第216話 青く、蒼く、碧く
「あとちょっとだ……頑張れアルマ」
時刻は午前9時を過ぎた頃。
一睡もせずに地上を目指して横穴を歩いていたエストは、運良く人が掘り進んだ坑道に入ると、ジュエルゴーレムの『アルマ』に外の光が反射した。
体力的には余裕があるが、精神的には窮地に立たされているエスト。
やっとの思いで坑道を出た瞬間、目を焼く太陽を手で隠す。
煌めきを増すアルマが両手で掬うようにしてしゃがむと、手の上に寝転がったエストを乗せて王都へ歩く。
「少し寝る。そのまま進んでね」
フードを深く被って陽の光を遮ると、数秒と経たずに寝息を立てるエスト。そんな主人の姿を5つの目で観察しながら、アルマは指示通りに進み始めた。
坑道と同じく、過去の人間が作った道を歩く。
足跡を付けぬよう、優しく踏み出された足はエストを起こさない配慮もされており、その在り方は主人たるエストの魔力から読み取ったものだ。
人の魔力は千差万別。
エストがどれだけ愛されて育ってきたかを感じ取ったアルマは、魔物の身でありながら彼が受けた愛情を理解した。
そして、本能が怯えさせたのだ。
絶対強者の血が2つも混ざり、その上で調和をとる魔力に。
◇ ◆ ◇
「ねぇ、エストは見てないかしら? 昨日出て行ったきり、まだ帰ってないのよ」
「見てねぇぞ。依頼で遠くに行ったか?」
ブロフの工房に訪れたシスティリアは、いつでも戦えるように白雪蚕のローブを身に纏い、警戒の手を緩めなかった。
そんな彼女に対し、ブロフは『そんな日もあるだろ』と白湯を啜る。
「だとしたら事前に言うはずよ。どうしましょう……もしロックリアに捕まってたりしたら、アタシ、貴族殺しで処刑されるかもしれないわ」
「“かも”……ねぇ。ギルドと学園には聞いたのか?」
「これから聞くわ。もしアタシより早く見つけたら、屋敷まで来なさい」
「ああ。旅の再開も近いしな」
深く頷いたシスティリア。実力的にエストが負けるとは思っていないが、面倒な政治周りの人間に絡まれたとなれば、未来にまで影響を及ぼしかねない。
まだ安心出来る状態ではないと分かっているからこそ、過保護なまでにエストを心配していた。
「……早く帰ってこい、バカ賢者。リングだけ出来ても、宝石が無いとオレの仕事は無ぇからな」
焦る彼女見送り、唯一エストの行く先に心当たりがあるブロフは、手元にある2つの銀の指輪を見つめるのだった。
◇ ◆ ◇
「──ぞ! ゴーレムが居たぞ!!」
そんな叫びで目が覚めたエストは、ポケットから懐中時計を取り出すと、14時30分になったことを知り、うーんと伸びをした。
のっしのっしと心地よく揺れるアルマの手の上には、数本の折れた矢が乗っており、襲撃に遭っていたことを知る。
「ん、魔術師が10人来るね。見てみるか」
胡座をかいたエストはコップ1杯の水を飲み干すと、王都に侵入させまいと立ちはだかる魔術師たちを見た。
すると、その中の2人には酷く見覚えがあった。
「アウストとクオード。冒険者になったんだ」
夏休みに入った彼らは冒険者としての活動を始め、エストに教わったことや遠征での経験を活かしながら小遣いを稼いでいる。
何も伝えずにジュエルゴーレムが歩いてきたとなれば、当然ギルドでも大きな騒ぎになったことだろう。
ランクの低いはずの彼らが出ていることから、それぐらいは予想が出来た。
後で謝らないと。
なんて思っていると、エストたちに向かって無数の魔術が飛んできた。
ゴーレムにダメージを与えた。
そう誰もが確信するが、その魔術は被弾する直前に霧散し、ゴーレムが大事そうに抱える手の中からひょっこりとエストが顔を覗かせた。
「いいね。努力を怠っていないようで何より」
「「先生!?」」
「もう先生じゃないよ」
アルマの手に乗ったままアウストたちに近づくと、ジュエルゴーレムの巨体に尻もちをつく魔術師も居る中、2人は嬉々として歩み寄った。
「この子は僕の研究材料兼ペットのアルマ。野生のゴーレムの上位種だけど、僕が支配してるから襲わないよ」
「ははっ……何言ってるか分かんねぇや」
「今、ギルドが大慌てで援軍を呼んでいる。システィリア先生にも知られますよ」
「おっと、それはまずい。アルマ、庭に埋まってて。僕はやることやってから帰る」
そう言ってアルマを屋敷へ転移させると、エストは10人の魔術師を連れ、冒険者ギルドへと走ることにした。
彼の生徒だった2人は魔術師でありながら剣士並の体力があるが、それ以外の者は途中でバテてしまい、着いてこられたのはアウストとクオードだけであった。
ギルドのドアを開けて賢者が来たと分かると、状況説明のために駆け寄ってきた受付嬢が必死に懇願する。
「エストさん! 7色に輝くゴーレムが王都に侵攻しているようで、今すぐ食い止めてください! 手が空いてるBランクの攻撃も全て弾くようで……」
「それ、僕のゴーレム。そのゴーレムに乗って帰ってきてたんだよ。だから倒す必要も無いし、誰も襲わない。怪我人だって居ないでしょ?」
「へ? …………──もうっ! そういうことは事前にお知らせください!」
「寝てたから攻撃にも気づかなかった」
ギルド内を走っていた緊張が一気に緩むと、背後に居た2人も大きな溜め息を吐いた。
学園でも大きな騒ぎを起こすエストが、講師を辞めた途端にギルドを巻き込んだ騒ぎを起こし、相変わらず騒ぎの中心に居る人物だと思ったのだ。
謝罪の言葉こそ無いものの、多少は悪いと思っているのだろう。
迷惑料として金貨を1枚受付嬢に渡すと、戦った者の装備の修理代にしてほしいと言う。
「おいおい金貨って……1枚100万リカだよな」
「この人なら3日で稼げる金額だ」
「……夢があるなぁ、冒険者」
「……あぁ」
余ったお金は今居る冒険者で好きに飲み食いしたらいいと言ったエストに、賢者を讃えるコールが巻き起こるが、賢者扱いが好きではないエストは早々にギルドを後にした。
そして、エストが向かった先は屋敷……ではなく、ブロフの工房である。
「──ブロフ! 宝石持ってきた!」
「……やっぱりな。お嬢が心配してたぞ」
「うっ……でも、こっちを優先したい」
「あいよ。で? 見せてみろ」
顎でクイっと宝石を出すように言われると、エストはカウンターの上にオルナメートの胃を置いた。
直径1メートルはある胃の半球。その内側では、高純度の金属と宝石がびっしりと生えており、あまりの美しさにブロフは声を失ってしまった。
エストが『お〜い』と顔の前で手を振ると、ハッと意識を取り戻す。
「この大きさにこの美しさ……とんでもない個体と出会ったんだな」
「実はまだ解体してない、オスの方の胃もあるんだけど……見る?」
「……いや、今はいい。それより使う宝石を選ぶぞ。確か青い宝石がいいんだったか」
「システィっぽいからね」
モノクルを装着したブロフがピンセットを片手に、宝石の種類について話し始めた。
「この淡い青はアクアマリン、こっちの深い青はアイオライト。それで、1本だけ伸びた大きな結晶は……ハハッ、ブルーダイヤモンドだ」
思わず笑い出してしまうブロフに、首を傾げるエスト。
「それって何か凄いの?」
「……そうだな。この1本で3億リカは確実、と言えば分かるか?」
「じゃあそれを真ん中に、アクアマリンとアイオライトで挟むようにして」
「……勿体ねぇ! こいつを削るなんざ──」
「価値よりも気持ちだよ。これがシスティに似合うと思ったからお願いしてるんだ」
ブロフの言葉を遮り、真っ直ぐに見つめながら言う。
この宝石たちなら自分の気持ちを表せると、そう感じたからだ。直感に従順なエストは、決してこの判断を変えたりしない。
価格を知って尚、揺るぎない気持ちに、ブロフは根負けしてしまう。
「……ああ。お前さんのも同じでいいか?」
「うん。報酬はその半球をあげるよ」
「は? 正気か?」
「だってまだもうひとつあるし、ブロフの腕を信じてるからね。君の技術には相応の物だと思ったんだ」
あまりに高すぎる報酬に、頭がクラクラしてしまうブロフ。もう一杯白湯を魔道具から注ぎ、グイッと飲み干した。
「…………全く、相変わらずおかしな奴だ。今日はもう帰れ。早ければ明日には届けに行く」
「本当に早いね。じゃ、またね」
どこかスッキリした様子のエストが去ると、カウンターの奥から疲れた様子の女性が顔を出した。
ブロフはひとつ頷くと、女性は本当に今から作業に入るのかと目を見開いて驚いた。
幾ら金を積まれても最短で2週間後に回しているブロフが、笑顔で半球を抱えて地下の工房へと降りていくのだ。
開店と同時に店員として働き始めた彼女でも、あそこまでの満面の笑みは見たことがなかった。
依頼主が賢者エストであるからか。
報酬が今までで最高の物だからか。
彼女はそれを知ることは叶わなかったが、ただひとつ、確信していることがあった。
それは──過去最高の作品が出来上がること。
「エスト、やはりお前はオレの知らない世界を見せてくれる。魔族との戦いで工房にオレを飛ばしたのはこのためだろう? 馬鹿野郎」
そんな独り言が聞こえる扉を背に、彼女は明日を楽しみにするのだった。
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