第324話 自由だから慎重に
「綺麗なお家ね……孤立してるけど」
「見えるかな? ぐるっと柵で敷地が囲われてるんだけど、あの農地が全部僕らの土地になったんだ」
「…………広すぎないかしら?」
「管理は僕がするよ。とりあえず入ろう」
新居の前に並んだシスティリアが家の外周を歩くと、その土地の広さに
いずれ土地の何割かを領主に返すと予想する彼女だったが、エストは使い切れるように努力する方向へ思考を巡らせた。
鍵を渡し、家に入ったシスティリアはエストと全く同じ反応を示すと、少し広めに用意されたキッチンに目を輝かせた。
高すぎず、低すぎない丁度いいキッチンは、料理を作ろうとする心を抑えられなくする。
「火は魔道具になってるのね。あら、水も。この流し台は何まで流していいの?」
「生ゴミも流せるよ。下の排水管にラゴッドから取り寄せた大型の粉砕機があるんだ」
「へ〜…………凄いのねぇ」
「ワイバーンの骨も砕けるんだって」
「魔道具の技術って日々進化してるわね」
「……小型化が出来ないから流通しないよ」
「それを持って来れるファルムは、本当に凄い商人だわ」
「そうだね。ファルムには感謝しないと」
肉や野菜の切れ端といった生ゴミを肥料にする魔道具は昔からあるが、それはどれも容量が小さく、時間がかかる代物だった。
しかし今回ファルムが用意した魔道具は、地中の魔力を動力に大型の骨まで粉砕可能な力を持ち、且つオーク1体は丸々入れられるほどの大きな物となっている。
ゴミの入口は2つあり、片方はキッチンの流し台から。もう片方は、家の外にある箱から入れられるよう設計された。
もし誤って子どもが入らないように、開けるのに家の鍵を使い、作動させるにも鍵を使う仕組みだ。
「こっちの大きな箱は……保存庫かしら?」
システィリアはキッチンの端にある大きな縦型の箱を開けると、中からひんやりとした空気が流れ出て、ぶるりと体を震わせた。
「風を循環させる魔道具になっているんだけど、触媒に氷の魔石を使うんだ。小型ひとつで3ヶ月稼働する」
「う〜ん、エストの魔術の方が上ね」
「そうなんだよね。氷の魔石は貴重だから、魔石屋で買うと単価6000リカはするよ。帝国には寒冷地のダンジョンが無いから、ファルムから買っても……微妙かな」
「アンタの魔術をゴブリンの魔石を触媒にしたらどうなのよ」
「今の僕の魔力は代用できない。ドラゴンのせいでね」
「そうなのね……とりあえずエストの魔術で置き換えましょ? 出来るかしら?」
「もちろん。野菜と果物、あと凍らせた魚と肉があるけど、入る分だけ入れちゃう?」
「臭いも出るから、氷の仕切りで分けて入れてちょうだい」
「仰せのままに〜」
軽く返事をしながら幾つかの仕切りを作ったエストは、氷龍の魔力をふんだんに使い、構成要素のうち、循環魔力にほぼ全てのリソースを割くことで、数十年は維持出来るであろう氷の壁で隔てた。
そこへ買い込んだ食材を入れていくのだが、保存庫に入れられたのは全体の2割ほど。
エストの亜空間は、その大部分が食料で埋め尽くされている。
「ありがとっ。それじゃあ、ちょっと遅いけど朝ご飯にしましょう」
「手伝うよ」
「大丈夫。でも、心配なら近くで見てなさい」
「そうする」
どうしても心配なエストは、端の方で息を殺して料理風景を見守った。
これからシスティリアのお腹が大きくなれば、キッチンに立つのも大変になるだろう。
そうなった時、代わりにエストが料理を作れるように、レシピや食材の切り方など、しっかり見て学ばなければならない。
また、システィリアの料理は栄養面も考えて作られるため、どの食材をどうやって調理するのか、知識も求められる。
少しして、スライスされたパンに焼いたサラダと肉、そこにベリーソースをかけ、軽い味付けをしたスクランブルエッグを添えたひと皿が完成した。
エストは調理手順をしっかりとメモし、何かを煮詰めるシスティリアに首を傾げる。
「これはホットミルクよ。寒い季節にはピッタリでしょ?」
「確かに」
「蜂蜜を垂らしたら最高なのよね〜」
「……あれ? 子どもに蜂蜜っていいの?」
「乳児がダメなだけで、胎児は大丈夫よ」
「そうなんだ。もっと調べないと」
「ふふっ、本当に勉強熱心ね」
「それが僕にできることだから。システィの負担を減らしたいし、僕だって知りたい」
「……そういうところが好きなのよ」
エストの飽くなき知識欲、そして好奇心は、システィリアの未来への不安を共に背負い、安心感を与えてくれる。
子のためシスティリアのため、そして自分のためになる知識に、エストは知りたいことを書き記していく。
ホットミルクが完成し、出来上がった朝食たちを食卓に並べると、ちゃんとした家に住んだ実感が僅かながら湧いてくる。
安全な空間で安心して食べられる有難さに、2人は手を合わせて『いただきます』と言った。
「美味しい……卵は別で食べた方がいいの?」
「どっちでもいいわよ。ただ、ベリーソースと合わないと思ったから分けたわ」
「乗せてみる……うん、システィが合ってる」
「美味しい?」
「……酸味と塩味が共存する卵料理が好きなら美味しいと感じるだろうね」
「えへへ、いじわるしちゃった」
これがフレンチトーストならまだ美味しいと感じられる可能性はあったが、今回はオープンサンドのような形をとっているため、食材たちが喧嘩を始めてしまった。
あえて分けられた理由を自分の舌で実感したエストは、その後もたわいもない話をしながら朝食を楽しんだ。
食後に家の中を見て回り、リビングに戻って紅茶を楽しんだ2人。
これから何をしようかと考えるエストの前で、システィリアが立ち上がった。
「さて、お家の中も見たし、次は街を見に行こうかしら。服屋の場所が気になるのよね」
「そうだね。雪が降ると行商人も動きにくいから、今のうちに買えるものがあるといいな」
「無駄遣いはダメよ?」
「……使った分を稼げば許され……?」
「る。でもギャンブルは禁止。冒険者として稼ぎなさい」
「……はぁい」
読んだことのない魔道書には目がないエストのことだ。買わずにはいられないことをシスティリアは知っており、それも禁止しようとすればゴネることも分かっている。
稼げるエストだからこそ彼女はあまり深く禁止せず、この言葉を付け足した。
「週に2冊までにしなさい」
「2冊……? どうして?」
高いものだと1冊30万リカを超えることもある魔道書だが、どうして彼女が1冊ではなく2冊までと言ったのか。その理由が分からないエストは、澄んだ瞳で聞き返す。
すると、システィリアはゆらりと尻尾を振りながらエストの手を握った。
「あんまり魔道書に熱中されると、アタシが寂しいもの。ちゃんとアタシを甘やかす時間を作るためよ」
「わかった。1冊までにする」
「もうっ……好きになさい。ほら、行くわよ」
即答したエストに思わず尻尾を激しく振ったシスティリアは、やはり彼の深い愛情にこそ惚れ込んだのだと気付き、顔を赤くした。
尻尾のみならず顔まで真っ赤に染めた彼女を見て、エストは嬉しそうに笑う。
家を出て、施錠したことを確認したエストは指を絡めて手を繋ぐと、昨日職員に店の場所を教えてもらったことを言わず、改めて2人で見て回ることにした。
整えられた石レンガの道を歩き、武具屋に酒場、パン屋にアクセサリーを売る露店の前を進んで行くと、昔懐かしい初代賢者の像がある噴水に着いた。
「懐かしいわね。ここで旧帝国の話をしたのよね」
「うん。もしかしたら、師匠の生まれはこの近くなのかも」
「そうね、その時代に生まれたって言ってたわ。なんだか運命を感じちゃう場所に住み始めたのね」
ただ知識として持っていた旧帝国の歴史も、魔女の過去を知ってから認識すると、また違った印象を抱けるようになる。
そこには魔族との戦いも、人間の恐ろしさも存在し、悪と不幸が積み重なった結果に今のエストが在るのだ。
「歴史は今を教えてくれる。僕らが生きた証を残せば、未来で子孫や僕らを知った人が、“今”を実感してくれるのかもしれない」
「急にどうしたのよ?」
「僕らは歳をとると死ぬ。師匠や先生と違って。だから、ちゃんと残していかないと、と思って」
「アンタねぇ……! その歳で考えることじゃないわよ!」
「ははっ、確かにそうかも。でも、魔道書に僕の知識を残した方がいいよね?」
「当たり前よ。その魔道書が写本されて世に広まれば、どれだけの人が救われるか分かったもんじゃないわ。でも……それが理由で争いも生まれるでしょうけど」
優れた力が一点に集まれば、それを巡って争いが起きる。だが、優れた力で溢れた世界は、破滅に向かって争いが起きる。
魔族という天敵を排除し、生存しやすくなった世界では人間同士の争いが増えることだろう。
エストの魔道書がその発端になる可能性は充分にある。だからこそ、エストは容易に魔道書を公表出来ず、慎重に知識を放出しているのだ。
「でも、何となくわかるんだ。人間同士の争いは、きっと先生たちが止めるし、終わらせるって。あの人たちほど平和を願ってる人なんて居ないからね」
「それもそうね。じゃあアンタ、かなり自由に出来るじゃない」
「自由だからこそ、慎重になるんだ。魔術における“自由”は、強力な武器になるから」
ゆえにシスティリアを守り、愛し抜く力になるのだと言うエストの魔術は、誰よりも自由な術式で組まれている。
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