第380話 旧友店主
「僕が負けたのが15人と考えるか、僕に勝ったのが15人と捉えるか。騎士団長はどう思う?」
「……エスト殿は魔術師を名乗るな。獅子奮迅を体現するような戦いぶりだったぞ」
座り込んだ騎士たちを光魔術で癒したエストは、システィリアの前に集められた勝者を見た。
剣でエストに一撃浴びせた者も居れば、優れた体術で圧倒した者も居る。
真剣を使う模擬戦は、騎士も本気で戦うことで己の才能を理解し、勝利した瞬間は嬉しそうな顔をしていた。
だが、今はどうだろうか。
魔術以外では基本的にエストの上位互換のシスティリアを前に、誰も勝ちを狙う顔をしていない。
「君たち、システィが女の子だからって舐めてかかると骨が砕けるよ。僕の時よりも真面目に戦わないと、気絶したまま目が覚めないかもね」
エストが忠告するも、誰も本気にしないまま模擬戦が始まった。騎士団長は指導内容を増やすことを決意し、剣を構える2人の間に立つ。
団長は隣に来たエストに小声で問う。
「彼女も氷の剣を使うのか?」
「僕が剣を持ってるけど、そっちを使うと命の保証ができないからね。システィの氷なら砕けるし、比較的安全なんだよ」
「……感謝する。双方、構え! ──始め!」
騎士の中にも、少ないながら魔術を使える者は居る。適性属性にもよるが、緊急時に装備の補給が出来るなら役立つかもしれない。
そう考えながら手を振り下ろした騎士団長に、エストは小さく──
「まぁ、あの氷の剣は僕が作ったけど」
システィリアが踏み込み、足裏を滑らせるように間合いに入った瞬間、本来なら不利であろう下からの斬り上げを騎士の剣に叩き込む。
ガンッ! と、氷と金属がぶつかって鳴る音とは思えない、鈍く重たい音が辺りに響く。
「お、重いッ!」
エストの剣とは全く違う、全身から剣先まで芯の通った力は凄まじく、衝撃で両手が痺れてしまう。
初めて彼女の剣技を見た者は、速度重視の剣だと勘違いするだろう。しかし、その実システィリアは超が付くパワータイプであり、力が強いからこそ速くなったという、驚異的な
理解した時にはもう遅い。背後に回り込んだ彼女に、鎧の背面を剣の腹で叩かれると試合終了の合図が出たのだから。
「ん〜、型の意識が強すぎるわね。あの一撃で剣を落とさない力はあるんだから、もっと柔軟に立ち回りなさい」
「……はいっ!」
長所と短所を瞬時に見抜かれ、その上でアドバイスを貰った騎士は返事と共に敬礼をした。
「次ね。エスト、剣を重くしてちょうだい」
「ダメ。重くすると強度が減る」
「……普通逆じゃないの?」
「その剣は空洞な上に、
「ぶぅ。……ま、そういう理由なら呑むわよ」
両手が痺れる力で打ち合ってなお、力を出し切れていないシスティリアに、敗北組に混ざっていった騎士は背中に汗をかく。
もし、エストの配慮が無く重たい氷で造られていた剣ならば、一撃で剣を弾き飛ばされ、最悪の場合顔面に刃が当たっていたかもしれないのだ。
(……ありがとう、賢者様)
グラウンドに座り込んでエストの方を見れば、彼はちらりと騎士の方を見て微笑んでいた。
勝者組の模擬戦開始から1時間ほどが経ち、残りの騎士も全員が地面に寝転がった。
戦った騎士に合ったアドバイスを送ったシスティリアは、名残惜しそうに剣を手放すとエストの手を握る。
「労いのチューを所望するわ」
「お疲れさま。騎士団長は戦わないの?」
「……ケチ」
恐らく最も強いであろう騎士団長に訊いたエストだったが、本人には苦笑いで返され、システィリアにも手を強く握られた。
「エスト殿。オレはここに居る騎士より遥かに強いが、それでも一ツ星には敵わない。団長としての顔もあるからな。またの機会に挑ませてもらう」
「そっか。2人は満足した?」
「ああ。あの方に聞いていた以上の傑物だと知れた」
「この後のデートで満足する予定よ」
手を繋いだまま、エストの腕を胸で挟み込むようにしなだれかかるシスティリアは、尻尾を振りながら誘惑した。
ひとつ頷いたエストは、騎士たちの方へ向き直る。
「わかった。じゃあ解散しよっか。みんな、これからも頑張ってね」
「エストに負けた騎士は基礎から鍛錬しなさい。現状に満足しないことが強くなる秘訣よ」
「皆、聞いたな。各々小さな目標を立てて鍛錬を積むぞ。魔族の脅威が去った今、次に国を脅かすのは人か魔物か、それ以外の可能性もある。帝国騎士団員、
最後に騎士団長を含め、全員が2人に向いて剣を抜くと、騎士の敬礼を同時に行った。
「最上位の敬礼だ。解散ッ!」
そして同時に鞘へ納め、エストたちが来る前と同様、分隊ごとに分かれて鍛錬を始めた。
しかし、数時間前と全く同じ動きではない。
アドバイスを受け、やるべき事を見据えた鍛錬方針を持つことで、鍛錬のキレが増しているのだ。
騎士団長と共に門の前まで来た2人は、最後に握手を交わす。
「また会う日を楽しみにしている」
「日程が決まったら事前に伝えるよ」
「当日で構わない。帝国騎士はいついかなる時も護国の為に剣を抜く。魔女エルミリアの到着をもって、作戦開始だ」
「……ありがとう」
まだ日の高いうちに門をくぐったエストは、システィリアに抱きつかれながらもしっかりとした足取りで歩いていく。
「……あれが賢者エスト、か。見た目からは想像もつかない筋力だった。剣術の才こそ感じられないものの、魔術師として常識から外れた肉体を持っていたな」
エストを知らぬ者は、賢者と聞いてひょろい魔術師か、噴水にある銅像を想像する。
だが実際に出会い、戦いぶりを見れば、今の魔術師に足りない全てを持っているように見えた。
圧倒的な体力と筋力。そして集中力。
騎士団長が見た中で、最も戦闘中に思考している人物だと感じるほどに、エストの戦いは考えられていた。
……それこそ、わざと負けたかのように。
そう思えるほどの集中力の出処が、毎朝欠かさないシスティリアとの打ち合いであることを、騎士団長ファルグはまだ知らない。
また、息をするのも忘れるほど集中せねば、本気のシスティリアの剣でいとも容易く首が落ちることを。
「ん〜、美味しいわね! このぷにぷにした塊は何?」
「そいつぁ芋のデンプンから作った餅だ。料理に足しても美味いが、飲み物に入れても楽しめるだろ?」
「……ストローが……悲鳴を……ぅごフッ!」
騎士団への訪問を終え、帝都の屋台巡りをしていた2人。今日は最近人気だという、モチモチとした食感を楽しめるジュースを飲んでいた。
エストに渡された葦のストローが少し細かったのか、詰まった餅を吸い出した勢いでむせてしまった。
「はっはっは! こっちのストローを使いな」
「……なんて危険な飲み物なんだ」
「ん、えふほ、ふぎはあっひほやはい!」
「はいはい、次はあっちの屋台、ね」
代わりの太いストローを受け取り、システィリアに引っ張られるエストは、レガンディでも人気を高めつつある野菜を巻いた肉の串焼きを買った。
周囲に2人の正体がバレながらも帝都のデートを楽しんでいると、見知った顔の男が店主をしている屋台があった。
「え……エスト君? システィリアさんも!」
「あ、ユーリだ。革エプロン似合ってるね」
「あぁ、遠征に居た風の子ね。魔術学園を卒業したのに、どうして屋台をやってるのよ?」
エストの数少ない男友達にして、風魔術の使い手であるユーリがオークの串焼きを販売していた。
「自分で倒したオークの肉を売ってるんです。ほら、風魔術って他の属性に比べで傷跡が残りにくいので、肉を高く買い取ってもらえるんですよ」
「へ〜、じゃあ冒険者?」
「あはは……Cランクだけどね。オーク討伐しか受けないから、変なあだ名も付けられたりしたよ」
「立派になったのね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。お2人はどうしているんですか? ……って、格上の冒険者ですけど」
その質問に、エストが4本の串を購入して答えた。
「デートだよ。子どもが産まれて2人の時間が少なくなっちゃったし、月に一度はこうしてね」
「お、おめでとうございます! 凄いねエスト君! 結婚したのは知ってたけど、もうお子さんまで……」
「娘の世話もアタシの世話もして、彼ってば大忙しなのよ。その上で研究もしているから、疲れた時は話を聞いてあげてちょうだい」
「もちろんです! また皆で集まって、お酒でも飲もうよ!」
「そう……だね。うん、また近いうちに声をかけるよ」
「屋台の場所を変えるつもりはないから、いつでも来てね」
学園を卒業し、家からも出たユーリは、冒険者の傍ら串焼きを売り始め、街の人との交流を楽しみながら生活している。
帝都の冒険者の間では『豚狩り』のあだ名で知られ、初めてオーク討伐に挑む冒険者は、まずユーリに戦い方を教わるのだそう。
エストの指導もあって磨かれた風魔術はAランク魔術師に並ぶと言われるが、ユーリは確実に勝ち、そして美味しいオークだけを狙うだけあって、実力とランクは見合っていない。
「君となら……もっと色んな魔物と戦いたい」
「そんな気軽に言ったら、Aランクの魔物と戦わせられるわよ?」
「いいんです。エスト君のおかげで、ボクも強くなりましたから」
真面目な顔で言うユーリをみて、エストは小さく笑った。
「じゃあ今度、ドラゴンと戦わせてあげるよ」
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