第2章 学園とダンジョン

第13話 指先師匠

「……揺れて本が読めない」


 ロックリアから出た馬車に乗って一言。

 読みたかった本を閉じたエストは、外の景色を眺めていた。


 費用を安く済ませるために相乗り馬車で向かう一週間。

 大好きな読書が出来なくなると、暇で仕方がない。


 土魔術で手のひら師匠を造ろうか。


 そう思ってると、対面に座る女冒険者が話しかけてきた。


「股間照明じゃないか! 君は魔術学園に行くのか?」


「こか……うん。魔術師だから」


「そうなのか! 何か魔術は使える?」


「……いや、全然。まだ初級もままならないよ」



 エスト、初めて嘘をつく。


 これはメイドに教えられたことだ。

 ふつう、人は1属性か2属性しか使えないので、外で魔術の話をする時は平凡を演じろ、と。


 どうしてもの場合は氷以外なら使ってもいいが、教えられた初級までしか使ってはいけない。


 将来の自分を守るために、嘘をつく。

 女冒険者は少し落胆しているが、仕方ないのだ。



 改めてエストは、手のひら師匠の構想を始める。


 使う属性は土。

 陣の数はたくさん。

 だが見られてはいけない。


 そんなリスクと野望のせめぎ合いに、心の炎は燃えていた。


 いかに上手く再現するか。

 いかにバレないように小さくするか。

 いかに消費魔力を抑えられるか。


 そして思い付いたのは、手のひら師匠より更に小さい『指先師匠』であった。


 人差し指を立て、意識を集中させる。

 馬車の揺れも相まり、難易度は高い。


 脳内に単魔法陣を展開し、多重魔法陣に組み替える。そして多重魔法陣をもう1つ展開し、複合させる。


 魔女の姿を強くイメージすると、それは形になった。



 煌めく銀髪にルビーの瞳。

 はためくローブの先から伸びる、細くしなやかな手。

 握った杖はカッコよく、左手で帽子を抑える姿は臨場感がある。


 人差し指の先に、小さな魔女が居た。


「どうしたんだ? そんなに笑って」


「……いえ」


 あまりの完成度にニヤけていたらしい。

 すぐに顔から表情が失われると、女冒険者はしまったと思った。


 子どもが笑顔なら、それでいいじゃないか。

 女冒険者は昔、自身に体術を叩き込んだ師匠が言っていたことを思い出し、心の中で謝罪した。



 草原をボーッと見つめていると、夜が来た。

 街道沿いに馬車が泊まり、野営の準備が始まる。


 今回は依頼として冒険者が護衛に着いているので、エストはそこそこ安全に寝られる。


 しかし、完全に失念していたのだ。


 馬車の旅では風呂に入れないことに。


 洗いっこする相手はおろか、風呂自体が無い。

 作ろうと思えばこの場でも作れるが……これは果たして『どうしても』という時なのか?



 ──風呂に入らないのは初めての経験だった。



 翌朝、エストは僅かに不快感を覚えていた。

 お喋りする相手が居なければ、本も読めない。


 そんなエストのストレス発散方法は、『指先師匠』と『指先アリア』の創造だった。


 実は、造形難度はアリアの方が高い。


 ねじれた角や鱗の再現に、尋常ではない手間がかかる。

 よって更に技術を磨けると思い、エストは『指先アリア』の改良と量産を始めた。



 エストがそんなことをしているとは露知らず。



 一週間という長いようで短い旅が終わった。

 

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