第2部-第1章 激動スローライフ
第322話 思い出の地
「よくぞいらっしゃいました! ご購入された土地と家は既にご用意しております。ささ、馬車にお乗り下さい。5時間ほどで着きますよ!」
「……遠いな。僕の馬で行こう」
「よ、よろしいのですか?」
「ちょっと急いでるからね。で、場所は?」
「はい! 公爵領レガンディより、ファルム様が手配致しました。レガンディは山が無く、小高い丘となだらかな平原の上にあります。自然災害も少なく、森林性のゴブリン程度の魔物しか出ないため、帝国でも有数の魔物が少ない地域でございます」
システィリアのお腹に新たな命を授かり、賢者としての役目を果たしたエストは、安心して子育てと生活が営めるように土地と家を購入していた。
魔族に狙われないようにとファルム名義で購入した土地だが、正式な受け渡しには本人の血判が必要ということで、現在大急ぎで帝国に向かわせている。
ファルム商会の者の馬車に乗り、1時間ほどで公爵領レガンディを目にしたエストは、そこが思い出の地であることを知った。
広場の噴水に建てられた初代賢者リューゼニスの銅像を前に、懐かしむように口からこぼれる。
「懐かしいな……信じられないくらい大きな麦畑の雑草を刈ったんだ。麦わら帽子を被ったシスティ、可愛かったなぁ」
それは、依頼報酬として家宝の魔道書を出されたエストが、雑草抜きの依頼を受けた時のこと。
土と風魔術の応用で依頼を完了させると、『賢者の性癖大全集』なる呪物……魔道書を手に入れたのだ。
依頼主である年老いた農夫を思い出し、今も元気でやっているのかと思いを馳せる。
「件の土地は、街の外にございます」
「……農地の方かな? うん、わかった」
少々疑問に思いながらも職員の後を着いていくと、門をくぐってすぐ、景色の変化に気付いたエスト。
「…………農地が無い?」
今でも鮮明に思い出せる、地平線まで広がる麦の海。そんな農地が、耕された痕跡も残さないほど綺麗に押し固められ、遠くの方にポツンと家が建っていた。
よく見れば敷地を柵で囲われており、農地としての影は無く、ただの“土地”としてしか残っていなかった。
エストは嘘だと言って欲しいと思いながら、職員に目を合わせずに問う。
「……土地の、元の持ち主は?」
「亡くなられました。跡継ぎもおらず、公爵様が次の買い手を探していたところを、ファルム様がお選びになりました」
「そっか……亡くなったのか。あのお爺さんのお墓は?」
「西の丘上にある墓地に」
「先に挨拶に行こう。僕も、少しだけ作物を育ててみたいからね。先輩に報告が必要だ」
家を見る前に、数時間だけでも世話になった人に挨拶がしたいと言ったエスト。
墓参りに作法があるかと聞かれると、案内役の職員は浅く礼をし、道中、商会が噛んでいる花屋でカスミソウを勧めた。
墓花を手に丘を登ると、農夫の墓の前で膝を付き、祈りと共に挨拶をする。
あの日受け取った本はまだ手元にあり、雑草に苦しまない農家を増やすべく、簡単に処理出来る魔道具も作りたいと。
一段と乾いた風が吹き、エストは立ち上がった。
「さぁ、家に行こうか。帰りは空間魔術で送るから、ゆっくり案内していいよ」
「かしこまりました」
石造りの街を歩き、屋台や露店がある場所を教えてもらいながら門をくぐり抜け、再び農地跡にある一軒の家を眺めたエスト。
広大な土地にポツンと建った家は寂しく、何も知らない者が見れば嫌がらせのような孤立感を与える。
しかし、それはエストが意図したもの。
周辺を花や木で囲い、街道からの視線を遮りながら魔女の森に似た景色を作り、世間とは適度な距離を置きたいという意志によるものだった。
自然魔術を会得したからこそ、この広大な土地を好きに塗り替えられる。
この点に関してはシスティリアにも了承を得ているため、どんな庭にしようかと胸を踊らせたエストは、遂に家の前に立った。
街中の家よりは大きく、されど豪邸と呼ぶには小さく。土魔術師と帝国きっての大工が建てた家は、石材と木材の質感のバランスがとられた美しい外観をしている。
トレント木材で造られたドアは非常に頑丈で、エストが強めにノックをしても揺れることはない。
「鍵はこちらになります。帝城の鍵を作った職人による魔道具ですので、紛失した場合は商会より再作成を依頼してください」
「ありがとう。それじゃあ早速……」
鍵を挿して回し、ドアを押そうとしたエストだったが、蝶番があるのを見て引き戸であることに気が付いた。
改めてドアを開けると、新築の匂いと共に見える玄関は、帝国にしては珍しく、土足を脱ぐスペースになっている。
これは商会の職員に勧められ、子どもが歩く練習をするなら土足は厳禁という言葉に従った構造だ。
しかし、エストには気になる点があった。
「カーペットがある」
「ふっふっふ……それだけではございません。どうぞ中へ」
ニヤニヤと笑みを浮かべた職員が廊下を先導し、リビングに繋がるドアを開けた。
すると、白く美しい木材で造られたテーブルが見え、その横には、革張りのソファや柔らかそうなクッションが置いてあり、そのどれもが高級品であることが見て取れる。
新築祝いにとファルムが用意した家具の数々は、貴族や王家に連なる物に制作しているという、名のある家具職人が創ったものだ。
「これは……ははっ」
今日から住めるようにと、食品以外のほぼ全ての家具や必需品が揃えられており、思わず乾いた笑いが出る。
まるで高級宿の一室のような充実具合に、表情を緩めながらリビング、食卓、キッチンがまとまった部屋を歩いた。
キッチンの高さもシスティリアに合わせた使いやすいものになっており、最近開発が進んでいるという食器乾燥の魔道具は、流石に試作段階では置けないので断念されている。
エストなら買う、もしくは創ることを読んで少し広めに用意されたキッチンは、2人で並んでも邪魔にならない。
「食器類も用意してくれたんだ」
「はい! 頑丈かつ汚れが落ちやすいミスリル合金の食器でございます」
「へ〜、ミスリルって合金に出来るんだ。魔水晶の印象が強いや。だって……ほら。このナイフ、ほぼ杖だよ」
エストはナイフを手に魔力を流すと、切っ先に6つの異なる属性で魔法陣を出現させた。
花のような形で回転する魔法陣は全てが同じ速度で回っており、魔術を極めた者のみが出せる美しさに、職員は思わず頭を下げた。
ナイフを収納に戻して次の部屋の案内を受け、水洗トイレや洗面所、そして大きな浴室と、1階部分だけでとても充実した造りになっていた。
「凄いねあのトイレ。もしかして、ラゴッドから仕入れたの?」
「慧眼でございます。仰る通りラゴッドからの輸入品でございまして、排水管に浄化魔道具が二重に設置されており、自然界に影響を与えないよう川に流す仕組みとなっております」
「排水管の材質と、川が氾濫した時は?」
「排水管はアダマンタイト合金を使った鋼を。氾濫による逆流は、逆止弁が設けられている上に、同効果の魔道具で二重に防いでおります」
「……幾らしたの?」
「……帝国宮廷魔術師団の年間予算分でしょうか」
「何も聞かなかったことにするね。あと、魔力の取り入れはどこから?」
「排水管の外部に取り付けられておりまして、地中にある莫大な魔力から賄っております」
「そっか、ここ、魔族の魔力が大量にあるんだった。なるほど、リソースがほぼ無限なんだ……」
「推定でも3万年は稼働出来ると、魔道具師が」
そもそもの地質が異常なのだ。
初代賢者がこの地で大量の魔族を殺したおかげで、危険区域と同等の魔力が埋蔵されている。
魔道具の消費程度では到底枯渇するに至らず、エストが全力で吸い上げても、寿命の方が先に尽きるだろう。
言わばこの家のトイレと風呂は、掃除以外の手間や手入れが必要ない、半永久的に使える状態だ。
「……何階建てだっけ」
「2階建てでございます。寝室と書斎、研究室があります。寝室は西に2つ、東に2つございます」
「多いなぁ。まぁ、使わないなら改造すればいっか。物置部屋にできそう」
「はい。大工を呼ぶ場合は、是非ともファルム商会に」
「構造までは変えないよ」
そんな話をしつつ日暮れまで案内を受けたエストは、鍵を2つ受け取ると、一度商会に戻って無人の馬車を走らせ、職員と共に帝都へ転移した。
1時間後には門に着くので、手の空いている職員を配置すると、最後にエストに頭を下げた。
「これは
「別にいいよ。もう終わったことだし。それじゃあ、またね。ファルム商会とは長い付き合いになるだろうから」
「はいっ! 今後とも、どうぞよろしくお願い致します!」
そうして宿に戻ったエストは、魔女たちに手紙を出したシスティリアを労い、明日からレガンディに移ることを告げた。
その際、ブロフやライラたちをどうするのか。
いま一度話し合い、パーティを解散するかどうか、決めることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます