第321話 幕間 魔剣士さんたちは今……


「おいコラ、ミィ! また俺の肉を食ったな! 今日こそは許さん!」


「ニャハハ! ウチにあげるために最後まで残してくれたニャ! 遠慮はしないのがミィちゃんの流儀ニャ!」


「くっそぉコイツ……!」



 魔道都市ラゴッドの酒場にて、騒がしい集団がテーブルを囲んでいた。

 赤髪の男……通り名を炎の魔剣士ことガリオは、楽しみに取っておいた肉をミィに取られてしまい、掴みかかろうとしたがマリーナに止められた。



「女の子に手を上げるなんて……さいってー」


「はぁ!? 先にやったのはミィだろ!?」


「泥棒猫って言葉があるくらいなんだから、対策しなかったガリオさんが悪いに決まってるでしょ?」


「……確かにそうだな。すまん、ミィ」



 肉を諦め、頭を下げたガリオ。

 てっきりマリーナが援護射撃をしてくれるものだと思っていたミィは、あまりの言葉にポカンと口を開けた。



「……今、味方に心臓をぶっ刺された気がするニャ……」


「そんなことより、ディアさんたちはいつ到着するのよ? 予定日より4日も遅れてるのよ?」


「ンなこと言ったって、待つしかねぇだろ。帰省してたんだから、家族と長話でもしてんじゃねーか?」



 パーティの要である戦士のディアと治癒士のリパルドだが、故郷であるユエル神国で一月ひとつきほど過ごすと言ってから、もう50日が経過している。


 本来なら2人は今頃ラゴッドに着いているはずなのだが、神国が魔族の襲撃を受けたことを知り、復興作業を手伝っているのだ。


 殆どの作業は既にエストたちが終わらせていたが、無くなった家具や道具の修理、その運搬といった、細々とした部分をディアたちが手を挙げた。



「この3人で受けられる依頼、あるか?」


「無いニャ。多分誰か死ぬニャ」


「エスト君ぐらいの魔術師が臨時パーティの募集をしてくれてたらいいのだけれど」


「お前は砂漠で1粒の砂金を探すのか?」


「な、なによ! 夢は大きい方がいいじゃない!」


「このビッグドリーマーが。夢がデカすぎてまだ寝てるんじゃねぇか? おん?」



 出来ることなら2人が帰ってくるまで依頼を受けたくないが、ガリオたちは売れっ子冒険者である。

 暇があれば指名依頼が入り、討伐系の依頼になればパーティの盾と薬が居ない以上、断るしかないのだ。


 攻撃一辺倒で勝てる相手ならいいのだが、どうもラゴッド周辺の面倒な魔物退治が多く、首を横に振り続けている。



「呼べば来そうだけどな」


「誰が?」


「エスト」


「……どうぞ。どこに居るかも分からない英雄を呼び出してください。しかも今なら一ツ星のシスティリアまで着いてきます。わぁお得!」


「今は何してんだろうなぁ。前に会ったのはドラゴンと戦った時か。アイツ、出会う度に逞しくなってやがる」


「鍛え方がまるで違いますもの」


「ニャ。オトコとしても格段に逞しくなってるニャ」


「エストを男にしたのは間違いなくシスティリアさんだな。あの人も尋常じゃない努力家だ。剣筋を見れば分かる」



 どこに居るかも分からぬ友に思いを馳せると、握っていた樽ジョッキを呷り、酒で喉を潤した。

 また一緒に飲みたいものだと願い、本当に手紙なりギルドなりで呼び出せば来るんじゃないかと、ガリオは思考を巡らせ始めた。



「そういやアイツ、家を建てるらしいな」


「大豪邸で悠々自適な研究生活?」


「マリーナ、甘いニャ。王国丸ごと買い取ってダラダラ甘々研究生活に決まってるニャ」


「本人曰く『屋敷の生活はしんどい』そうだ」


「説、破綻…………経験者だったニャ」


「普通の家に住んで、庭で作物を育てたいんだとよ。あと、ゴーレムの研究? がしたいとか言ってたな」



 ガリオにだけ話した、エストの将来やりたい事たちは、どれも現状の戦闘生活から身を引き、愛する人とのんびりしたいという思いが強かった。


 冒険者としては残念に思うガリオだったが、友人として……親友としてその背中を押し、『採れた野菜を食わせろ』と言って別れたものである。



「俺たちもダンジョン攻略に一区切り付くし、方針を変えるか?」



「いっそ大陸を変えるかニャ?」


「アリだなそれ。でもよ、北の大陸は戦争ばっかしてるって聞いたことがあるぜ? 行くなら西か南だろうが……そっちは何も知らん」


「あれ? ワタシたちって神国のダンジョンは攻略しました?」



「「…………してない」ニャ」



「じゃあ皮算用をする前に、2人を迎えに行く形で向かいましょ」



 マリーナの鶴の一声で方針が定まったガリオたちは、翌日から南へ向けて進み出した。


 もう殆どのダンジョンを踏破したと思っていたが、その実、ダンジョンを中心に栄えたダンジョン都市が数多くある神国を忘れており、まだ見ぬダンジョンに胸を踊らせている。


 普段は頼れるリーダーと猫は、時に信じられないポンコツぶりを発揮する。


 こんなリーダーでいいのかと思う反面、自分たちのリーダーはこうでなければと、神国の情報を集めつつ、ギルドを経由する度に2人へ手紙を出したガリオ。



「そのまま神国で待つように言ったが、入れ違いになったらヤベぇな。再会が年明けになっちまう」


「……考えないようにしてたのに」


「そうなったらエストっちに頼み込むニャ。泣きついて靴を舐め回せばきっと手伝ってくれるニャ!」


「お前はエストをなんだと思ってやがる……」


「万能超人変態魔術師ニャ」


「……あながち間違ってないか」


「ガリオさんが認めたらダメでしょう!?」



 そんなこんなで南下しつつ軽めの依頼をこなしていった3人は、やがて帝国領を抜け、冬に入る前にユエル神国の領地へと足を踏み入れた。


 ガリオたちは初めての入国となるが、山を超えてすぐの街では、帝国との差をあまり感じなかった。


 しかし、神都が見えてくるとその違いも明白になる。



「なんだあのバカデケェ建物! 城……というより──」


「教会ニャ。屋根のてっぺんに太陽の飾りがあるニャ」


「他の教会にもラカラ像はあるけど、あの教会は桁違いに大きいわ」



 遠くからでもハッキリ見える教会に目を奪われていた3人だが、どうしても気になる物が視界の端をチラつき、そっと視線が移ってしまう。



「……なぁ」


「……ニャ?」


「あの氷の壁ってよ……」


「……知りません」


「……知らないニャ」


「だ、だよな。俺たちに思い当たる節は無いし、関係も無いはずだ。はず……だよな?」



 神都の東側。ガリオたちから見て街の左側に、今にも新都を飲み込まんとする高すぎる波が、氷の壁となって残っているのだ。


 その壁には海の魔物が凍りついたまま死んでおり、陽光で溶けた氷水は魔力を豊富に含んでいるため、周辺の森が鮮やかに色付いている。


 ここまでの規模の魔術を……それも氷を使える者に思い当たる節があるのか、ガリオたちは頭を抱えた。



「アイツらが帰ってこねぇのって──」


「“アレ”は絡んでるでしょうね」


「はぁぁぁぁ……エストっちにはお説教が必要かニャ?」



 まだ神都に居たら物申してやろうと思う3人だったが、門をくぐって早々、冒険者ギルドでディアとリパルドと合流すると、街の人が語る賢者の英雄譚を聞かされた。


 なんでも、海から攻撃してきた水龍を屠ったとかで、ここ神都では氷の賢者の異名の他に、龍殺しの賢者や精霊の御使いといった、錚々たる異名が付けられていた。


 その象徴こそが凍った魔物の波であり、それが溶け切るまでは永遠に語り継がれるという。



「アイツ……バカだろ」


「エストっちなら絶対溶かせるニャ」


「何か溶かせない理由がある、とか?」


「洪水を防ぐためじゃないか?」


「確かに、自然に解凍を待った方が森が適応しやすい……」



 そうして、バカなのか賢いのか分からないエストとその仲間が、数十万の民を守り魔族を討ったことを5人で喜んだ。


 ガリオたちは神国に滞在することを決め、これからもダンジョンを踏破し、その高い実力を、更に磨いていくと言う。




「良いダンジョンを見つけたら誘ってみるか」


「ニャ! また一緒に攻略するニャ!」

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