第320話 幕間 宮廷魔術師さんは今……


 帝立魔術学園を5年間の在籍を経て卒業したメルは、在学中に決まっていた宮廷魔術師団に入団し、制服に袖を通す。


 短かった茶髪を伸ばし、特徴的な赤いローブの胸には第5師団の記章が縫い付けられており、新人団員であることが分かる。



「ふぅ……これまで色々あったな〜」



 学園に入ってすぐ、メルは運命の出会いをした。

 それは後に、たった3ヶ月で卒業し、賢者として大陸に平和をもたらした史上最強の魔術師、エストとの出会いである。


 入試から目立ちに目立ち、孤立していた彼に近付いた彼女は、エストに魔術の根本から教えてもらうことで、その実力を破竹の勢いで伸ばしたものだ。


 そして恋に落ち、必死にアピールするも彼は全く振り向かず、一大イベントである魔術対抗戦ではハンデを背負った上で圧勝され、分かってはいたものの、その実力差に歯を食いしばった。


 悔しい思いをバネに夏休み明けから頑張ろうと言う時、彼は既に学園を去っており、消息を断つ。



 3年生になり、初めての遠征で再開した時にはシスティリアというパートナーを見つけており、ぶつけた思いが無惨に散った記憶は消えそうにない。



「……やめやめ。色恋からはしばらく離れるの。あの人は私の尊敬する魔術師なだけ。あっちは冒険者で、私は宮廷魔術師。身分だけなら圧倒的に上なんだから」



 悔しい気持ちを身分で埋め、帝国が用意した団員用の部屋を出たメルは、トレントの杖を手に、初日の訓練場に向かう。


 予定時刻より10分早く来たが、既に半数以上の第5師団員が集まっており、そこかしこから魔術の話が聞こえてくる。



「──そう、だから今、火魔術には革命が起きてる」


「本当かぁ? 嘘っぱちじゃねぇの?」


「じゃあこの火球メアを触ってみろよ」


「どれどれ……うはっ! なんだこれ! 熱くないから触れるぞ!」


「火に触れるなんて、今までに無い発見だ。生物の本能的恐怖を超えてきたんだ。革命の意味、分かったか?」


「あ、あぁ……こいつぁ大発明だ」



 新しい火魔術師が使っていた魔術を見て、メルはハッとする。なぜならその魔術は、魔道書になる前より、エストが遊び感覚で使っていた術式だったからだ。


 片手間で魔術史に残る発見を残し、本人の預かり知らぬところで評価が上がることに、嫉妬の芽が顔を出す。


 しかし、宮廷魔術師として大成することでエストを見返すという、密かな野望を胸に指示を待った。



 しばらくして大柄な男が皆の前に現れると、一瞬にして空気が張り詰めた。



 真っ青の髪は短く整えられ、同色の瞳は夜明け前の空のように深い。大きな肩幅、整えられた深紅のローブ、胸に付けられた師団長の記章。


 本当に魔術師なのか疑ってしまう外見は、奇しくも記憶の中にある誰かと重なってしまった。



「諸君、おはよう。ここ第5師団は新人の育成を基本とし、諸君らが戦闘員としての魔術師に向くのか、研究員としての魔術師に向くのか見極めさせてもらう」



 第5師団に入って最初にすることは、魔術師としての進路を決めることである。全10回の試験で適性を見極め、その後の配属先が決まるのだ。


 皆それぞれの思いを胸に入団したが、国を守るため、魔物を倒すすべを磨いた者が研究員になった、という話は星の数ほど存在する。


 メルは正直どちらでも良かったのだが、戦いにおける土魔術の汎用性を知らしめたく、戦闘員を志した。



「──で、最終試験がこれなんだ」



 戦闘員向け5種、研究員向け5種の順番で試験を受けたメルは、最後の試験として帝都南部の街より、使わなくなった農地の地盤改良を任された。


 例年通りなら地平線まで黄金の麦畑が広がる農地だが、所有者が亡くなり、跡継ぎが居ないということで、領主から土を固めて欲しいと依頼が来たのだ。


 宮廷魔術師として初の任務が、戦闘でも研究でもないことに溜め息を吐いたメルは、自信満々に杖を振る。



 得意な地形操作アルシフトを使ったのだが、想像の1割のペースでしか固めることが出来ず、首を傾げた。



「阻害されてる。ここの土、魔力が豊富すぎるんだ。これは……マズイ」



 かつて農地になる前は、賢者リューゼニスの手によって倒された魔物が散り、土地に膨大な魔力を宿した場所である。


 数百年経っても内蔵する魔力は減らず、育てた麦も太く立派に育ち、それは高く買い取られる名産品ではあるが、立派になりすぎた結果、収穫が大変というデメリットが生まれた。


 そんな土地に魔術を使ったところで、日頃から発動の妨害を受ける訓練でもしていない限り、通常のペースで魔術を使うことは出来ない。


 しかしメルはそんな訓練を受けていないため、時間をかけて挑むことにした。



「よく耕したなぁ。魔術無しってことは、全部手作業か……すごい。普通の土地なら土魔術で一瞬なのに」



 先人の努力に敬意を表し、地中の魔力を震わせる。上手くいかない魔術に歯を食いしばるも、耕したのなら固めることも出来るはずだと、対抗心を燃やした。




 それから2週間が経ち、農地の3割を固めることに成功したメルは、街の人とも顔馴染みになり、『土を固める人』として知れ渡っていた。


 本人としてはあまり嬉しくない呼び名だが、実際にやっていることは変わらないので受け入れることに。



「はぁ〜あ……何やってんだろ。もう誰かがやってくれないかな……? なんでわたしだけずっと固めてるの?」



 週に一度の定期報告では、他の団員も帝国各地の依頼を受けているのだが、メルほど大規模でもなければ、長くても10日あれば終わる内容が殆どだった。


 それを知ったせいで、どうして自分だけが苦行を強いられているのかと、苦しい声が漏れてしまう。



「……空からおっきなゴーレムでも降ってきたらいいのに。そしたら踏み固められて──」



「あ!!!!」



 街が消滅しかねない空想から、メルは気付いた。



「踏み固める……ううん、押し固めたらいいんだ! うわぁ、どうして思いつかなかったんだろ……2週間無駄にしたぁ!」



 最初に気付くことが出来た問題だった。

 なぜなら、耕す際にくわという道具を使って硬い土を掘り起こすのだから、固める時も道具を使うべきなのだから。


 メルの頭には、魔術が人を豊かにする“道具”という認識が無く、それを改めて理解すると、あの人の言葉が蘇る。



「……エストくんはとっくの昔に気付いてたんだ。猫を創った時も、新しい術式を組む時も、エストくんにとって『使い方の組み合わせ』でしかない……だから自由なんだ」



 まだまだ魔術師としてひよっこである。

 そう自覚したメルは、上空に土の塊を作り出し、狙った位置に落とせば、凄まじい衝撃と土煙、そして飛び散った土を浴びながら、確かに固められた大地を見た。



「魔術は道具。飛び散らないように壁も作ればいいかな? ……うん、大成功! これならすぐ終わるよ!」



 パッと花が咲いたような笑顔になったメルは、その後は驚異的な速度で土を固めていき、3日後には全体の8割が固い地盤を形成していた。


 そしてもうすぐ仕事も終わるという時、領主と共に恰幅の良い男が現場にやって来た。


 領主が嬉しそうな顔をしてその男と話しているのを見て、チラチラと見て盗み聞きをしようとすると、男の方から手を招かれた。



「仕事中にすまないな、宮廷魔術師殿。こちらは次にこの土地を買う、ファルム商会が会長のファルム殿だ」


「初めまして。いやはや、凄まじい魔術でございますな。ワタクシ、魔術には疎いのですが、アナタの魔術が高い技術と発想が鍵になっていることは分かります」


「ど、どうも。こんなに広い土地で何をなさるのですか?」



 見渡す限りの茶色い世界を買うなど、これから第2の街でも作るのか? と言いたいメルは、やんわりと口に出した。


 しかしファルムは分かりやすく言い淀み──



「それは……言えませんなぁ。ですが、アナタの仕事が終われば、大人数の大工がやって来る、とだけ言えますかな?」


「はっはっは。ファルム殿、住まう御方は隠されるのですか?」


「ええ。の御方は我々の命の恩人。どの国にも属さず、ひっそりと生きることをお望みです」


「えっと……皇族の別荘、とか?」


「どうでしょう。ですが、ここの真の所有者は、アナタを……きっと招かないでしょうね。メルさん」



 名前が知られている。そのことにゾッとしたメルは、思わず杖を構え、土槍アルディクの魔法陣を展開した。


 だが次の瞬間、脇に控えていた兵士がメルを取り押さえ、その場で拘束した。



「ファルム殿、すまない」


「いえいえ。不問にしますよ。宮廷魔術師団にも報告は不要です。しかし、アナタは温厚な優しい女性だと聞いておりましたが……いやはや、良い危機感をお持ちのようで。きっと良いになるでしょうな」



 そう言ってファルムが立ち去るとメルは解放され、領主から仕事が終われば即刻帰還するようにと命じられてしまった。


 商会長ファルムの情報網、そして冒険者という言葉に引っかかりながらも、メルは2日かけて作業を終わらせると、帝都に帰ったのだった。



 そして、師団長に呼び出され、最終的な配属先が告げられることになる。



「メル。君は戦闘員と研究員、どちらを望む?」


「……は、配属先は希望制でないと存じます」


「こちらも判断が難しくてな。どちらも長けているが、両方とも経験が浅い。君が望む道で経験を積ませてやることになった」



 第5師団は各団員に点数を付け、戦闘員にするかどうかの判断を下すのだが、メルは珍しく全試験満点を叩き出したため、宮廷魔術師団長より、望む道を与えることになった。



「でしたら……戦闘員に。わたしは、魔物に怯える人々の盾になります」


「あぁ、そうしよう。戻っていいぞ」


「はっ」



 敬礼をしたメルが部屋を出ようとすると、『それと……』と呼び止められた。



「国民の盾になるのは騎士の仕事だ。君の役割は我々の盾になり、敵を穿つこと。だが、その全てが護国に繋がる。君の意志を尊重しよう」


「……は、はいぃ……」



 顔を真っ赤にしたメルは、後日、宮廷魔術師団の中でも最高戦力とされ、冒険者ギルドに回せない大規模な魔物討伐戦に駆り出されることで有名な、第2師団への配属が決定した。


 そこでは、どこかの賢者が端を発した、肉体強化プログラムが組み込まれているそうな。




「ま、魔術師って……しんどい……」

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