を共有すること」


「分かった」


「本当にいいんだな?」


「そこまで重要なこと? それより早く読みたいな。どんなことが書いてあるのか、楽しみなんだ」



 外見こそ大人に近付けど、中身は子どもだった。

 早く新しいおもちゃで遊びたい子どものように急かしては、その物がどういったものかを、聞くのではなく自分で触って学ぼうとする。


 魔術師にはよく、子共心を忘れないことが重要だと語る者も居るが、エストはその最たる例であろう。



「……本当に、とんでもない者を拾ったな」



 そう呟いたネルメアは、外に止めていたペガサスの馬車に乗り込んだ。

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