第188話 闇を照らせぬ星ふたつ


 数多の魔法陣が展開されては破壊され、20人あまりの生徒は頬が攣る。実際に戦闘経験を積んだエストによる、初めての実戦形式の授業。


 対魔術師と対剣士を想定した2つのグループのうち、対魔術師戦を考慮したエストの方に向かった生徒は後悔していた。



「どう? 手も足も出ないでしょ。これが格上の魔術師との戦い。相手の力量を測る大切さは、剣士より上なんじゃないかな」



 圧倒的なまでの絶望感。

 どう足掻いても魔術の発動すら許されない領域の中で、一撃を当てるか思案する。

 しかし、どうやってもエストに魔術は届かない。


 同時攻撃は瞬時に全て破壊され、連続した魔術による飽和攻撃もエストの精神力の前には歯が立たない。

 これにはユル・ウィンドバレーも唸る実力を感じ、昨日の行動はもっと慎重になるべきだったと恥じる。



「でも、覆せる要素が2つある。ユル」


「体力勝負……或いは、武器による近接攻撃」


「その通り。流石は二ツ星冒険者だね」


「……煽りのつもりか?」



 エストは首を横に振り、空中に綻びのある風針フニスの魔法陣を展開した。

 魔法文字を正しく学んだ生徒たちは、それがグチャグチャな魔法陣だと理解し、体力勝負の意味を知った。


 次に、生徒とエストの間に土像アルデアの騎士と、再現度が異常に高いローブ姿の魔術師が現れ、騎士が魔術師に袈裟斬りを当てた。



「僕がオススメするのは前者。体力勝負は単純なトレーニングで身につくから、みんなもできると思う。だけど──」


「真に求めるのは後者だな。私やあのシスティリアと同じく、魔術と剣術を扱えれば一騎当千の戦力になる…………まぁ、魔術だけで同じ土俵に立つ者も居るが」



 鋭い眼光でエストを射抜くも、うんうんと頷くだけだった。まるで自分のことではないと思っている様子に、ユルは空振った感覚を覚えた。


 魔術だけで一騎当千という言葉は、エストにとってのジオや魔女である。


 彼らは肉体による攻撃を捨て、他の追随を許さぬ魔術で強大な力を持っている。並大抵の努力ではなし得ないことに、エストは深く頷いていたのだ。



「ユルは元々剣士だったの?」


「ああ。ウィンドバレー家は剣術の名門だ」


「だってさ。少ないと思うけど、武術を習える人は今からでも遅くない。手を出した方がいいよ。それはきっと、未来の自分を守る武器になるからね」



 魔術師が後方攻撃だけだなんて、誰が言ったのか。

 それでは“つまらない”というのがエストの見解だが、ここはそういう魔術師を目指すクラスだ。生徒が目指す未来に近づける選択肢を与えることが、尤もだと判断した。


 しかし、どこかエストの発言が引っかかるユルは、ほんの興味で聞いてしまう。



「お前は近接戦闘も出来るのか?」


「やってみよっか」



 そう言われ、前に出るユルに対し、エストは『こういう戦いの方が心が疲れないよ』と言う。

 楽しむための魔術を戦いに使うより、戦うための武器を振った方が良い。エストの中ではそう決まっていた。


 一対一の状況が出来ると、ユルはレイピアを抜いて構えた。


 対するエストは虚空に手を伸ばし、槍剣杖を亜空間から引っ張り出す。



「……どこから出した?」


「ここから。あ、魔水晶を変えようと思ってたのに、まだそのままだった。後で変えておかないと」



 魔道具としての杖というより、槍としての面が強い銀色の杖を前に、あんな見た目の杖があるのかと声が上がる。


 その中のひとり……ルミスが、答えを言ってしまう。



「賢者の……杖?」



 王国にも数え切れないほどある初代賢者の像。

 王都の広場にある杖を掲げた賢者像の右手にあるのは、エストの物と殆ど同じようなデザインの杖だった。



「確かに、よく見ればあの杖……似てるな」


「でも先端があんな武器っぽくないぞ」



 杖を片手で握ったエストは、まるで剣を持つかのように杖先を横に下ろした。


 開始の合図は要らない。

 お互いに同時に距離を詰めた瞬間、レイピアの刺突を杖先で受け止めた。



「……アダマンタイト。本物だな」


「そっちこそ同じだよね。重いでしょ」


「この重さがちょうどいいのだ。だがお前のそれは……」


「筋肉。筋肉がこの杖を振るわせてくれる」


「ハッ、脳まで筋肉で詰まっていそうな言葉だ!」



 互いの武器がアダマンタイトだと知ると、一度距離をとる2人。そこには魔術師としての敬意は無く、ひとりの剣士と、ひとりの槍使いへの尊敬がこもっていた。


 武器の素材としては最高級のアダマンタイトは、その加工の難しさからレイピアにしか“出来なかった”。

 しかし、かの伝説の職人デウフリートは、アダマンタイトから長い杖を鍛え上げ、初代賢者に渡したという。



 美しくも恐ろしい技術の粋を集めた杖は、握るにも想像を絶する筋力が求められる。



 それを片手で扱う者が目の前に居るのだ。

 ユルの翡翠色の瞳には、化け物が映っていた。



「……なぜお前ほどの者が名を轟かせていない?」


「知らない。依頼を受けてこなかったから……かな?」


「いいや違うな。お前の裏で国が動いているはずだ。でなければ、魔術講師などをさせるわけがない。王国は……お前を知っているな?」


「フリッカの指名依頼だからね。でも、無名の方が良いよ。君もそうでしょ? 人から尊敬の目を向けられるのって、思ってる以上に疲れる」


「……フッ、その若さで言うことか?」


「歳は関係ないよ。僕はただ、システィと幸せに暮らせたらいいだけ」



 国が隠す……否、まだおおやけにしないということに何らかの意図があると察し、ユルは静かに剣を納めた。


 たった2人の少年少女にどれだけの力が集まっているのかと知りたくなるが、ただならぬ予感に喉が詰まる。


 そこにエストたちがどんな時でも気を抜かない理由があると予想しても、それが何なのかは分からない。

 今の時代を生きる人にとって、御伽噺にしか出ないような存在が実在することなど、一部の者しか知らないからだ。


 ただそこで、強大な力に怯える2人を見て見ぬふりをすることしか出来ないユルは、悲しそうに目を伏せた。



「どうやら私は……まだまだ弱いようだ。この手では、エストとシスティリアを救うことは出来ないのだろう」


「ごめんね」



 次元の違う話に着いてこれない生徒たちだったが、ひとつだけ分かったことがある。


 それは、ユルの領域に至る可能性があること。


 ユル・ウィンドバレーという人間は、才能で魔術を扱わず、地道に重ねてきた剣の道と魔術の道を合流させたに過ぎない。

 確かに並大抵の才では至れぬ領域だが、このクラスの者はそういった才能が集まる優秀な者が多く配属されている。


 希望があるのだ。高みを照らす、確かな光が。


 ゆえに、認識すらできない闇の中を歩くエストが見えない。彼の歩む運命が、魔道の神髄の如く深い闇へと伸びている。


 分からないことすら分からない。

 彼が抱える未知の恐怖も。

 彼が怯える歴史の恐怖も。

 見えない背中は、どこまでも遠い。


 それほどまでに、エストは暗い道を歩く。



「話を戻そう。魔術師との戦いでは武器を使えることが一番ってこと。無論、前提条件として互角以上に魔術が使えること。この2つがあれば、君たちは誰にも負けない不屈の魔術師になれる。ロマンがあるよね」



 必要以上に不安を煽られても悪いと思い、エストは授業を続けた。

 未来の魔術師の手を引くことが、今のエストの仕事である。ただ暗闇に突き落とすのではなく、歩き方を教えねばならない。



「ここからは僕じゃなく、ユルを相手に戦ってもらおう。少しでも動きを見れるようになったら、役に立つはずだ」


「……いいだろう。私は手加減を知らない。怪我をしても責任は取らないからな」



 龍の魔力を持つエストと互角以上の肉体を持つユルならば、生徒たちが目指す魔術師として充分に活躍してくれる。


 そう思っての生徒対ユルの模擬戦だったが、結果はエストの想像以上のものだった。


 クラスの者が皆、いつになく真剣に取り組んでいた。

 絶対に見逃さまいとユルの一挙手一投足に集中し、魔術の避け方、意識の逸らし方、距離の詰め方など、徹底的に分析を始めたのだ。


 ここまで研究熱心な姿を、エストは見たことがない。


 それが2人の会話からのものなのか、ユルを見たからかは分からないが、向上心を燃やす生徒たちに感心する。



「……いいね。必要に迫られずに楽しめることは、良いことだ」



 今が平和と言える彼らに、小さな嫉妬が芽生えるエストであった。

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