第378話 騎士と一家
「エフィ、見て。果物さんだよ。あっちはお肉さん。あれはお野菜さん。そしてこっちは……お母さん」
「何言ってんのよアンタ」
エフィリアを抱き、システィリアと共に街まで買い物に来たエストは、街で見える色とりどりな景色を愛娘に見せていた。
「にしても可愛いお母さんだ。エフィもシスティみたいに、美貌の持ち主になるかもね」
「なっ! ふ、ふん! 可愛くて当然じゃない。あんなに毎晩手入れしてくれてるんだもの……うふふ!」
「つい触っちゃうんだよね。っと、他に買う物ある?」
尻尾をブンブンと振りながらエストのそばにピタリとくっつくシスティリアは、布屋の方へと指をさす。
何かと消耗する布の補充をしようと店の前に立つと、内側から扉が開けられた。
そこから出て来た男女の騎士が、エストたちと見つめ合う。
帝国の刻印が施された軽鎧と、左腰に差さった赤の鞘。赤い長髪の女と緑色の短髪の男は、ハッとした様子で道を開けた。
「どんな布がほしいの?」
「肌触りが良いヤツが欲しいわ」
「じゃあ絹だね。白雪蚕の絹はあるかな?」
「あるワケないでしょ。貴族でも買えない代物なのよ?」
「フリッカも買うのは躊躇うって言ってた。献上品では一番喜ぶんだってさ」
「ちょっと、国王のことを呼び捨てするのは外聞が悪いわ」
「フリッカ君」
「……呼び捨ての方がマシね」
騎士には目もくれずに店内に入ったエストたちは、およそ一般人では起こりえない会話を繰り広げながら絹糸で織られた布を探す。
思わず振り返った2人の騎士は、互いに目を合わせては小声で交わした。
「あの髪色に狼獣人の配偶者……」
「賢者エストと一ツ星のシスティリアっスね。レガンディに居るとは聞いてたっスけど……噂程度かと」
「例の件、彼らに尋ねてみるか?」
「いやいや、確実に噛んでますって。それに……賢者さんの方はウチらと合いません。喧嘩なんてしたくないっス」
「キミなら勝てるか?」
「無理っス。見て分かるでしょ? あの人、魔術師っぽいけどオーク程度なら殴り殺せるっスよ」
扉を閉め、店の窓から顔を覗かせた騎士は、国から『最も敵対してはいけない人物』と言われるエストたちを観察していた。
騎士団に所属する彼女らは、話しかけるタイミングを窺うも緊張で足が震え、次の瞬間にはガチャりと扉が開く。
咄嗟に騎士らが揃って歩き始めると、システィリアの声が真っ先に飛び出る。
「綺麗な布が買えて良かったわ」
「エフィのためならこれぐらい……安いっ!」
「高いわよ」
「じゃあ高いね。はぁ、もっと稼がないと」
買った布を手に持つことなく店を出て来た2人は、騎士たちの反対方向……には行かず、システィリアが2人の肩を掴んだ。
「喧嘩がなんですって? アタシたちに手を出すなら、喧嘩なんて対等なことはしないわよ」
振り返らされた騎士たちは、まるで狼に睨まれたように足が竦んでしまう。同じくらいの背丈なのに、見上げているように感じる格の違いに圧倒された。
システィリアは剣を持っていないというのに、まるで抜き身の刃を突きつけられたような緊張が走る。
緑髪の男は視界端のエストを見るが──次の瞬間には消えていた。
「システィ、ダメだよ。騎士団はこれからお世話するんだから」
「それもそうね。今回は見逃してあげる」
「……いつの間に」
背後から聞こえるエストの声。間違いなく視界に入っていたはずなのに、一体どうやって移動したというのか。
何も分からない騎士たちの間を抜け、エストはシスティリアと共に行く。
「次はなに買う? システィの服?」
「ん〜、特に無いわね。お昼ご飯でも食べてから帰りましょ」
「それなら広場前の屋台に行こう。野菜で包んだ串焼きを売ってるんだ」
広場の方へと体を向けたエストは、ちらりと騎士らを見た。
「ふふっ、久しぶりのデートね!」
「今日はシスティを独り占めできる……!」
「今日“も”、でしょ?」
エストにくっついて歩き出すシスティリアは、一瞥もくれずに行ってしまう。
「……団長が言ってたっス。星付きは騎士100人が束になっても敵わないって……でも、アレは違うっスよ」
「ああ……特に賢者は別格だな。キミ、見ていただろ?」
「見えなかったっス。前に対処した暗殺者でも、空気の流れは見えたっス。ですが、賢者は違った。気付いたら真後ろに居たっス」
「……そうか。何にせよ、これで理解出来た。賢者夫婦は規格外だ。騎士団は極力関わらぬようにしよう」
「っスね。出来れば二度と、目を合わせたくないっス」
女騎士に手を引かれて立ち上がると、仲睦まじい2人の背中を見送った。
傍から見れば仲の良い夫婦だが、秘める恐ろしさは魔物と比べ物にならない。
まるで背中合わせで戦う戦士のように、互いの領域を把握しながら立ち回っているようだった。
それから3日後、エストとシスティリアは帝都にやって来ていた。今日はエフィリアを家族に預け、2人だけの訪問である。
目指す先は、剣で護国を担う騎士団の本部。
敷地の外に立ち、硬い空気を纏う衛兵にエストが冒険者カードを出すと、無言で門を開けられた。
「な〜んか感じ悪いわね。挨拶のひとつも出来ないのかしら」
「規律がありそうだ。術式によるけど、会話することで発動する闇魔術もあるし」
「ふ〜ん、それならいいのよ。大変そうね」
「でも目が輝いてた。手も震えてたし」
実のところ、衛兵の2人は大の賢者ファンである。幼少期から初代賢者に憧れ、魔術の才が無いと知るや騎士の道を目指し、3代目の登場には声を上げたものだ。
いつかこの目で見たいと思っていた衛兵は、カードに記された名前と容姿を見て、カチャカチャと鎧を鳴らしてしまった。
振り返れば、もうひとりの兵士に肩を組まれ、2人で喜ぶ姿が見えた。
「むぅ。アタシの方が強いわよ!」
システィリアはエストの頬を挟んで顔を向けさせ、両手でムニムニと引っ張ると、エストの左手と指を絡めて繋ぐ。
前を歩く彼女が立派な建物の扉をノックすれば、中から足音が聞こえてきた。
キィ、と音を立てて開かれた扉から、銀色に磨かれた鎧を身に纏う、茶髪の大男が出て来た。
そして2人の前に立つと、威圧するように見下ろす。
エストの澄んだ青い瞳と、男の岩の如き茶色の瞳が交わる横で、尻尾を揺らしたシスティリアが
「騎士団長を呼んでくれる? 話があるんだ」
「騎士団長はオレだ」
「そっか。シュバイドでドラゴンより強い魔物と戦うんだけど、僕らが戦っている間、近くの村を守ってくれない?」
「ああ。迎えに来たんだろう?」
「え?」
僅かに目を丸くするエスト。同時にシスティリアも耳をピンと立て、騎士団長を名乗る男に視線を向けた。
「ふっ……その様子だと何も聞いていないようだな。8日ほど前に、賢者リューゼニスがこちらに来たことを」
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