第400話 宮廷魔術師たち


「美味しい?」


「うん! お兄ちゃんも、あ〜ん」


「……ん、いいね。割と辛めだけど大丈夫?」


「だいじょ〜ぶ! えへへ」



 ダンジョン活性化の対処が終わり、参加した冒険者には特別手当が出た。皆ホクホク顔でお金を受け取る中、ギルド酒場の隅で、エストは膝に乗ったウルティスと昼食を食べていた。



「お兄ちゃん、あたし、頑張ったよ?」


「頑張ってたね。喫茶店から感じてたよ」


「……見てないの?」


「見てないとも言えるし、見ていたとも言える。オーガ2体を処理したところは、鮮やかだった。成長したね」



 エストからの褒め言葉に、ウルティスは声にもならない声を上げると、尻尾を全力で振りながら甘辛オーク炒めと戦い始めた。


 さて、ウルティスの戦いぶりを、何故エストが知っているのか。その答えは実にシンプル。


 エストの魔力探知が、大幅に進化したのだ。


 具体的には、今までは魔力の薄い波をぶつけ、何かに吸収、あるいは反射した刺激を受けて魔物の位置や地形を把握していた。


 だが今のエストは、指定した空間に極限まで薄めた魔力で満たすことで、常時地形や生物の位置を把握し、まるでその場に居るかのように感じることが出来る。


 空間属性の理解を深めようと試行錯誤した結果、偶然見つけた魔力探知の応用なのだ。



 そんな技術の進歩に深く頷き、ウルティスを吸おうとしていたエストの前に、大柄の男がどかりと座った。



「よう、嬢ちゃん。さっきは助かったぜ。オレはこのアカームのギルドマスターをしている、ゼオだ」


「こんにちは! ウルティスだよ! ね、お兄ちゃん」



 ギルドマスター直々にお礼を言うと、ウルティスは食べる手を止めて元気よく挨拶した。が、何故かエストに会話の流れを向けようとする。


 その理由は間違いなくオーク炒めが食べたいからであり、それを分かっているエストは流れを受け止めることにした。



「嬢ちゃんは冒険者か?」


「この子はまだ8歳。ギルドカードを作れない」


「おいおい……8歳であの剣技と魔術か……精霊の申し子か何かか?」


「生まれや才能で片付けることは許さない。この子は血のにじむような努力を毎日している」



 目深にフードを被っているエストが威圧感を放つと、ギルド全体を静寂が支配し、全員の背筋に冷や汗が伝う。


 そんな中、ぱくぱくとオーク炒めを食べているウルティスに視線が集まった。



「わ、悪かった。努力は認めている。あの足さばきは一朝一夕のモンじゃねぇ。二ツ星のアリアに似た、独特の動きだった」



 二ツ星のアリアという言葉にウルティスの耳がぴこっと動いたが、すぐにオーク炒め退治へと意識を移した。


 ウルティスのこめかみには、汗が伝っている。


 それは、アリアが師であることがバレたからか。

 あるいは、甘辛の味付けが辛みに寄っていたからか。


 ……ご飯を残すことは、許されない。

 姉であり師であるアリアによる、教育の賜物だ。



「……知り合いなの?」


「現役時代にな。その時もアリアは、そこの嬢ちゃんみたいにあっという間にオーガを倒しちまって、同じように圧倒された記憶がある」


「ふ〜ん」



 魔力探知・改でギルドマスターの様子も知っていたエストは、彼だけがあの戦場でまともに戦えていたことを思い出した。


 だがしかし、こんな小さい子が戦っているのに、見守ることしか出来ていなかったが。



「それより、オレはアンタが気になるぜ、ローブ男」


「通りすがりのお兄ちゃんだよ」


「なんだそりゃ。だが、アンタの剣技もバケモンだったな。突きに突きを合わせるなんざ、実戦でやる奴なんか居ねぇぞ」


「僕のはただの模倣。愛する妻の剣技を真似ただけ。世界で一番強くて可愛いんだ。ね、ウルティス」



 土像アルデアでの模擬戦に使っているシスティリアの動きを、極限まで自身の体に落とし込んだだけなのだ。


 だから、エストは知っている。


 なら、突きを合わせた瞬間に押し込み、確実にバランスを崩したところで首、胸、腹を突くことを。


 ……実際にその身で経験しているから。



「お姉さまはあたしが絶対倒すもん! それでね、お兄ちゃんをもらうの!」


「ダメだよウルティス。僕はシ……お姉ちゃんのものだから。勝っても僕は奪えないよ」



 決して大きな声ではないが、エストのシスティリアへの溺愛っぷりはギルド中の者が聞こえた。



「……愛妻家、なんだな」


「うん。僕も愛しているし、彼女からも愛されてるよ」


「そういやアンタ、名前は? 冒険者だろ?」


「……ただのお兄ちゃんだよ」


「なんだそりゃ」



 ふざけて言っているのかと思ったギルドマスターのゼオだったが、真剣な声色で言っている辺り、名前を隠したいことは伝わった。


 だが、その発言は笑いの種となった。



「よう、お兄ちゃん。お兄ちゃんも魔術を使えるのか?」


「お兄ちゃん、ウチのパーティーに来いよ!」


「だめよ! ウルティスちゃんとお兄ちゃんの2人をウチが貰うわ!」


「……なんか、変なことになった」



 次々と謎の言い争いが発展し、そこには筋骨隆々の男もエストのことを『お兄ちゃん』と呼んで争う、凄まじくシュールな光景が広がっていた。


 ウルティスが甘辛オーク炒めを食べ終えると、コップの水を一杯、そしてエストが飲んでいた水も飲み干し、一息ついた。


 エストが懐から出したハンカチで汗を拭ってあげると、満足そうに体重を預けるウルティス。




 すると、ギルドのドアが開いて、2人の魔術師が入ってきた。


 ガヤガヤしていた冒険者たちだったが、一瞬にしてその2人へと視線が集まり、静まり返る。


 ひとりは背の高い老人で、銀の杖を持っている。

 もうひとりは見習いなのか弟子なのか、老人の半歩後ろを歩いており、ローブ越しでも分かるほどスタイルが良い女性だ。


 静かにエストたちのテーブルへと歩いてくると、老人は穏やかな笑みを浮かべてウルティスを見た。



 白くなった髪を後ろで括り、赤土色の瞳には、涙に魔力を纏わせており、ウルティスを……そしてエストを見てしまった。



「食事中にすまないのぅ。お嬢さん、お名前は?」


「ん……ウルティス」


「そうかそうか、先程の戦いでは素晴らしい魔術を使っておったの。魔道書に無い魔術じゃった」



 感心した様子でウルティスを見る老人は、フードの中で鋭い目つきをしたエストに見られていることに気付けなかった。



「おじいちゃんは、魔道書にある魔術しか使えないの?」


「っ……そ、そんなことは無いぞ?」


「どんな魔術、使うの? お兄ちゃんより凄い?」


「それはもちろんじゃ! 何せこの儂は──」


「嘘つき」


「……は?」



 突然嘘つき呼ばわりされた老人は、呆気に取られてしまった。これには背後の少女もムッと顔をしかめるが、ウルティスの目は真剣そのものである。



「お兄ちゃんより凄い魔術師、いないもん」


「……どういうことじゃ?」


「おじいちゃん、魔力探知できてないもん。そっちのおっぱい大っきいお姉ちゃんも」


「おっ……何を言ってるの!?」



 初めて声を出した少女だったが、エストは聞き馴染みがある声に聞こえた。思わず顔を僅かに上げると、胸目当てだと思われたのか、顔を真っ赤にして両腕で胸を隠されている。


 そして、確信に変わる。



「儂は……帝国宮廷魔術師団副団長、オールス・パープルじゃ。まさかそこまで見破られるとは、思わなんだ。そしてこっちは──」


「帝国宮廷魔術師団、第2師団のメルです」


「……やっぱり」



 本当ならこのまま隠し通すつもりだったが、気が変わったエストはフードを持ち上げた。


 そして皆に見えるようになった白い髪と澄んだ青い瞳を露わにすると、ギルドマスター、副団長、そしてメルの3人が大きく目を見開いた。



「ま、まさか……貴方様は」



 副団長オールス・パープルが声を漏らす。



「嘘……エスト……くん?」



 愕然としたまま、メルが呟いた。



「初めまして、僕はエスト。それと……久しぶりだね、メル。前に会った時より大人っぽくなったね」



 優しい笑みを向けるエストに、思わず口元を両手で抑えたメル。



「本当に……エストくん、なの?」



 かつて、自分にだけ向けていたはずの笑顔。

 しかしそれは一時のものだった。


 膝上の少女に回した左腕の先……薬指にある指輪を見れば、嫌でも分かってしまう。


 欲しかった言葉を捧げる相手が居る。

 聞きたい声を聞かせる相手が居る。

 見たい笑顔を見せ合う相手が居る。


 悔しさもあるだろう。手が震えている。

 だが、もう踏ん切りをつけたのだ。

 今のメルに、逃げ出すという選択肢は無い。



「ありがとう。エストくんとまた会えて嬉しい」



 心から再会の喜びを伝えると、エストは小さく頷いた。すると、ウルティスが下から顔を覗き込んで言う。



「お兄ちゃんのお友達〜?」


「そうだよ。メルは僕の知る人で、一番土属性魔術が上手なんだ。楽しそうに魔術を使うところは、ウルティスと一緒じゃないかな」


 無論、魔女と初代賢者を除いて、だが。


 エストが自信ありげに言ったことで、ウルティスは真っ直ぐにメルを見た。

 あまりにも純粋な、それでいて硬い視線。

 何人たりとも穢すことは出来ない、魔道を往く者の目を合わせて言う。



「魔術、楽しいもんねっ!」



 宮廷魔術師の2人が笑みを浮かべて大きく頷くと、ここまで空気だったギルドマスターのゼオが声を発する。



「おいおい……一ツ星が来てくれたとは思わなかったぞ。活性化の報酬、受け取ってないよな?」


「あぁ……要らないよ。僕は最後の美味しいところしか取ってないし、ウルティスも冒険者じゃないから」


「そうは言ってもなぁ……」



 それこそウルティスは獅子奮迅の活躍を見せ、エストはオーガキングを一刀で倒してしまった。単体Aランクのオーガキング討伐の手柄はエストにあると言いたいゼオだが……。


 先にメルの方が疑問をぶつけた。



「どうしてエストくんはアカームに居るの?」


「南西街道の、ボタニグラの種を運搬した馬車が事故にあったらしいんだ。それで、種を回収しようかなと」



 亜空間にはまだ種が大量に残っているが、それは異界式ダンジョンのエブルブルームが出した種である。

 他の種類……あるいは別個体のボタニグラで違いがあるのか研究することが目的だ。


 素直に目的を明かしたエストに驚いたのは、副団長のオールスだった。



「なんと! 儂らも同じ事故の処理に参じたのじゃ」


「そうなんだ。そっちで片付けたの?」


「相変わらず反応が薄い……ううん、これから行くところだよ。そしたら活性化が始まっちゃって……」


「じゃあ一緒に行こうか。メルが居たら、種が埋まっていても簡単に掘り出せる」



 願ってもないことだと2人が喜ぶと、立ち上がったエストはギルドマスターに告げる。



「報告には来るよ」


「い、依頼として受けねぇのか?」


「あの依頼文で受けると思うなら、市長よりも君たち職員を疑うよ」



 凄まじい勢いで張り出されていた紙を取ってきたゼオは、片手で顔を覆ってため息を吐いた。

 ようやく、気付いたらしい。



「すまん。市長にも伝えておく」


「それじゃあ、また後で」


「おう! 吉報を待ってるぜ」



 そうして4人がギルドから去ると、静寂が息絶えた。本物の一ツ星……賢者エストを見て、その日のギルドは大騒ぎだったとか。

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