第15話 魔術大好きっ子

 ネルメア学園長の計らいで、寮の空き部屋が渡されたエスト。


 他の寮生と関わる前に、愛する師匠へ手紙を書いている。

 無事に合格できた旨と、ネルメアに会ったこと。

 試験では等身大魔女像を出したこと。

 そして、魔女に会えなくて寂しいこと。


 最後には甘えるように『早く会いたいです』と、まるでラブレターのような手紙を書いた。


 大丈夫、手紙を届けられるのはネルメアだけだ。

 魔女の館は常人では入れないので仕方ない。



 寝間着から私服に着替え、寮を出た。

 制服は希望者のみが買えるのだが、出来る限り安く済ませたいエストは購入しなかった。


 校舎を歩いていると、やけに静かだった。

 手紙を氷の封筒に入れると、学園長室をノックする。



「おいおいエスト君。1年生は授業中じゃないのか?」


「あ……忘れてた」


 今日から授業が始まるというのに。

 手紙を書くことに夢中だったエストは、授業を差し置いて魔女を優先した。


 まだまだ師匠離れができていない。


「ははっ、君は面白いな。手紙は届けておくから、早く教室に行ってくるんだ。友達が待ってるぞ?」


「居ないけど。友達」


「これから作るんだよ。さ、行った行った」


「うん。手紙、よろしくね」



 学園長室から歩くこと5分。

 無駄に広い廊下を進み、1年生のAクラスに入った。


 このAクラスは試験で成績上位者が配属される。

 Aという文字は、獣人語で言う『最も』という意味を持つ。


 既に授業は始まっており、ドアを開けたエストに全員の視線が集められた。

 教壇を前としたとき、後ろにいくほど位置が高くなった教室は、どこにいてもドアが見える。


 そしてそれは、逆も然り。

 気づいたのだ。


 教室に居る全員が制服を着ていることに。


「お前がエストか? 席は空いてるとこに座れ」


 スキンヘッドが似合う筋骨隆々の担任教師に言われ、教室の一番右後ろの席に座った。


「再開するぞ。まずお前らが学ぶのは単魔法陣だ。流石に名前ぐらいは聞いたことあるだろうが、別名は知っているか?」


 教師の言葉に、誰も手が挙がらなかった。


 この時間で得る知識は無いと判断したエストは、持参していた魔道書を開いた。

 すると、教師がエストを見た。


「エスト、答えろ」


「シングル」


「正解だ。単魔法陣はシングルとも呼ばれ、最も単純で最も奥が深い魔法陣だ。熟練の魔術師ほど単魔法陣を愛用する傾向があるな」


 エストは無論のこと、魔女も単魔法陣を愛用する。

 消費魔力を抑えるにも、効力を強めるにも使いやすいからだ。


 変に複雑な魔法陣を組むより、シンプルな魔法陣を組み合わせた方がスマートに魔術を使える。


「じゃあこの単魔法陣の構成要素は分かるか? 分かった奴には加点するぞ──メル」


 教師の問題に、メルと呼ばれた少女が挙手した。


「適性、魔力、イメージです」


「正解だ」


 このやり取りに、エストは既視感を覚えた。

 それは3年前、メイドのアリアとやったことだった。


 懐かしい話を思い出していると、教師は次の内容へと移っていく。

 エストは再度、本を開いた。


 厳密な構成要素に触れないなら、それまでだから。


 教師は言った。

 単魔法陣は最も単純で奥が深いと。


 しかし今の説明で終わってしまえば、浅い知識で終わってしまう。

 メイドのように深淵を覗く質問をしないのであれば、エストは興味を失くす。


 魔女の予想通り、エストはレベルが違った。

 こうして初回の授業は読書で終わったのだ。


 そして昼休み。


 エストは教室で山盛りの堅パンサンドを食べていた。

 体力作りのために、トレーニングとランニングは日課になっている。


 見た目こそヒョロいが、筋肉は付いていた。

 そのせいか、外見の割によく食べるイメージがつくのだ。


「えっと、エスト君、だよね。隣いいかな?」


 一つ頷くと、弁当を手に持った栗毛の少女が座った。


 山のような堅パンサンドを見て、よく食べる……というよりは、よく食べられるなと感心する少女。


「私はメルって言うの。土の適性があるんだ」


「そうなんだ」


「それでね、入試のエスト君の魔術を見て、一度お話ししたかったの。あれって多分、土魔術だよね?」


「うん」


「やっぱり! でも、どうやって色とか付けてるの? 私調べてみたんだけど、分からなくて」


 軽い質問攻めに遭ったエストは、堅パンを咀嚼した。

 ただやり方を教えても、理解は出来ない。


 何故なら着色は、元は風属性の領分だからだ。

 本来無色の風魔術は、演習や試行の際に事故が発生しやすい。


 その事故を防ぐために、風に緑色を着けたのが着色の元ネタだ。


「ヒントと答え。どっちが欲しい?」


 魔女に倣った教え方だ。

 やる気のある者はヒントを選び、己を高める。

 楽をしたいものは答えを選び、文句を言う。


 魔術が好きなら、前者を選ぶはずだ。


「えっと……じゃあ、ヒントで」


「風魔術の本。読めば分かるよ」


「風? 私、適性は土なんだけど」


「だから?」


「え?」


「適性が違うから、何?」


 魔術を知ることに、適性は必要ない。

 適性が求められるのは、行使するときだ。


 それを理解せずに適性を言い訳にするなら、魔術師には向いていない。


「君たちは知らなさすぎる。もっと面白いよ? 魔術って。ただ適性に縋るだけだと、つまらない。魔術理論に適性は要らない。君が今知るべきは、その一歩前。まずは6大属性を知らないと」


 無表情に。

 されど熱く語るエストの言葉はメルに刺さった。


 この人は、根っからの魔術大好き人間だと。


 あれだけ精巧に人物を再現するなら、土属性だけでなく、他の属性を理解していないとその土台にすら立てない。


 そう理解したメルは、弁当を食べ終わると感謝を述べ、魔術学園の図書館へと向かった。


 

 ──後に図書館のヌシと呼ばれるのだが、この時は誰も知らない。



 昼休みが終わると、入試と同じ部屋で実技の授業が始まった。


 あの筋肉教師……ライバが生徒の適性に合わせたキーワードを教え、初級の魔術を使うというもの。


 着々と皆が教えられる中、エストは迷っていた。

 秘匿する氷の適性以外で、何を適性と言うか。


 入試の時は土を使った。

 だがあれは魔女像のためだけだ。


 利便性なら水と火。

 有用性なら光と風。


 どれを口にした方が良いのか、迷ったのだ。


「次、エスト……は、どうする?」


「どうする、とは?」


「いや、学園長からな。お前は実技を受けなくてもいいと言われてるんだ」


 ネルメアは最良の選択肢をとった。

 この場で適当な属性を言えば、初級までしか使えないので先が苦しくなる。


 それらを踏まえた上で、実技免除を決断したのだ。


「今日は見ます」


「今日は、か」


 明日からエストは、冒険者として金を稼ぐ。

 理由は魔女に言われたことが原因だ。


『よいか? 金の価値を知るには自分で稼ぎ、使うことで最も理解出来るのじゃ。わらわは小遣い制が嫌いでの。エスト自ら知って欲しいと思ったのじゃ』


 お金の価値を、エストは知らない。

 物を大事にする心はあるが、お金を大事にする心は無いのだ。


 ただ最低限、安く済ませる方が良いとメイドに教わっていた。


 そのせいで一人だけ私服なのだが。

 まぁそれは仕方がない。



 そして午後の実技は、子どもの遊びを見るだけで終わった。

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