第14話 入学試験

 エストは元々、魔術学園に行く気は無い。

 入学試験を適当にやることで、落ちる予定だった。


 そうしてすぐに帰ることが目標だったが──



「……師匠の名前に泥、ね」



 帝都の中心部にある、城のような巨大建造物。

 それが帝立魔術学園だ。


 エストは試験の当日に帝都に着いたので、初めて見る顔しかいない受験生の声から、勝手に激励された。



 ──ここで受からなかったら、先生の名前に泥を塗ってしまう。



 誰よりも魔女を愛するエストだ。

 耳に入れたが最後。


 落ちないように入学することを決めた。




 試験は筆記、実技、面接とある。


 筆記はエストが7歳の時には完全に理解していた内容だったので、退室許可が出た瞬間に敷地内のカフェに行った。


 魔道懐中時計で時間を確認した時は、初めてちゃんとした用途で使ったと、自分自身に関心していた。



 現在エストは、実技試験の会場に居る。


 周囲の受験生が緊張して待つ中に、異様な男子がいた。


 誰の魔術を見ることもなく。

 じっと大人しく本を読む。

 他には居ない白髪の目立つ男の子。


 そう、エストだ。


 容姿が目立つのに、凪いだ海のように落ち着いていた。

 そんな彼を好ましく思わず、視界に入れるだけで気が立つ受験生が居た。


「──おい、お前! やる気あんのか!」


 貴族服に身を包んだ少年が、エストに近寄った。


 しかしエストは本に夢中だった。

 受験番号が呼ばれない限り、反応することはない。


 それを知ってか、少年はエストの本を取り上げた。


「気に食わねぇ。やる気が無いなら帰れよ!」


「……え?」


 少年の言っている意味が分からず、首を傾げるエスト。

 そんな態度に苛立った少年は、エストの本を地面に叩き付けた。


 だが、本が床と衝突する瞬間。

 エストの魔術によって優しく受け止められた。


「今のは、なんだ?」


 大きな音が鳴ると思ったのに、無音で終わった。

 少年の怒鳴り声を聞いていた他の受験生も、その異様な光景を目にしていた。


 そこへ、若い女性の声が響く。



「そこの君? 他の受験生に手を出すとは舐めたことをしてくれるね。問答無用で落としてやろうか?」


「──ッ!? ネルメア……様」



 紫紺の髪は腰まで伸ばし。

 黄金の瞳は少年を射抜いている。

 女性にしては高い身長と、細く、それでいてしっかりとした長い脚は美女と呼ぶに相応しい。


 魔女ネルメア。

 この帝立魔術学園の学園長である。



「それで……君がエスト君か」


「誰ですか?」


 エストは知らなかった。目の前の人が誰であるかを。

 そんなエストの反応に、受験生のみならず、職員でさえ驚愕の表情を浮かべている。


「あっははは! 私を知らないか! そうかそうか!」


「……有名人? サインください」


「いいぞ? じゃあその本にしてやろう」


 そう言ってネルメアは、エストの本にサインした。

 エストが気になったのは、サインをした羽根ペンの方だ。


 服の内ポケットに入っていたのは見えたが、インクを使わずに文字を書いた。


 そしてサインを見て、理解した。


 今読んでていた本の著者が、ネルメアであることに。


 ──属性融合魔法陣の提唱。

 それがネルメアの出した新理論であり、魔術師たちを大きく驚かせたものだ。


「私の魔道書はどうだった?」


 自信を持って胸を張るネルメアに、エストはぴしゃりと言った。



「面白くなかった。融合魔法陣は単魔法陣にした方がいい。内容にある一型と二型の融合魔法陣は構成要素を切り取ったら複合出来るから、消費魔力に無駄が無くなる。そもそも異なる属性を同時に使う時は、多重魔法陣の複合の方が面白いよ」



 エストは、つい2ヶ月前に出された新理論の改善点を並べた。

 元々が複数属性の魔術理論なだけに、理解はまだしも使える者は限りなく少ない。


 だがエストの言葉を聞けば、分かることもある。

 彼は複数属性の魔術が使える、と。


 幸い、そこに気づいたのはネルメアだけだったが。



「…………末恐ろしい」


 二人の会話を聞いた職員の魔術師は思った。

 異次元の会話だと。

 ネルメアはもちろん、その前に立つ少年も同じ位置に居たのだ。


 魔術の研究で食っている者なら、或いは理解出来たかもしれない。

 だがここに居るのは、殆どがただの魔術教師だ。


 研究者目線の会話は、何も分からなかった。



「素晴らしい教育を受けたようだ」


「師匠は関係ない。それにこの陣は2年前に僕が試した」


「ほう? もうオリジナルの域に至っているのか。なるほど、エルミリアの言っていた意味が分かった。エスト君、君が魔術学園で学べることは無い」


 それ言っちゃう? とエストは首を傾げた。

 それでも入学するように魔女に言われたため、エストは最低限通うことを決めている。


「……師匠に友達を作れって言われてる」


「ほう? それは魔術では出来ないものだな」


「魔術に出来ないことはいっぱいあるよ」


「うむ。それが言えるなら、君は立派な魔術師だ。どうする? ハッキリ言って試験の必要は無いが、受けるか?」


 ネルメアの背後から、エストの番であることが告げられた。

 既に完全無詠唱の風魔術を見た以上、実技試験を受ける必要は無い。


 ここから先は、ただの興味だった。


 魔術の最高峰たるエルミリアの弟子。

 そんな人間が使う魔術を、見てみたくなった。


「内容は何?」


「そこで好きな魔術を使うだけでいい。何でもいいが、周りに影響があるものは避けてくれ」


「分かった」


 エストが使う魔術は決まった。

 ネルメアを囲うように出来ていた人だかりは、エストが進むと割れていく。


 周囲に影響を与えない。

 自分が好きな魔術。


 この二つだけで、土魔術が適切だと判断した。


 エストは右手を出し、魔術を使う。

 そのすぐ後ろで、ネルメアは見ていた。


 常人には出来ない超高精度の魔力感知技術を持つネルメアは、エストが使う脳内の魔法陣を知覚する。


 魔法陣の総数、全四十三。

 シンプルイズベストと言いたいのか、全てが同じ初級魔術の魔法陣だ。


 時間にして1秒。


「──土像アルデア


 土台が出来上がると、その上には等身大のエルミリア像が形成された。


 帝国に向かう道中、指先師匠のおかげで土魔術への理解度は更に増し、詠唱速度が上がったのだ。


「この容姿。この威厳。魔術でありながら感じる威圧感……君は一体、どれだけ彼女を研究し、再現したというのだ?」


「……ふっ、師匠は可愛い。それだけだよ」


 ここまで無表情だったエストが笑顔になった。

 それを見て、ネルメアは分かってしまった。


 とんでもない師匠バカと、弟子バカなんだな、と。



 こうして異例の入学試験を終え、エストの学園生活が始まった。

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