第213話 秘密の洞窟


「いけっ、ちびゴーレム。情報収集だ」



 5つの擬命創造ネグラードの魔法陣を展開したエストは、坑道の分かれ道で小さなゴーレムを生み出し、更なる分岐点が無いか調べさせた。


 トコトコと小さな足で歩いて行くゴーレムたち。

 親指ほどの石で躓いては隣のゴーレムに起こしてもらい、5体で協力しながら創造主の命令を遂行する。



「……20分が限界か。どこまで進めるかな」



 火球メアで周囲を照らしながら、ゴーレムが進んだ反対の道を歩くエスト。

 今のところ魔物の気配は無く、安全な坑道と言えるだろう。採掘の進み具合にもよるが、鉱夫と出会うのは相当先と窺える。



「おっ、先人の足跡だ」



 右手側に刺さった木の棒は、方向感覚を見失わないよう付けられた目印だと分かる。

 棒は30メートルおきに刺され、奥から数えたらどれだけ掘り進んだか分かるようになっていた。


 と、この辺りでゴーレムの反応がひとつ消えた。


 更なる分岐点に差し掛かったことで、エストに知らせるために一体が爆散したのだ。

 これが、探索にゴーレムを採用した理由である。ゴーレムならば爆散しても忌避感なく使えるからだ。



「──あれ? こっちは棒が刺さってない」



 ゴーレムの元へ歩いて戻ったエストは、左側の坑道には足跡よろしく木の棒が刺さっているのだが、右の道が着手されていないことに気がついた。


 心なしか幅も狭く、高さもエストの身長より少し高い程度だ。大人であれば膝を曲げないと進めず、その負担から放棄された道だと推測する。



「じゃあどうして道があるんだ? 掘ったんだから棄てられることなんて……わからないな」



 背の低い者が掘ったことにして、進んでみるエスト。

 足場も踏み固められたような跡はなく、真ん中が少しだけ窪んでいるだけだった。


 後ろでせっせと歩くゴーレムを消して火球メアで前方を照らすと、行き止まりになっていた。



「壁に何かあるかもしれない」



 そう言って一歩踏み出した瞬間、エストの体が宙に浮く。

 ゴオッと風の吹き抜ける音と共に視界に入ってきたのは、様々な色に発光する結晶が彩る、煌びやかな大洞窟だった。


 綺麗な景色だと思うのもつかの間、体が浮いたのではなく、落ちているのだと気づいたエスト。



「人は空を飛べないんだ……よっ!」



 落下地点に出した高出力の風域フローテがエストの体を受け止めると、緩やかに出力を落として着地させた。


 幼少期から何度も練習させられた着地方法だ。

 突然の落下にも対応出来るくらいには、体に染み付いている。



「にしても綺麗な洞窟だ。オルナメートから取る予定だったけど、ここから拝借しようかな」



 落ちてきた穴から風の音が聞こえてくる。

 足元で煌めく宝石のような鉱石、地血晶ちけっしょうを見ながら呟いた。


 大地の魔力を何万年とかけて凝縮した結果、純粋な魔力が結晶になったそれらは、手のひら大の物なら一生遊んで暮らせる金になるだろう。


 そんな地血晶が、壁や天井からも見えている。


 鉱夫が見れば涙を流して喜ぶ光景だろうが、エストはその物の価値を知らなかった。



「いや……取らないでおこう。僕が手を加えるのは良くない気がする」



 価値そのものは知らなくとも、結晶の育つ速度が緩やかなことや、地下の資源は個人が扱うにはリスクが大きいことは知っていた。


 目的のオルナメートからしか宝石を手に入れないと決めたら、地血晶の大洞窟を進んでいくエスト。


 赤や青、黄色に緑と、鮮やかな光を放つ大地の神秘を横目に、前方に見える巨大な地血晶の塊に目がいった。



「でっか……5メートルくらいある」



 他の物とは違い、同時に七色の光を放つ大きな地血晶は、根元に生えている小さな血晶を育てているようで見惚れてしまう。


 採掘はしないものの興味が湧き、大きな地血晶に触れるエスト。

 ひんやりとした硬い感触と共に、膨大な魔力を秘めるそれらは、触れた指先からエストの魔力を吸い取った。


 その瞬間、地響きを立てながら地血晶が震え出す。

 ゴゴゴゴ……と腹に響く振動に思わず飛び退くエストは、巨大な地血晶の真の姿に目を見開いた。



「あはは……君って自然界に存在するんだ」



 エストがつい笑ってしまう程の存在。


 それは──



 ゴーレムだった。



「ただのゴーレムじゃないよね。そんな結晶を背負った上に、ダンジョンのやつより3倍は大きい。それに、かなり怖い見た目してるし」



 岩の巨人とも称されるゴーレムでも、エストの前で起き上がったそれは、辛うじて人型を保ちながらも殆どが大きな岩石の塊であり、至る所から地血晶が見えている。


 顔の位置には5つの丸い目が横並びに存在し、無機質にエストを見つめている。



「ゴーレムはゴーレムでも……上位種か。これは調べ甲斐がありそうだ」



 昔とは違い、土の板にトレント紙を乗せ、上部を固定出来るバインダーを手に、スケッチを始めた。


 すると、ゴーレムの肩から生えていた黄色い地血晶が刹那に輝き、細く鋭い光線を放つ。

 一瞬のことに対応出来なかったエスト。

 本能が危険を察知して横に飛び退いたものの、光が当たった左腕には穴が空いていた。


 肉や骨すら貫き、射線上の地面すら赤く溶解するそれに、悠長にスケッチする暇が無いと知る。



「それ、壊死光線ラガシュムと同じでしょ。いや、壊死光線がそれを模したのか……? あぁっ、気になる! もう一度やってよ! 今度は亜空間に入れるからさ!」



 既知の魔術か、或いは未知の魔法か。

 そもそも存在すらしないと言われていた野生のゴーレム。それも上位種となれば、この場で倒すのは勿体ない。


 魔術的価値があまりにも大きいそれは、エストの好奇心をこれでもかと刺激し、興奮させた。




「仮称ジュエルゴーレム……研究開始だ!」

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