第379話 騎士の憧れ……?


 騎士団長は自らの執務室にエストとシスティリアを案内すると、遠征任務の見送りを示し、シュバイドの特殊護衛任務についての公文書が差し出された。


 2人はソファに座り、肩をくっつけて確認していると、お茶を出した騎士団長が対面に座る。



「改めて、オレはファルグだ。帝国騎士団の頭をしている。硬い言葉遣いは好かん、普段通りに接してくれ」


「エスト。魔術師」


「システィリア。剣士よ」


「……すまない、もう少し硬めで頼む」



 数秒だけ顔を上げて自己紹介をする2人に、思わず頭を抱えてしまうファルグ騎士団長。ジオから『頭がおかしいヤツら』とだけは聞いていたが、実際におかしいとは思っていなかった。


 読み終えた2人が揃ってお茶に口を付けると、改めて挨拶を始めるエスト。



「僕はエスト。魔術師だよ。体は鍛えているけどシスティより弱い。騎士団よりは強いけど」


「アタシも同じね。育児の合間に鍛えているけど、エストよりは断然、まだまだ、圧倒的に強いわ。今日は彼の付き添いよ」


「……2人は誰かを煽らなければ死ぬ病に罹っているのか?」



 エストは完全に無意識の発言であるが、根底には以前出会った2人の騎士について思うことがあったのだろう。

 一方システィリアは、魔力を熾したエストを相手に、システィリアに軍配が上がる己の強さから尻尾で叩いてエストを煽っていた。


 眉間に皺を寄せるエストだったが、お茶を飲み干してはボソッと呟く。



「だって騎士に盗み聞きされてたし……」


「エフィが居なかったら鎧が凹んでたわよ。アタシたちの可愛い娘に感謝しなさい」


「む? どういうことだ?」



 エストが布屋前で起きた小さな騒動について話すと、騎士団長は机をかち割る勢いで頭を下げた。



「申し訳ない! その者らはレガンディに派遣した騎士で間違いない。私生活を邪魔したこと、オレから謝罪する」


「ま、いいけどさ。ただ、システィの耳の良さは舐めないでほしい。舐めていいのは僕だけだから」


「は、はあ……? とにかく、すまなかった」



 システィリアが半目でエストを見つめるが、当の本人は至って真剣な眼差しで騎士団長と会話していた。

 小さく息を吐き、以前にも似たような事があったなと思えば、自由にしていた右手がエストに優しく握られた。


 背もたれの隙間で尻尾を振りながら、エストの左手を軽く握り返す。



「それで、シュバイドの件だけど、魔女エルミリアに転移してもらおうと思ってる」


「ああ、聞いている。いつでも出撃可能だ」


「……えっと、どこまで聞いてるの?」



 ここまで話がアッサリ進むことに違和感を覚え、むしろどこまで知っていて何を知らないのか、疑問に感じたエストは全て聞き出すことにした。



「我々が出来ることは全て、だな。表向きは開拓村の護衛、本音としては三国共同戦線を張り、問題が起きた場合に結束を目的として騎士団を派遣する。だが、人数が多くては村の困窮を招くため、一国につき6人だと」


「……食料はシュバイド辺境伯が出すよ?」


「であれば、シュバイドを守るために我が国の騎士は食料を持参する。我々が守るのは帝国民の命と生活であり、そこには貴族も皇族も等しく守護の対象となる」


「ふ〜ん、気高いのね。誇りがあって良いじゃない」


「騎士として当然だ。優先順位はあるがな」


「大陸全土の命を守らされた僕って……」


「賢者、だろう?」


「彼は賢者に“させられた”のよ。魔族なんて居なければ、アタシとイチャイチャのんびりと旅を続ける予定だったもの」


「……あの頃は純粋に旅を楽しんでたなぁ」



 良くも悪くも、賢者になったことで今のエストを形成している。

 もし魔族と出会っていなければ……ジオに拾われていなければ、今頃どうなっていたことか。何度考えても想像つかない。


 脱線した話を戻して、ほぼ全ての事情を知っていると分かったエストは、一週間以内に作戦を決行すると伝えた。



「その予定で構わない。派遣予定の騎士には既に知らせてある」


「助かるよ。それじゃあ話は終わりかな。時間、取らせてごめんね」


「話せて良かったわ。帝国のこと、好きになれたもの」



 帝国が好き。そう言ってもらえて笑みを浮かべた騎士団長は、自身の分のお茶を飲み干すと、立ち上がったエストの顔を見つめて言う。



「……ふ、想定より時間が余ってしまったな」


「そうなの?」


「ああ。2人がよければ、騎士と模擬戦をしてやってくれないか? 護衛の士気も高まり、より帝国民のために力を振るえるようになる」



 よい理由付けが出来たと頷く騎士団長だったが、首を傾げたエストはシスティリアの顔を見て聞いた。



「……そうなの?」


「アタシに聞かないでよ!」


「剣士ならわかるかなぁって」


「アタシのは護るための剣じゃないもの。騎士の気高さと狼の気高さは、似て非なるものよ」


「そっか……じゃあやって行こうかな」



 その言葉を聞いて立ち上がった騎士団長は、生き生きとした顔で扉に手をかけると、心底嬉しそうに案内を始める気でいる。



「珍しいわね。アンタが騎士と模擬戦なんて」


「いや……ここに来る前に門番が喜んでいたから、他にもこの称号賢者に憧れている人が居ると思ってね」


「変なところはよく見てるのね。ふふっ、他人に優しいアンタも好きよ」


「……エフィの規範にならないと」


「…………ええ、そうね」



 親としてまだまだ知識も経験も浅いエストは、エフィリアの良き父であるために、理想に近付く行動を起こすことにしたのだ。


 第一歩が騎士との模擬戦であり、完全なる善意で人を喜ばせたい思いが、エストの足を動かした。


 それが本当に良き父親に近付く一歩なのかはさておき、システィリアと手を繋いだまま案内を受けたエストは、今も分隊ごとに訓練をしているグラウンドにやって来た。


 騎士団長が来ると訓練を一時止め、胸の鎧にポンメル柄頭を当てて音を鳴らした。



「綺麗な動きだ。音を鳴らすのはどうして?」


「帝国騎士の敬礼よ。見たことないの?」


「無いね。あっても忘れてる」


「もうっ……ちなみに王国も同じよ」


「じゃあ昔から続いているんだ」



 騎士団長に注目が集まるが、その背後に立つ白い髪の青年と空色の髪の狼獣人の女性に視線の先が移ってしまう。


 仕方のないことだった。何せ、3代目賢者と一ツ星冒険者の夫婦が揃って来ているのである。



「皆、困惑しているだろうがまずは聞け。こちらのエスト殿がお前たちと模擬戦をして下さる。ひとりずつ戦ってもらうが……エスト殿、剣は扱えるか?」


「え〜……ちょっとだけなら。あと、システィも模擬戦しようよ。僕に勝った人をボコボコにしてほしい」


「いいわよ? それとファルグさん、彼には攻撃魔術の使用を禁止させた方がいいわ。じゃないと相手にならないもの」



 文字通り、束になっても敵わないために騎士団長に進言するシスティリアだったが、周りの騎士たちは殺気立った雰囲気でエストを見た。



「エスト殿、仮に禁止しなかった場合はどうなる?」


「怪我をさせない前提なら、闇魔術で全員寝かせてあげるよ。こんな感じでね」



 そう言って最前列に居た、最もやる気に満ち溢れていた騎士に完全無詠唱の催眠ダーラを使うと、眠った騎士が風のクッションに倒れ込んだ。



「ルールはこうしよう。僕は像の魔術以外を使わない。木剣ではなく真剣を使って勝負すること。模擬戦終わりには僕が治癒するから、途中で死なないこと。どう?」



 初級でもエストの改変なら充分に殺傷能力があるため、武器を創る魔術を残し、他の魔術を禁止することを提案した。


 賢者としての本質を捨てるような発言に動揺の波が伝うが、彼の実力を信じた騎士団長は頷いて一歩前に出る。



「いいだろう。総員、整列!」



 ビシッと統率のとれた動きで隊列を成す騎士たち。

 正面に立つエストから見て、右端の最前列に居た騎士が前に歩いてくると、深々とエストに頭を下げた。



「剣はオレのを使うか?」


「必要無い。僕は魔術師だよ? 魔術っていうのは、大抵の物は形を真似られるものなんだ」



 杖を持たず、ローブも羽織らず。

 ただ真っ直ぐに伸びた氷の剣を創造したエストは、右手の先から冷気を放ちながら騎士の前に立った。



「やろうか。僕は槍と体術が得意なんだ」


「……っ! 何故それを?」


「“知らなかった”で負けるの、面白くないからね。楽しく、悔しい試合にしよう」



 魔術は知識がものを言う世界だ。そうではないだろう剣術の世界において、魔術師が出来ることは己の手札を見せることだった。


 騎士団長が審判を買って出ては、開始の合図を出すと言う。



「双方、構え……──始め!」



 騎士が剣を構え、エストに突撃した瞬間だった。

 剣と剣が交わる寸前の僅かな時間、力を抜いたエストは瞬時に炎龍の魔力を全身に回すことで、筋肉が驚いたように力を入れた。


 すると、剣にも凄まじい力が加わることで強烈な衝撃を生み出し、騎士の剣を上空へと弾き飛ばしてしまった。


 鞭のように柔らかく、そして瞬間的に生じる強い力に、システィリアも目を丸くする。



「ッ……そんな!」



 数秒後、右手を掲げたシスティリアが音も立てずに掴んだ剣には、金槌で打たれたような跡が残っていた。



「負けを認めるか?」


「……いえ、まだやれます!」



 しかし騎士は諦めず、何百回も訓練してきた格闘術の構えをとると、ふと試合開始前の言葉が蘇る。



「言ったはずだよ。体術は得意だって」



 適切な間合いで詰めようとしていた騎士だったが、意識の隙間を縫うようなステップで踏み込まれると、足払いで落ちる体に強力なリバーブローが炸裂する。


 いつ剣を捨てたのか。

 どうやって距離を詰めたのか。

 その一撃の重さはどこから来ているのか。


 消えかかる意識の中、騎士は何も理解出来ずに数メートルほど吹き飛び、気絶してしまった。



「勝者、エスト。これは想像以上の傑物だな」



 騎士団長が手を挙げると、騎士たちが叫ぶように歓声を上げた。



「まぁね。システィの一撃はもっと重いし、今のだってシスティは余裕で耐えていたからね。あ、妊娠する前の話だよ?」



 軽い口調で飛ばされた言葉に、青ざめた顔から伸びた視線が2人の姿に恐怖を絡める。

 訓練を受けた騎士ですら吹き飛ぶ一撃に耐えるなど、悲鳴を上げそうになっても仕方のないことだった。


 一ツ星の恐ろしさを実感する前に、またもやエストの口が開いてしまう。




「さぁ、どんどん戦おう。大振りな剣は弾き飛ばすから、当たらないように気をつけてね」




 この日、騎士団にとって最も嬉しい出来事と、最もつらい出来事、そして最も痛い出来事の3つが更新されることになる。

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