第381話 王国騎士は戦わない


 帝都から帰ってきた2人は、翌日はまったりとした時間を家族と過ごし、その翌日には王国の騎士団へ向かおうと準備をしていた。


 しかし、エフィリアを置いて行くのは良くないと思ったエストは、話し合いの末にウルティスと共に王都へやって来た。


 頑なに単独行動をさせたがらないシスティリアは、何度もウルティスに手を離さないよう言いつけていた。



「おうとはね、きたことあるよ?」


「そうだね。今日は大事な話し合いをするから、ウルティスは隣で聞いていようか」


「は〜い! クッキーやさん、いくの?」


「……終わったら買って帰ろうか」


「やった〜!」



 しっかりと手を繋いだウルティスは、目を輝かせ、耳を跳ねさせ、尻尾を振りながら王都を散策する。


 一日では到底回りきれない広さの街を、エストの案内で歩いていく。



「う〜ん……目立ってる。ウルティスを可愛くしすぎたかな」



 今日のウルティスは小さなフリルの赤いワンピースを着ており、丁寧に梳かされた髪をツインテールにしているため、純真無垢な少女らしさが全開である。


 わんぱくな妹と面倒見の良い兄のように見える2人に、王都の住民は微笑ましく見守っていた。


 すると、石畳に躓いたウルティスが転ぶ前にエストが支え、ホッと息を吐いたエストが頭を撫でた。



「つい助けちゃった」


「え〜!? いつもたすけてくれないの?」


「ウルティスは怪我をした方が学びそうだからね。血を流す痛み、知ってる?」


「うぅ……それ、おねえさまにもいわれた」



 走っていないと気が済まないのかと思うほどに運動が大好きなウルティスは、打ち合いでも何かと怪我を回避することが多く、エストたちは冒険者になった後のことを危惧していた。


 このままでは、勢い余って怪我では済まない可能性があるのだ。死への一歩とも呼べる、小さな怪我。痛みへの経験不足が死を招くことは、冒険者では常識である。


 エストも日頃から助けないようにと思ってはいるのだが……つい手を差し伸べてしまう。



「僕も子どもに甘くなったものだ」


「あたしこどもじゃないもん!」


「10歳になるまでは子どもですぅ。あ……ウルティスの杖も作らないとな。大人になるために、色々と準備をしよう」


「つえ? あたしもおにいちゃんみたいな、おっきなつえがもらえるの!?」


「……いや、槍剣杖は特殊すぎるね。ウルティスなら、持ち替えやすいワンドか、僕と同じく剣そのものを魔術の発動媒体にすると良いかも。ただその場合魔水晶をどうするか考えなきゃだね。アルマから採れる魔水晶か龍玉に近い高品質な物を選ぶとして、魔力に耐えられる鉱石で剣自体を造るから、アダマンタイトは重いし高いし、戦い方からして速度を生かすから、いっそのこと金属から外れても…………──ウルティス?」


「ぇあい?」


「杖はまた今度だ。知識をつけてからね」


「はぁい」



 システィリアに似て魔剣士のような戦い方をするであろうウルティスだが、今のところは龍人の剣を倣う剣技特化のスタイルだ。


 まだ完璧に剣と同時に魔術を放てないため、方向性が定まってから杖は用意した方が良いとエストは判断した。




 そんな話をしながら緊張感漂う門の前に来ると、ここでは冒険者カードを見せることなく衛兵が門を通した。



 やって来たのは勿論、王国騎士団の本部である。



「おぉ! エスト様、お待ちしておりました」


「……君が王国騎士の団長か」


「はい。お話はジオ様から聞いております」



 帝国の時と同様、建物の入口で騎士団長と出会ったエストは、頬をピクピクさせながら何を聞いたか問うてみれば、やはりジオが知る全てが教えられていた。


 これにはまた騎士と戦う羽目になると思い、エストは玄関から一歩も動かずに話を続け、遂には背中を向けた。



「じゃあ話は早いね。次にジオが来た時が作戦開始だ。さ、帰るよウルティス」


「も、もう行かれるのですか!?」


「話すことがない。だって、君たちを信じているから。僕の好きな国を守る、騎士として」


「……っ! 必ずや、完遂してみせます」


「頼んだよ……ふっ」



 あまりにもチョロい騎士団長に思わず笑いがこぼれたエスト。

 滞在時間わずか5分で本部を出たエストに、ギュッと手を握るウルティスが顔を見上げた。



「おはなし、もうおわり?」


「そうだよ。でも時間はまだあるし、色々見てからクッキーを買って帰ろうか」


「うんっ!」




 ……と、言ってから3時間後。

  屋台で買い食いを重ね、客の少ない時間帯にクッキーをたくさん買い込んだエストは、公園のベンチで一休みしていた。


 はしゃぎ、食べ疲れたウルティスはエストの膝の上で寝息を立て、そんなウルティスを抱きしめるように腕を回して魔道書を読むエスト。



 夏も足跡を残し、涼しい風が肌を撫でる心地良さにエストもまた寝そうになると、ウルティスの頭頂部に顔を突っ込んだ。



「……温かい」



 火の適性者だけあってか髪も微かに熱を帯びており、エストの眠気を促進させてしまう。ピクピクと動く耳が両頬に当たることで意識を保っているが、もう間もなく落ちる……という時。


 公園の前を歩く足音が止まり、ハッと息を飲む音が聞こえた。



「エスト様、ウルティスお嬢様。このような場所で眠られると風邪を引いてしまいます。屋敷へ参りましょう」


「…………フェイド?」



 聞き馴染みある声に顔を上げると、腕いっぱいに食料を抱えた執事のフェイドが膝をついていた。


 魔道書を仕舞って伸びをしたエストは、まだ眠っているウルティスを抱きかかえて立ち上がり、首を横に振る。



「ううん、レガンディに帰るよ。買い物は済ませたし」


「本日はお買い物だったのですね」


「いや、騎士団に特殊な護衛をお願いしようと思ってたんだけど、先生が先回りしててさ。ちょっと話したらウルティスと遊んでた」


「……そうでしたか。ところでエスト様、きちんと休まれていますか?」



 まだ残っている疲れの色を敏感に感じ取ったフェイドは、使用人を使うチャンスだと思わせるように胸を張った。



「休んでるよ。……毎日死にかけてるけど」


「休まれていないではないですか」


「今やってる鍛錬が肉体を破壊するだけ。仕事の疲れ? みたいなのは癒してるよ。精神面も大丈夫。毎日3回はシスティとハグしてるから」


「……お身体を大事にしてください」


「ありがとう。じゃ、みんなによろしくね」



 フェイドの心配を拭い切ることは出来ていないが、可能な限り安心させるように表情を柔らかくしたエストは、そのまま半透明の魔法陣を踏んで消えてしまった。


 吹けば飛ぶ綿毛のような移動の軽やかさに、フェイドは小さく溜め息を吐いた。


 転移する寸前のエストの目には、尋常ならざる覚悟を決めた意思が宿っていたのだ。



「……あの方はまだ、血を流す痛みに慣れたままだ」



 魔族に並ぶ、あるいはそれ以上の何かと戦う目をしていたエストを思い出し、フェイドの体が冷たく震える。


 それは、世間が“何か”を知らないからか。

 エストの“目”が、死を覚悟していたからか。

 子のために命を張る“親”の生き様を見たからか。


 小さく変わり続けるエストという存在が、まるで人を辞めるかの如くていく気がして。

 肉が裂け、骨が砕け、眼前で喰われても何も思わない青い青い瞳がただ恐ろしく、溶けることを知らない氷のようだった。



「何故……心が揺らがないのでしょう」



 騎士も、魔術師も、平民も、貴族も、王族すらも見てきたフェイドは、人が安寧の地に足を付けた時、自由の沼に心が揺らぐ姿を何度も目にしてきた。


 しかしエストだけは、出会った頃から変わらない。


 人類の脅威とされ、それすらも忘れ去られた魔族を討ったことは歴史を変えたと言っても過言ではない。


 それでも彼の心は、自由の泥を弾き、凍ったままでいる。


 ただ、そう在ることを望むように。



「システィリア様……貴女しかエスト様を助けられません。必ずや、お手を離さぬよう……」

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