第215話 ヌルヌルのベタベタ


「ほ〜、意外と簡単に支配できちゃった。動物系と違って狩猟本能が薄いから、抵抗も薄かったのかな?」



 ボロボロのジュエルゴーレムをその場に立たせたエストは、光球ラアで照らしながら従順なゴーレムの観察を始めた。


 ジュエルゴーレムが見せた本能は、防衛本能と生存本能である。

 他の魔物と比べ、理性的というよりも、生物的ではないと言った方がしっくりくるとエストは感じている。



 色々と知りたいことが増えたが、今はこの地下の巨大空間からの脱出を最優先とし、まずは青く光る泉から調べることにした。


 万が一毒が含まれていることを考慮し、氷の柄杓で水を掬うと、片手にかけるエスト。

 特に問題無しと判断すれば、次は口を付けてみる。


 光る水など決して口に入れてはいけない雰囲気が漂うものだが、その程度でエストの好奇心は抑えられなかった。



「……美味しい。でもこれ、魔力が含まれ過ぎてるな。魔術師以外が飲んだら、過剰な魔力摂取で死んじゃうかも?」



 地血晶が生える程度には潤沢な魔力を持つこの空間では、泉に含まれる魔力量が地上を流れる川の200倍はあり、常人ではコップ1杯で生死の境を彷徨うだろう。


 だが、ここに来るまで大量の魔力を消費したエストにとって、豊潤な魔力を含んだ水は癒しであった。


 満足に食料も持ってきていないので、魔力回復のために食事量を増やすよりも、泉の水を飲んだ方が効率的である。



 氷の水瓶を用意したエストは、ジュエルゴーレムに泉の水を汲むように指示を出すと、人間なら重くて持てないであろう水瓶をひょいと持ち上げ、ひと掬いで満杯にしてみせた。


 通常の魔物とは違う圧倒的な膂力に驚きながら、余裕を持って5杯ほど水瓶を満杯にさせる。



「あ、水が触れた脚の傷が治ってる。そのまま浸かってヒビを直すんだ」



 泉に浸かったジュエルゴーレムの全身が輝くと、泉の水位をみるみる減らしながら破損箇所の修復に魔力を充て、やがて半分ほどの水を使って元通りになった。


 なんとも便利な体だと思う反面、魔力を吸い続ける限り死なない肉体は、吸血鬼とハイエルフの話を思い出す。



 2人とも泉で快復すると、エストはジュエルゴーレムの肩に座り、険しい道を歩いてもらうことにした。


 高低差や尖った岩も多いこの空間では、ただ慎重に進むより、ゴーレムの強度を信頼した方が圧倒的に楽に探索出来るのだ。



「無尽蔵に魔力を吸うのは……ゴーレムの特性か? 面白いな。ほら、あっちに進むんだ。幾つか横穴が空いている」



 次の研究テーマをゴーレムに定めると、疑問点を紙に留めて指をさす。

 前方には壁に空いた十数個の穴があり、そのうちの半数は上でも見た、真ん中に窪みのある洞窟だった。



 近場の穴を進もうと考えるエストだったが、前方から大きな魔力反応が2つ、凄まじい速度で迫っていることに気がついた。



 ゴーレムを盾にすべく背中側にひょいっと降りると、腋の下から覗き込む。



「──来る」



 次の瞬間、穴と同じ大きさの魔物が飛び出した。

 ゴーレムに向かって真っ直ぐに突き進んできたそれは、螺旋状の鋭い角のような鼻を持ち、ツルハシの如く尖った爪は硬い岩盤をも砕く強度を持っている。


 モグラと似たような印象を与えるが、体表は滑らかで艶があり、真っ直ぐに生え揃った剛毛で身を守っている。



「オルナメート……しかも大きな個体だ」



 突進をゴーレムの巨腕に受け止められたオルナメートの背後に、つがいであろう2体目のオルナメートが穴から出てきた。


 こちらは手前の個体より一回りほど体が小さく、目の前の穴が他の穴よりも大きいことから、大きな個体と結ばれた優秀なパートナーだと推測できる。


 エストは数秒悩むと、ジュエルゴーレムとオルナメートを戦わせることにした。



「腹は殴っちゃダメだ。体内に上質な宝石を溜め込んでいる。頭だけで仕留めて」



 数歩離れ、様子見に徹するエスト。

 ゴーレムが先に動いて殴り掛かるが、俊敏なオルナメートは大振りな拳を回避し、鋭い爪を硬い腕に突き刺した。


 普通の魔物ならば痛みで怯むところだが、ジュエルゴーレムは爪が突き刺さったのをいいことに、もう片方の拳をぶつけにいく。


 回避しようともがくオルナメート。しかし、予想以上に爪が深く刺さっていたのか、回避することは叶わなかった。



「へぇ……痛みを感じないのに防衛本能があるのか。もしかして、アダマンタイトが硬いことは知ってるのかもね」



 上での戦いで槍剣杖に対して防御姿勢をとっていたのだ。この鉱山で無数の穴を作るオルナメートの体でさえ、受け止めたというのに。


 興味深そうに頷きながら、頭をぶん殴られて気絶したオルナメートに近づくエスト。


 そんな彼に、番であろうもう1体のオルナメートが襲いかかる。



「逃げずに戦うなら、一緒にゴーレムに立ち向かったらよかったのに。あまり外敵が多くないのかな?」



 この鉱山に入ってから、ジュエルゴーレムとオルナメート以外の魔物と出会っていないのだ。

 頻度からしても、それぞれの天敵となる他の魔物が居なく、戦うことに関して不慣れな個体が多いのではと、エストは予想した。


 そしてオルナメートに対して杖先を向けると、足元をガチガチに凍らせたのだ。



氷爆針ヒュブニス



 動けなくなったオルナメートの頭に氷の針が深く刺さった瞬間、頭骨の中で爆発する。

 最低限の傷で最大限のダメージを与えれば、同様の魔術を大きな個体にも使い、命を頂いた。



「慎重と言えば慎重に倒したけど、どうしてそこまで危険視されるのか……とりあえず解体するか」



 ローブを脱ぎ、まずは練習にと小さい個体を仰向けにしてもらうと、肛門から首元まで刃を入れるエスト。

 そこで、体毛と皮膚の間にヌルヌルとした液体の層があることに気づくが、そのまま作業を再開させた。


 ゴーレムにオルナメートを抑えてもらいながら、皮の傷を増やさないように少しずつ剥いでいくと、ものの3時間で皮を剥ぎ終えた。



 全身が謎のヌルヌルとベタつく血にまみれ、解体用の業物のナイフの斬れ味が落ちるほどに苦戦はしたが、綺麗に剥げた皮を見て、満足そうに頷くエスト。


 残った肉と骨の方を見れば、大きな氷刃ヒュギルで首を落とし、その巨体を部位ごとに切り分けていく。



「樹液ぐらいベタつくな……疲れる」



 やはりベタつく血が作業効率を大幅に落としてくるのだが、魔術を駆使して肉と骨を分けていけば、遂に内臓へと辿り着いた。


 心臓や肺などの器官は柔らかいのだが、ひとつだけ異常に硬い、岩の塊のような真ん丸の臓器があった。


 胃だ。


 宝石や鉱石を食べ、その魔力で生きているオルナメートは、胃の中で食べた鉱物などが定着し、成長することもある。



「胃だけで直径1メートルを超えてる……」



 戦闘とはまた違った疲れを感じながら、球体の胃に対して氷の釘を打ち込んでいくエスト。

 中の魔力が複雑に混ざりあっているせいで探知も出来ないが、本命の大きい個体のための練習だと思えば、釘の列を作っていく。


 そうして球体をぐるりと1列の釘が並び終えると、1箇所を強く打つ。



 すると、打ち込んだ釘を境に、パカりと開いた。



「なっ…………凄い」



 大きな胃の中が顕になると、不純物の無い鉱物と宝石が小さな光の反射を繰り返し、幻想的な空間を作り上げていた。


 踊るような光を放つ宝石の姿。そして、高純度な金属が混ざり合わずに単体で居座っていることに、エストは言葉を失った。



「これは……慎重に倒さないとね。もし倒す時に割っちゃったら、ショックで寝込んじゃう」



 綺麗に割った胃を亜空間に入れたエストは、肉の方も解体を終えると、食事にしようと思って懐中時計を光球ラアで照らした。


 すると、針は3時40分を指していた。


 午後ではない。午前である。



「や、ヤバい……システィに怒られる。でも帰ろうにもかなり深い所まで来ちゃったし……上下の転移は一歩間違えたら死んじゃう。ど、どうしようゴーレム」


『……』


「そうだよね、転移で事故を起こす可能性より、地道に帰った方が安全だよね。よし、とりあえずご飯にしよう」



 何も言えないゴーレムに己の考えに同意したと思い込むと、エストは簡易拠点を作り、オルナメートの肉を焼こうとした。


 まずは弱火でじっくり。

 なんて思っていると、火をつけた瞬間、エストの全身が燃え上がった。



「熱っ……水球アクア──おぁっ!?」



 鎮火しようと水をかけた瞬間、バチバチッ! と火が暴れてしまい、上手く火を消すことが出来なかった。

 無意識の聖域胎動ラシャールローテで傷だけを治しながら、エストは数秒考え……全身の周囲の空気を奪うことで、なんとか火を消すことに成功した。


 大きく深呼吸すると、燃え上がった原因がオルナメートの血……及びヌルヌルとした体液が、非常に引火性の高い油だと推測したエスト。



 調理の前に剥いだ皮からヌルヌルを回収すると、火を近づけた瞬間に一気に燃え広がるが、すぐに火は消えた。


 そして、オルナメートの血の方に火を付けると、こちらは長く燃え続ける炎となった。



「……解体で混ざったことで、素早く燃え広がり、長く燃える油になったのか。もしかして慎重に倒せって…………こういうこと?」



 通常は松明で照らしながら洞窟を探索する以上、オルナメートの体液は非常に危険であり、討伐、そして解体の際にも細心の注意が払われる。


 解体で全身に体液を浴びようものなら、念入りに落とさない限り、火に近づいただけで死に至る。


 オルナメートの油の体液。

 それこそが真に注意すべき点だと身をもって理解したエストは、そっと亜空間から堅パンを取り出し、齧りつく。




「あっちのも解体したら、早く帰ろう」




 今日は肉を我慢する。

 そう胸に、誓ったのだった。

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