第214話 宝石の魔物
「ふむふむ。動きは鈍重だけど、光線が速すぎるな……これ、空間魔術以外でどうやって避けるんだろう」
眼前に亜空間への入口を作り、スケッチを続けるエスト。魔法陣しか描くのが得意ではないが、珍しく忠実に描くことに成功している。
正面以外の角度からも見たいため、その場に自身を模した
しかし、ゴーレムには目が5つもある。
回り込んだエストを補足したゴーレムが、肩から光線を放った。
「はは……反応が遅れたら頭が無くなってた」
念の為に亜空間を出していたおかげで、顔面を狙った光線を回避したエスト。バインダー片手に冷や汗をかき、慎重な立ち回りを強いられる。
だが、そこからは特に危険な攻撃も無く、2つの亜空間と
「次は強度チェックだ。壊れてくれるなよ」
杖先に水色の単魔法陣が出現する。
スっと息を止めた瞬間、周囲の気温が一気に下がり、魔法陣から透明の氷槍が形成されていく。
四方に溝が彫られた穂先は、真っ直ぐにジュエルゴーレムの肩を向き、冷気を放ちながら飛翔した。
ガンッ! と硬い音が響いた瞬間、僅かに刺さった氷の槍が、肩から生える地血晶へと溶けていく。
飲み込むように氷の槍が全て溶けると、ゴーレムの腹に小さな水色の地血晶が生えてきた。
「硬い……それに吸収した? 興味深い」
起きたことを記し、再び槍を放つ。
しかし先程と同様、ゴーレムに触れると魔術が吸収され、小さな地血晶が少しずつ大きくなっていく。
「魔力を……貯めているのか」
あの結晶に触れた時、エストは魔力が吸われる感覚を覚えていた。
触れたものの魔力を吸い取ることがゴーレムの能力だと仮定し、全ての魔術を解除したエストは杖を構える。
龍玉を外して亜空間に仕舞えば、持ち方を槍投げのようにして投擲の姿勢をとり、左足を大きく踏み出す。
「最も硬い金属だからワクワクするね」
微笑んだエストが一気に右腕を振り抜けば、体の向きを変えたゴーレムの胸を目掛けて飛んでいく槍剣杖。
先端の空気を圧縮しながらゴーレムに接触した槍は、洞窟が揺らす衝撃波を放ち、炸裂音を響かせた。
砕け散ったゴーレムの破片がエストの頬を掠め、赤い線を描く。そっと指で撫でながら治癒すると、砂煙が晴れた景色を見て顎に手を当てた。
「へぇ……面白い。凄まじい内部構造だ。今の僕……いや、そもそも僕には勝てない相手だとよく分かるよ」
エストの前方には、岩石の鎧を脱ぎ捨て、7色に輝く地血晶の肉体を持ち、先程より随分とスリムになった宝石の巨人が佇んでいた。
胸の真ん中には槍が突き刺さっており、滑らかな動作でソレを引き抜くと、エストと同じフォームで投げ返す。
音よりも速く飛翔する槍だったが、エストに届く直前で亜空間へ飛ばされると、次の瞬間には持ち主の手に戻っていた。
「やっぱり野生は賢いね。僕の物を返してくれるなんてさ」
7色のゴーレムがエストを睨みつける。
ゴーレムは生物……ひいては魔物ではないとする説も生まれる昨今、5つの目が放つ殺気と存在感は、相手が生物でないと出せないものだとエストは感じている。
ビリビリと肌が痺れるような威圧感。
輝く五指を握りしめ、機動力を手にしたゴーレムが拳を振り抜くと、エストの体を粉砕する勢いで振り抜かれた。
しかし、するりと回避されたゴーレムは地面を思い切り叩きつけ、洞窟全体が大きく揺れる。
「……まずいな。ここの地面、少し不安定だ」
度重なる衝撃で軽い崩落が始まっているのか、エストの魔力が地下まで浸透すると、現在地の下に巨大な空間が存在することが分かった。
戦闘中に崩落、落下してしまえば、少しでも魔術の発動が遅れた瞬間に命を落としてしまうだろう。
「もっと柔軟に考えないと」
慎重に戦わねばならない状況下、エストはもう一度槍を投げる──フリをする。
一瞬だけ防御姿勢をとったゴーレム。
その隙に
深い穴に足を取られたと思えば、ゴーレムの下半身は地下の巨大空間に触れた。
「この高さ、落ちたら君でも壊れるよねぇ?」
直接魔術で倒すことが出来ない魔物。
エストの膂力では、物理攻撃も決定打に欠ける。
そこで導き出したゴーレムの倒し方は、間接的に魔術を使った、落下による衝撃での破壊。
討伐は叶わなくとも大ダメージを与えることは確実だと思ったエストだが、野生のゴーレムには生存本能が備わっていた。
「おいおいちょっとそれは……ヤバッ──!」
ダンッ、ダン! と両腕を地面に叩きつけ、体を持ち上げようとしたゴーレム。しかしその行動がもたらした結果は、この洞窟の床全体を破壊する、最悪の結末であった。
エストの足元に大きなヒビが入った瞬間、ゴーレムが落ちるのと同時に床が砕け、共に巨大空間へ落下してしまう。
「あぁもう! 魔族討伐が上手く行き過ぎたからって、こんな所で巻き返さないでよ!」
本日2度目の落下だが、今回は下に光が見えない。
地血晶の光が見えたら着地への備えも出来るのだが、空間の大きさすら分からないのが現状だ。
凄まじい速度で落下していくジュエルゴーレムを頼りに、冷静に着地を試みるエスト。
「──見えた」
数秒が経った頃だった。
真っ暗な空間をただ落ちていたエストの視界に、青く光る泉が映った。
青空よりも澄んだ色をする水は、思わず魅入ってしまいそうになるが、轟音を立てて地面と衝突したゴーレムのおかげで魔法陣を展開できた。
上向きの
「よっ、と…………なんだ、ここ」
ふわりと着地して辺りを見渡せば、正面に広がる青の泉はもちろんのこと、周囲には光を反射して様々な色に輝く地血晶が生えていた。
上の洞窟とは違い、ゴーレムによる影響を受けていないからか、まるで地面に夜空が広がっているような景色に、息をするのも忘れてしまう。
その瞬間だった。
ゴゴゴ……と、エストの背後から何かが起き上がる。
「嘘でしょ? まだ生きてるの?」
振り返ればそこには、脚部は砕け、背面には大きなヒビが入り、歪んだ頭部が3つの目を隠してしまった、あのジュエルゴーレムが辛うじて立っていた。
「もう戦いたくないんだけど……そうだ!」
杖先に龍玉を取り付けたエストは、思いつくと同時に翡翠色の魔法陣をゴーレムに向ける。
「今だけ仲間になってよ。地上に帰れるかも怪しいからさ」
そう言って、前代未聞となるゴーレムに対する
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