第189話 秘密の友達


「う〜ん、難しいわね。想定戦をやる前に、受け身のとり方から教えましょうか」



 エストとユルが魔術師との戦い方を教えている一方、システィリアは基礎的な体術を教えることにした。


 それも、今まで勉強が殆どだった学園生がいきなり対人戦を学んでも怪我をすると思ってのこと。

 エストが受け身の取り方を教えていないことも相まって、ここで彼の穴を埋めた方が未来のためだと感じたからだ。


 ……決して、ほどよくエストのサポートが出来て喜んでいるわけではない。決して。



「あの、システィリアさんは魔術がお上手だと聞いたのですが、本当ですか?」


「上手? アタシが上手って言うなら、それはエストの教え方が良かったからね。アンタたちより使えるとは思うけど、エストの足元にも及ばないわ」


「それは比較対象が……でも、見たいです!」



 10人あまりの生徒から期待の眼差しを向けられては、システィリアも無碍むげにはできない。しかし、魔術だけで使うことが減った今、単体で行使することに不安を覚えていた。


 そんな時のことである。


 ちょんちょん、とシスティリアの背中を指でつつく者が居た。



「……エスト?」


「僕が相手ならやりやすいと思って」


「……もうっ。剣も交えていいのよね?」


「うん。全力で戦おう」



 もう片方のグループが自己研鑽を始めたのを見て、ちょうどよくエストが手助けに来た。

 最近の打ち合いでは魔術を使うことも多くなってきた。彼女の真の実力を発揮させるには、武術と魔術の両方を使えなければならない。


 でなければ……動かぬへと変わる。


 向かい合った2人が同時に武器を構えると、全く同じ速度で剣と杖がぶつかる。一瞬にして散る火花と金属音から、ようやく戦いが始まったのだと気づく生徒たち。


 数度の打ち合いをしながらシスティリアの背後に水色の魔法陣が出ると、水刃アギルに現れた。


 完璧なまでの魔法陣を使ったブラフだが、エストは氷鎧ヒュガで受け止め、彼女の連撃を捌き続ける。



「……完全無詠唱って怖ぇな」


「魔法陣に釣られない先生もおかしいよ」


「システィリアさん、先生の魔法陣を直接斬ったぞ!」



 思考と行動の僅かなズレが命取りになる打ち合いを経て、システィリアは通常の剣士では習得できない圧倒的なまでの頭の回転速度を身に付けた。


 最小限の動きで攻撃を躱し、エストが魔術を使うであろうタイミングに合わせて自身も魔術を使う。


 魔術師のみならず、剣士としてもその磨き上げられた戦闘センスは星付きに匹敵する。



 一種の演武の如き魔術と剣術、そして槍術が合わさった2人の打ち合いが続くと、ふとしたタイミングで動きを止めたエスト。



「──っと、この辺にしておこう」



 エストが杖を下ろし、システィリアも剣を納めると、魔術を見てみたいと言った生徒に向き直る。



「アタシの魔術は実戦にしか向かない、殺すための魔術。不意討ち、騙し討ち何でもアリ。身を守るために相手を殺す……そんな使い方なの」


「僕は君たちに魔術そのものを教えはするけど、使い方までは教えない。自分の信念に従って力を使うことだね」



 幼少期から競争の波に揉まれていたシスティリアは、魔術を武器として使ってきた。魔物を倒すために幼い手でその刃を磨き、エストの補助で立派な武器と化した。


 反対に、魔女より守るために魔術を使えと教わったエストは、誰よりも強固な盾になる氷魔術を極めた。システィリアと出会い、守るためには殺す必要もあると知り、魔術の新たな使い方を学んだ。


 真逆の2人が使う魔術の信念は、誰かに強制されて変えられるものではないように、生徒の思う使い方をさせたい。

 刃物と同じく、使い方次第では便利な道具にも人を殺す武器にもなると教えた。



 そうして教えているうちに、昼休みに入る鐘が鳴る。



「みんな、一度切り上げて休憩するよ」



 エストの言葉に生徒らが返事をし、グラウンドからぞろぞろと食堂へ流れ込んでいく。

 学園生の当たり前の行動を初めて見たシスティリアは、物珍しそうな目で追いながらエストの腕に抱きついていた。


 チラチラと視線が飛んでくるが、2人は気にせず食堂へ赴く。



「食堂ってこんなに広いのね! 料理もたくさんあるわ!」


「気になった料理を全部頼んでいいよ。余った分を僕がもらうから」


「いいの? じゃあオークの香草焼きと川魚のバターソテーと……他にも……」



 次々と注文するシスティリアの横でのんびり待っていると、普段の山盛りの料理とは違い、色とりどりな皿で埋めつくされていく。


 量自体はまだ余裕があるからと、エストも料理を注文し、恒例になってしまったシェリスとリングルの元へ行く。



「あ、エスト先生……と、もしかして」


「初めまして、システィリアよ。彼の妻なの」



 リングルの講師をしていたエストが魔術で出した像とそっくりの彼女は、少し照れたように妻だと言う。

 それ聞いてか、シェリスは『そういえば』と食べる手を止めてエストの目を見た。



「……エストさんはひとつの国に住まわれないのですよね」


「そう思ってたけど、そっちが手を出さないのなら郊外に住む予定だよ」


「本当ですか!? でも屋敷の方は……」


「僕らに貴族みたいな生活は合わなかった」


「……そう、ですよね。何となく予想していました」



 使用人とはこれから話すと言い、香草焼きを食べ始めるエスト。隣で美味しそうに食べるシスティリアを見て、ソースで汚れた口元を拭いてあげると、その様子をリングルがじっと見ていた。



「……先生への印象がガラリと変わりました」


「ふふっ、ついアタシに構っちゃうのよねぇ、エストって」


「仕方ないよ、好きなんだから。正直に言うと、システィが横に居ると気になって授業に集中できない」


「……お熱いこと。そういえば、ユル・ウィンドバレーが来ているらしいですね。貴方の仕業でしょう?」


「まぁね。一日だけ生徒として招いたよ」



 二ツ星を無許可で生徒にするなど聞いたことも無い話だが、エストの後ろの席を見ればそれが事実であると分かってしまう。


 椅子の背から垂れた艶のある翡翠の髪は、神秘的なまでの美しさを惜しげも無く放出している。


 4人の会話に入る気が無いのか、静かに食事をしているユルを背に、システィリアがエストの裾をつまんだ。



「今更だけど、講師の仕事……大変ね」


「そうだね。生徒のペースに合わせたり、前提知識のすり合わせは特に大変だ。でも、リングルとシェリスが色々と話を聞いてくれるから助かってるよ」


わたくしはエストさんと良き友人で在りたいので」


「僕もです! 先生には大きな恩を感じていますから」


「……ね? 意外となんとかなってる」



 改めて2人にお礼をしたシスティリアは、今後も講師をしている間は助けてあげてほしいと言う。そんな彼女に、当たり前だと言わんばかりに頷いた2人は、それからも楽しく食事を続けていた。


 そして、昼休みが終わり午後の授業が始まる。


 普段通りに午後は講義的な内容が多いのだが、今回はユルが居るために、外で実演して魔術を見せていた。

 いつの間にか生徒と仲良くなっていたシスティリアも、エストが見せる多彩な魔術に小さく拍手する。



「そうそう、僕が作った魔法陣に圧縮魔法陣というのがあるんだけど、見せてあげる。これは事故の危険性が高いから、真似する時は自己責任でね」



 威力を抑えるために杖を使わずに風域フローテの魔法陣を出すと、わざと多重魔法陣に書き換えた。

 これにはユルも目を細めたが、次の瞬間、魔法陣の色が深い緑色へと変化した。



「今この魔法陣には、風域フローテが30個重なっている。多層魔法陣の派生……に、なるのかな。あっちと違ってひとつの魔法陣に大量の魔術を重ねる上に、威力が減衰しないのが圧縮魔法陣の強みだね」


「……滅茶苦茶ではないか。そんなもの、魔術の歴史を変えてしまうぞ」


「できるものならやってみるといい。これは三ツ星のジオでも成功率が低い技術。歴史を変えるには汎用性が低すぎる」



 パッと魔法陣が輝いた瞬間、幾つもの風域フローテが発動し、上空に向かって風を吹かせた。

 その風の勢いは凄まじく、覆っていた雲を晴らし、遥か上空を飛行していたワイバーンの姿勢を崩すほど。


 ニヤリと笑ったエストが杖を取り出すと、空の彼方へ向けて氷槍ヒュディクを放つ。



「…………当たった。まぁ、こんな感じで飽和攻撃の際に使えるよ。難点としては、とにかく難しいこと。多層魔法陣と違って威力を落とさない分、少しでもブレると一気に壊れる。一長一短だね」



 そして、隕石の如く肉塊がグラウンドに堕ちてくる。落下の衝撃は風球フアをクッションに防がれると、風圧で皆が気づいてしまう。



「ワ……ワイバーン?」


「お前、先程の魔術はまさか」


「たまたま晴れた先に居たからね。システィ、来週のお弁当は……」


「はいはい、分かってるわよ。それよりちゃっちゃと片付けなさい」



 杖を振って亜空間に消し去ると、更に困惑の波が広がっていく。目の前でワイバーンほどの巨体が消えることなど有り得ない。

 前方に立つひとりの講師が満足そうにしているのを見て、ルミスは心の中で思ってしまう。



 エストが……賢者なのでは? と。

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