第401話 爆発の痕跡
「じゃあ、メルは実質トップになったんだ」
「師団員の中では、だけどね。副団長や団長の足元にも及ばないよ」
ギルドを出たエスト、ウルティス、メル、副団長オールスは、事故があったという南西街道に向けて歩いている。
メルは宮廷魔術師団の中でも戦闘力、創造性に富んでおり、小さな任務から大きな任務まで引っ張りだこのようだ。
それが場数を踏む理由にもなり、第2師団員では時期副師団長とも呼ばれている。
「団でも、しょっちゅうエストくんの話は聞くよ? ニルマースでの炎龍騒動とか、神国のダンジョン都市でドラゴンゾンビを倒した話とか」
「どっちもドラゴン関係だね」
「ま、まぁ話題になりやすいから……私も頑張らないと!」
道中メルの宮廷魔術師団内での活躍話を聞いていると、オールスがムッと首を捻った。
「おかしい。魔物の反応が無いぞ。この街道は魔物が出やすいことで有名じゃ。しかし、一匹もおらぬとは……」
「……ソウダネ」
「エストくん、何かしたの?」
ツツーと目を逸らすエストに、メルが問う。
特に隠すことではないのだが、雑談の邪魔になってはダメだろうと、魔力探知に引っかかった魔物を片っ端から討伐していたのだ。
そのことにはウルティスも気付いておらず、可愛らしく小首を傾げている。
「討伐したじゃと? 儂が気付かん訳が無い」
「ここに魔法陣出してないからね。それに、魔力探知と同じ波で相殺すればバレないし」
エストの答えに、オールスとメルが目を見開く。
さらりと言われた『魔力探知の相殺』という言葉。
これは長年魔術師たちが苦しんでいる課題であり、一般的には『魔術の行使は、魔力探知で確実に引っかかる』とすら認識されている。
ゆえに魔術師同士の戦いは魔力探知の維持にかかっており、最初に相殺が発見されても、実用化は不可能とされてきた。
なぜなら。
相殺には恐ろしい程に神経を使うからだ。
相手の探知と同じ魔力量で真っ直ぐにぶつけないと、それは刺激となって相手に探知されてしまう。
数メートル離れた針の穴に糸を通すような技術を、狩りをしながら、そして雑談の途中で行うなど人外の所業。
オールスは改めて、目の前に居る人間が化け物だと認識した。
「イノシシと鳥の魔物が幾つか捕れたから、後で肉屋に卸そう」
「お肉〜? スープぅ?」
「今日はシチューだと思うよ。昨日牛乳を買ってたみたいだし……でも、スイーツ作るって言ってたね」
「お姉さまのシチューは世界一!」
「その通り! 帰ったら川で血抜きしようか」
街道を歩きながらそんな会話をするエストとウルティス。内容だけで見れば微笑ましいものを、狩りの部分を見ると末恐ろしい技術を感じられる。
絶句するオールスとメルとしばらく歩いていると、石畳の上に、円形の茶色い染みが付いている場所に来た。
染みの直径は6メートルはありそうだ。
「ここが事故のあった場所みたいです。馬車と商人は消滅、積み荷のボタニグラの種も殆どが誘爆した……と報告されてるみたいですね」
大量の種が集まっているところに、ひとつでも爆発したらその熱に反応して他の種が爆発……なんてことは、無いわけではない。
しかし、何十年も前に同様の事故が起きてから、商人たちのボタニグラの種に関する運搬方法は徹底されている。
衝撃吸収用の魔道具や、水に浸けて運搬するなど、様々な対策が取られているのだ。
「探査系の術式でわかりそうだね」
「ふむ、儂がやろう……
オールスが石畳をコン、と杖先で突くと、地中2メートルまで魔力の波が伝っていく。
魔力探知の地中版、といえば分かりやすい、中級土魔術である。
「……見つけたぞ。しかし、ひとつだけじゃ」
「野生個体でしょうか?」
「野生個体しか居ないでしょ。ウチ以外」
「ウチ以外?」
呟くように吐き出された言葉に、メルがオウム返しする。
「僕の家の庭、ボタニグラ研究のために発芽させたんだよ。魔物化せずに種が取れたら嬉しいからさ」
「え……け、結果は?」
「まだまだだね。5年後くらいにまとめて発表するから、吉報を待つがよい」
「待つがよい〜!」
腕を組んで威張った体勢で言うエストに、同じポーズで胸を反るウルティス。
エストから、ボタニグラに関して他者に言ってはいけないと釘を刺されているため、口はぎゅっと噤んでいる。
言いつけを守ったウルティスを肩車したエストは、右足のつま先で石畳を数回蹴った。
「う〜ん、確かに1個しか無いね」
「……確かに、西の方に反応があるね」
「とりあえず行ってみるかの。何か分かるやもしれぬ」
オールスを先頭に、種の反応があった方へ歩く一行。街道から外れて森の木々を掻き分けて進んで行くが、杖を持つ2人は少々歩きづらそうである。
しばらく進み、開けた場所に出ると、何やら種を取り合うリスが2匹居た。
2匹の間にある種は、硬い殻に覆われたナッツのような見た目をしており、見慣れたエストはそっと木陰に身を潜めた。
「エストくん、これは動物が食べた可能性が高そうだね」
「……どうかな。ボタニグラの仁を食べるにしても、あの殻はあまりにも硬すぎる。もしかしたら……あ」
「リスさん持ってった〜!」
奪い合いに制したリスが素早く木の上に登ると、エストは
コツコツと歯で殻を削る音が聞こえると、オールスとメルも嫌な予感がしたのか、壁の内側に入ってから覗く。
ウルティスに耳を塞ぐように言い、ぺたんと閉じた瞬間──
バンッ!
激しい爆発音が発生し、リスの死体が落ちた。
「お兄ちゃん、リスさん吹き飛んだよ?」
「僕がやった時は指が2本飛んだけど、リスだと致命傷は確実だね。最後のサンプルが消し飛んだのは残念だ」
無理やりにでも奪っておくべきか……。そう悩むエストに、メルが肩を叩く。
「……もしかしたら、エストくんが倒した魔物の胃に入ってたりしないかな?」
「ほう、妙案じゃな。賢者様、どうじゃ?」
「やってみよう。可能性は高いよ」
その提案にハッとしたエストは、すぐに近くの川を探した。森の少し奥に来ると、イノシシの血抜きをしながら胃を取り出して見てみた。
すると、中には未消化のクルミ程の大きさをした種が5つ入っていた。
手のひらに置いて見せると、首を傾げる2人。
「これなら魔物や動物たちが食べたって報告できそうだね。でも、何か違和感が……」
「体温で破裂しなかったのは不思議じゃな」
「お兄ちゃん、これ、種じゃないよ〜?」
ウルティスが種のひとつを取ると、違和感を口に出した。と言っても、見た目は完全にボタニグラの種であるため、2人には違いが分からない。
念の為に4つを亜空間に仕舞い、ウルティスの持っていた種を受け取ったエストは、小さな
慌てて
「うん、やっぱり偽物だね。どうりで僕の探知で見つけられないワケだ」
「えっと……どういうこと?」
爆発しない種をさらに炙り、炭化した部分を見せながらエストは語る。
「これはボタニグラの種に見せかけた木の球。見た目も重さも殆ど一緒だけど、魔力の含有量が全然違うんだ」
「つまり、儂ら来る前には殆どの種が……」
「うん、回収されたんだろうね。むしろ、ここまで来ると爆発が本当に事故だったのかすら怪しいけどね」
血抜きを終えたイノシシを回収し、一行は再び事故現場である茶色の染みがある地点に来た。爆発した跡のような焦げた見た目ではあるが、どうも変だと言うエスト。
それは、周辺への影響の小ささだった。
「仕方ないか……こっちが本物の種なんだけど、ちょっと実験しよう」
エストは染みから離れた場所に本物のボタニグラの種を置くと、壁越しに遠くから火を近付けて爆発させた。
たったひとつの種でも街道の石畳に小さな傷をつけ、もう少し離れた場所で今度は3つの種を同時に爆発させる。
すると、焦げたような跡は出来たものの、染みの色が全然違ったのだ。
本物の種がつけた焦げ跡はかなり黒いのに対し、件の事故現場には茶色い跡が残っている。
「ふむ。密輸、あるいは横領じゃろうな」
「ボタニグラの種って、高いんですか?」
「言ってもそこそこじゃ。単価で1000から1200リカ。しかし、種は一度に大量に運ぶからの。一台分で500万リカはするじゃろうて」
「ごひゃっ……じゃあ、この事故って」
「十中八九、商人が仕込んだものじゃ。あるいは横取りされたか。じゃがのぅ、大きな問題点がある」
「問題点?」
首を傾げるメルに、ウルティスを抱っこしたエストが答えた。
「その商人が居ない点だよ。襲われたのか、自作自演なのかも聞けない。どこかの商会に属していたなら……わかるかも?」
「それが、この先にあるフォツカ村の商人らしくての。商会には属しておらんそうだ」
「ね、お手上げ」
「お手上げ〜」
500万リカと言えば、一般的な月収換算で17ヶ月分に相当する。種の加工や販売で収入には差が出るだろうが、それでもかなりの大金である。
お金に苦労した時期があったのだろうメルは、その額を聞いて絶対に事件の真相を明かしてやろうと、目に炎が宿っていた。
「冒険者の方が稼げることは黙っておこうか」
「……賢者様はそれほど稼がれるのか?」
「まぁね。今の僕なら、年収1億リカも夢じゃない」
「それはそれは……あの豪商ファルムに並びますな」
「ファルム……そんなに稼いでるんだ」
エストの脳裏に浮かぶ優しい笑みを浮かべた恰幅のいい商人は、国を跨ぐだけあって凄まじい金額を動かしているようだった。
しかし当のファルムは、仕入れや出資などに多額のお金を使うために、最終的な月収は200万リカくらいだそうな。
……それでも充分に富豪なのだが。
そうこうしているうちに、空が茜色に染まる。
「とりあえず、明日はレガンディのファルム商会で種が動いたか聞いてみるよ。2人はしばらくアカームに居るの?」
「うむ。この件が解決するまでは、アカームに滞在する予定じゃ。問題を放置して帰れん」
「……書類仕事から逃げたいだけですよね」
「うるさいわ! この老いぼれに、やれ新魔道具の開発費申請だの魔道書の購入申請だの新術式の確認と発表を任せるやつがおるか!? 目も滑ってかなわんわ!」
「最後のは僕、やってみたい」
「……大体が既存術式の劣化版だよ」
メルの補足を聞いて現実逃避をするようにウルティスを吸ったエストは、オールスの苦労をいたわることしか出来なかった。
一緒に居て感じていたのだ。オールスは実戦系が大好きな魔術師であり、冒険者に寄った人間ということを。
それゆえに、書類にまみれる仕事よりか、こうして帝都の外で調査なり足を動かす方が性に合っているのだろうと。
「じゃあ、また明日。ギルドへの経過報告は待ってほしい」
「どうして?」
「ギルドが手を組んでいたら厄介だから」
いくつかの不審点や、アカーム市長からの直接依頼ということもあり、何か裏があるのではとエストは考えた。
「それは……注意深いにも程があるでしょ」
「そう? あの依頼文で放置したギルドは、ちょっと怪しいよ。何にせよ、解決してから報告するのが一番だ」
「分かった。それじゃあ、また明日。エストくん、ウルティスちゃん」
「ばいば〜い」
ウルティスを抱っこしたまま家の前に転移したエスト。
きちんと手を洗ってからリビングに入ると、甘い匂いとシチューの香りが鼻腔をくすぐる。
ちょうどいいタイミングでシスティリアが鍋を机に置くと、エプロン姿のまま思いっきりエストを抱きしめた。
「おかえりなさい。ふっふっふ〜、今日のデザートはケーキよ!」
「ただいまシスティ。楽しみにしてる」
数分の間、システィリアを離さないエストだった。
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