第323話 ウチらはズッ友


「さて、集まってすぐだけど、重要な話し合いをしようか。議題は単純明快。このパーティ、解散する?」



 冒険者らしくギルドの酒場に集まったエスト、システィリア、ブロフ、ライラの4人は、パーティ解散の運命を辿ろうとしていた。



「……何を言っている?」


「ど、どうして解散するんですか!?」


「嬉しいことに、システィが妊娠してね。冒険者としての活動をしばらくやめるから、2人を縛りつけるのも悪いと思ったんだ」



 ここに来てシスティリアの妊娠を知った2人は、ぽかんと口を開けたまま彼女の方を向くと、嬉しそうな笑顔で答えられた。


 獣人と人族の間では子どもが出来にくいことは皆が知っている。

 そのせいで血が途絶えた話は珍しくなく、2人は椅子に座り直すと、心から祝いの言葉を述べた。



「めでたいな。だが、しばらくと言っても数年で復帰するのだろう?」


「最低でも5年はかかるわよ?」


「オレからすれば瞬きをするような時間だ。だが……ライラ、お前はどうだ?」



 長命のブロフにとっては苦にならないが、パーティ唯一の純粋な人族であるライラは俯いた。


 エストのパーティに入ったのは、彼から魔術の知識をもらい、自身が魔女になるためである。これから先、システィリアを傍で支えるエストに余裕があるかと言えば……難しいだろう。



「5年、ですか……」


「ちょうどアタシとエストが出会ってから今までの時間よ。結構な期間だし、決めるなら早い方がいいわ」



 悩めば悩むだけ、ライラの時間が無駄になる。

 人の身で魔女になるには、その5年でエストと同等の経験を積まねば到底その域には至れない。

 しかし、ここまで一緒にやってきた仲間と別れるというのも苦しい。まだまだ教わりたいこと、やりたいことがあるのだ。


 考え込んで黙る彼女に、重い空気が立ち込める。



「オレは反対だ。わざわざ解散という形を取らなくとも、別行動が増えただけと言えるからな」


「アンタがそんなに反対するとはね。意外だわ」


「お前たちと居なければ、ラゴッドを出ることも、ドゥレディアに行くことも、ネイカ様に見えることも、王都で店を構えることも、カゲンで鍛造技術を学ぶことも出来なかった。オレとしては……まだまだお前たちと居たい」



 エストに同行すれば面白い景色が見られる。そう思って仲間になったブロフは断固として解散を反対した。

 少々の間、別行動をするだけ。

 そう認識出来るドワーフだからこそ、解散というていを嫌う。


 たとえ解散という形になっても、永遠の別れではない。


 だからこそ、ここで一度別れるかどうか、ライラは選択を迫られた。




「私は………………離れます」




 歯を食いしばった音が鳴る。

 エストとしては、生まれながらにして属性融合魔法陣が使えるライラを、そして友人として背中を押す気でいた。


 それはシスティリアも同様であり、同性の魔術師として尊敬し、手を引っ張って進むこともあった。



「……そうか」


「でも、今生の別れじゃないです! エストさんの新居にも遊びに行きますし、ブロフさんとも依頼を受けます!」


「……ああ。そうだな」



 その決断に落ち込んだ様子のブロフだったが、ライラは続けて──



「私と2人で組みませんか? ブロフさんは優秀な戦士ですし、私は光魔術も使えます。エストさん程ではないですが、体力にも自信がありますし!」


「分かった。エストも……それでいいか?」



 珍しく気が弱いブロフに、エストは縦に頷いた。

 むしろそうしてくれた方が有難い、と。

 今のライラは、冒険者に居る魔術師としては破格の適性と練度を誇る存在だ。


 単独活動で燻らせるより、熟練者のブロフと共に、新たなパーティとして旅立った方が彼らのためになる。



「さぁ、何か食べようか。僕が払うから、好きな物を好きなだけ頼んでいいよ」


「では、遠慮なく頼んじゃいますよー!」


「……全く、オレたちが払う方だろうが」


「払いたいならアンタが払ってもいいのよ?」


「……ご馳走になろう」



 そうして、4人での食事を楽しんだエストたちだったが、酒を飲んだのはブロフとライラだけであった。

 いつもならエストも飲むのだが、身ごもったシスティリアが酒を飲めないため、自分だけ飲むのは嫌と言って口にしなかったのだ。


 システィリアは何度も『飲んでいい』と言っていたが、断りきったエストに尻尾を振り、最大限に食事を楽しむのだった。



 宿に戻ると、隣の部屋をとっていた剣士のトキマサが挨拶に来た。

 凛々しい表情で入室して早々、深く頭を下げた。



「世話になった。それがしはこれから、冒険者としてこの地で生きることを決めた」


「いいね。トキマサならAランクは余裕だよ」


「怪我と病気には気を付けなさいよ?」



「うむ、感謝する。それでは早速、登録に行ってくる」




 そうして夜に溶けていくトキマサを見送ると、2人はベッドに入った。

 冬に入り、室内との寒暖差で結露した窓の内で、システィリアはエストに抱きつきながらポツリとこぼす。



「……なんだか寂しくなっちゃった」


「……また会える。そうわかっているけど、僕も同じ気持ちだよ」


「ふふっ……また2人きりなのね」


「こんなことを言うのは違うと思うけど……昔はよく、ブロフを離したがっていたよね」


「……今もそこまで変わらないわ。アタシはずっと独りだったから、手を差し伸べてくれたエストにしか気を許すつもりはない」


「そっか。嬉しいような、寂しいような」


「アンタは寂しがりなさい。そしたら、アタシが慰めてあげるから」


「……そう言ってくれるシスティが居るから、変わらず居られるよ。でも、それはそれとして寂しいから慰めてほしい」


「強欲ね。いいわよ、たっぷり慰めてあげる」



 モゾモゾと動き出したシスティリアは、エストの頭を胸の位置で抱き締め、優しく頭を撫で始めた。



「……あたたかい」



 柔らかい指は温かく。

 鼓動が聞こえるほど密着している。

 穏やかな呼吸の音が眠気を誘い、明日に意識を飛ばそうとする。


 包み込むように、そして、共感するように。

 ゆったりと時が進むような感覚に包まれたエストは、彼女の胸の中で寝息を立てる。


 あどけない寝顔を見ることなく撫で続けたシスティリアも、次第にうつらうつらと瞼が重くなり、エストを抱き締めながら目を閉じた。




 朝になると、エストが目を覚ます。

 顔じゅうを包む柔らかな感触を押しのけ、体を起こしたエストは伸びをする。懐中時計を見れば、現在時刻は午後6時3分。


 いつもより少し長めに眠ったなと思いながら服を脱ぐと、凄まじい速度でシスティリアが置き上がり、抱きついた。



「……びっくりした」


「良い匂い……ねぇ、打ち合い?」


「ううん、新居に行く用意をしようかな」


「……んきょ…………へ?」


「材料はあるし、せっかくだから新居で朝ご飯を食べようよ」



 寝ぼけ眼をこするシスティリアは、ちろりとエストの背中を舐めると、僅かな塩味と芳醇な魔力の匂いで目を覚ました。


 そしてぱちぱちと瞬きをすれば、パッと花が咲いたような笑顔で──




「ええ、そうしましょ! アタシも新居の台所が気になるもの!」




「じゃあ決まり。着替えてチェックアウトしたら、空間魔術で行こう。ご飯を食べたら、街を見たり色々考えよう」


「分かったわ。うふふっ、楽しみね!」



 尻尾をブンブンと振りながら抱きついたシスティリア。

 そんな彼女がたまらなく愛おしいエストは、優しく耳を撫で、寝癖のついた髪を梳かした。


 用意が終わり、宿を出ようとする2人だったが、出入口の前でブロフとライラが待っていた。



 受付に鍵を渡してから合流すると、ブロフたちは2人の背中に手を当てる。



「しばらくの別れだ。オレは夏と冬、年に2回お前たちの家に遊びに行こう」


「私も一緒ですよ!」


「……ブロフ、寂しいの?」


「ああ、寂しい。だからここで別れる。今からは……そうだな。8ヶ月後に行くだろう。その頃にはお嬢も動きにくいはずだ。エストがしっかり支えているか、確認しに行く」


「必要な物があれば買いに行きますからね!」


「オレたちは仲間だ。パーティは解散しても、そこは変わらん。困ったことがあれば呼べ」



 エストの背中に当てられた手は、僅かに震えている。いつか来る別れのひとつが、今日だっただけである。

 ふと、杖を改造しようと2人で魔石を集めた記憶が蘇る。思えば男2人の時は馬鹿なことをし合ったものだと、エストは笑みがこぼれてしまう。


 しかし、何故か足元に水滴が落ちた。



「行ってこい、エスト」


「行ってらっしゃい、システィリアさん」



 ボロボロと涙を流すライラと共に2人の背中を押すと、足元に出現した半透明の魔法陣が、淡く、白い光を放つ。


 次の瞬間にはその影は消え、静寂が訪れた。




「行って……しまいましたね」


「……それでいい。エストとお嬢は充分に働いた。労い、送り出すのがオレたちの役目だ」


「……はいっ」

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