第131話 知識から経験へ
「ふんふふんふふ〜ん。ほいっ、
システィリアと甘い一日を過ごしたエストは、鼻歌交じりに家を再建していた。誰がどう見ても上機嫌に見える様子に、護衛につけられた犬獣人の兵士が問う。
「昨日は一度も宿から出ませんでしたが、何かあったのですか?」
「まず起きてからシスティといっぱい抱き合ったでしょ? それからシスティの手料理を食べて、一緒にお昼寝して、またいっぱい抱き合って……うん、良いことがあった」
「……堕落してますね」
「あはは、街を直している人を殴るほど落ちてないから大丈夫」
あまりにも耳が痛い話に、軽率な発言を省みた男は、小さく謝罪の言葉を口にした。自分がどうして彼の側に付けられたのか、少し考えれば分かることだ。
それでも気にした素振りを見せず、楽しそうに土魔術で家を建て直すエストに疑問が浮かぶ。
「どうして貴方は、それだけのことをされたのに、手を差し伸べるのですか?」
「魔族を早く倒せなかったから。どれだけ鍛錬を積もうと、魔族の討伐は一筋縄ではいかない。システィは守れても街を守れなければ、僕は本当に守ったとは思えない。ただのお詫びだよ」
システィリアならきっと、命を守っただけで喜んでくれるだろう。それでも、背後にあった街が壊されて、ニコニコしていられるほど薄情ではない。
最優先でシスティリアを。その次に一般の人々を守ることがエストのやるべきことだ。
それはジオから……賢者リューゼニスから託された仕事であり、力を持つ者の責務である。
「……ここまで破壊できる魔族を相手に、戦ってくださったのに」
「皆がそう思ってくれたら嬉しいよ」
話しながら建て直しが終わると、ふと向けた視線の先に浮浪者の男が居た。護衛と共に話を聞けば、どうやら魔族の攻撃で家を失い、仕事道具も全て無くなったとのこと。
「通訳ありがとう。家を建てる前に、まずは体を立て直そう。水を幾つか用意するから、近くに居る人を呼んできて」
護衛から浮浪者に同じ境遇の者を集めるように言うと、エストは大量の壺に水を満たしていく。
その壺はしっかりと焼成されており、エストの制御を離れても形を残す。
あっという間に100を超える壺に蓋を付けると、その上にはコップが乗っていた。
「そ、そんなことまで出来るのですか!?」
「うん。でも僕を道具として扱おうものなら全部壊すからね。助力と利用を履き違えないように」
「もちろんです。すぐに近くの者を集めてきます」
小休憩にしようと
本当にここに家があったのか不安になって確認する人や、失った物を求め、悲しい表情で棒立ちになる姿が見える。
もし、亜空間にあの光を入れられていたら。
「……もう過ぎたこと。これはただの尻拭い」
「本当にそうかしら?」
「え?」
炊き出しに行っていたはずのシスティリアが、いつの間にかエストの背後に居た。
ここから炊き出しをしていた場所はかなり遠いのに、心配して来てくれたらしい。
「大丈夫? 怪我はない?」
口では心配そうに言葉を紡ぎながら、怪我が無いか確認するようにエストの身体に触れていく。しかし、そこにはシスティリアの不純な気持ちが混ざっていた。
「手つきがいやらしいよ!」
「うふふ、冗談よ。それより、アタシにはこの復興の手伝いが善意によるものだと思っていたのだけれど」
「……善意が何か、わからない」
「対価を求めないことよ。別にアタシたち、べルメッカを再興してもお金や物を貰うわけじゃないでしょう? ここまで派手にぶっ壊されて、返せる物も無いでしょうし」
ハッと息を飲んだ。確かに、ナバルディや住民に対して何も要求していない。要求する気が無い。
ではどうして人を助けるような真似をしているかと言えば、それはやはり、魔女の教えにあった。
「……人を守る魔術師になりたい」
「そのままで居たらなれるわよ。アタシが隣で支えるから、前だけ見ていなさい。じゃあ、また夜にね」
それだけ言うと、彼女はふらっと持ち場へ帰った。
本当にただ心配で来ただけのようだ。
凛々しい背中を見送っていると、ゆらりと振られた尻尾に目がいく。
「はぁ……可愛い。心のオアシスだよ」
「惚気ですか?」
「ごめんね、日常なんだ」
「こ、攻撃の仕方が非人道的だ!」
どうやらシスティリアが戻るまで待っていた護衛の兵士は、ぞろぞろと家を失った者たちを集めて帰ってきた。
それなりの人数がやって来たのだが、随時エストが壺を足していたために、不足することはなかった。
『ありがとう。この恩は忘れない』
「なんて?」
「感謝していると。この人だけじゃなくて、水を受け取った皆がそう言っていますよ」
「よかった。あ、そうそう。君の仕事を増やしていい?」
「……構いませんが。給金は宮殿から出ていますし」
「じゃあ僕に獣人語を教えてよ。読み書きはできるんだけど、発音を知らなくてね」
あっという間に全ての壺が住民の手に渡ると、さも何でもないことのように言われた言葉に耳を疑う。
この人、さらっと読み書きはできると言わなかった? と。
「ダメかな?」
「い、いえ! まさか人族の方で獣人語を理解しようとしてくださるとは、思ってもみなくて……」
「獣人の書いた魔道書が読みたくて勉強したんだ。でも、実際に獣人の住むドゥレディアに来たら、文字よりも言葉が中心で交流するでしょ? だから困ったんだよね」
人族の国なら紙やらペンやらが普及しているおかげで、文字さえ理解できれば充分なコミュニケーションがとれる。
しかし、ここドゥレディアでは紙の素となるトレントが生息していない上に、製紙技術も発達していない。
そんな中でわざわざ獣人文字を勉強してくれたとなれば、兵士のエストを見る目が変わる。
「光栄です……本当に、本当に」
「よろしく頼むよ。そういえば名前は?」
「はっ。ウィルと申します!」
「僕はエスト。これからよろしく」
固い握手を交わしながらも、エストは家を建て直していく。ここまで来ると器用なんて言葉では言い表せない。
もはや脳が2つあるようなものだ。
苦笑いをするウィルに、早速獣人語の発音を聞くエスト。
復興を手伝いながらも、新たな言語の習得へ精を出す。
そうして着々と再建が進む一方、ブロフは。
新たな鍛冶仲間のツテで獣人族では数の少ない行商人と顔を合わせ、荷積みを手伝ったり、他の村の情報を集めていた。
「ジャイアントスコルピオ? Aランク中位の魔物じゃねぇか。そりゃあ村も踏み潰される」
「なぁ……アンタ、倒せないのか? ドワーフなんだろ? その力を貸してくれよ」
「悪いがオレだって復興の手伝いをしてんだ。それに、ヤツの毒は数時間で死ぬ猛毒だ。エストかシスティリア嬢が居ねぇと話にもならん」
ジャイアントスコルピオは、ドゥレディアを中心に砂漠で見られる大型の魔物だ。家を飲み込めそうなサンド・ワームを主食とし、大きな鋏は岩をも砕く。
おまけに、尻尾の針のみならず、杭のような鋭い針状の脚にも猛毒があり、踏まれれば体重と毒の合わせ技で命は無い。
そんな魔物に村が潰されたといえど、ブロフの独断で討伐には行けなかった。
それでも食い下がる行商人は、そのエストかシスティリアと話をさせてくれと頼み込む。
「ジャイアントスコルピオは美味いのか?」
「……は?」
「だから、肉の味だ。討伐例はあるんだろ?」
「淡白な味だと聞いたことがある。ただ焼いただけだと美味くないとか」
「ならエストの方が良いな。喜んで狩るぞ」
「案内してくれ。まだ……誰が生きているかもしれない」
ブロフからエストへの印象が垣間見える瞬間だった。
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