第439話 剣士レイの一撃


 響き渡る開始の合図が、少女の鞘から刃を抜かせた。

 初戦で見た先手必勝の戦法を警戒し、試合開始直後、少女のパーティは森に散開する。



「流石に同じ手は打たないか」



 人数差は5対4。抜き身の剣を握ったままの少女……レイのチームが有利だが、戦力差は天と地の差がある。


 それ程までに、相手に居るウルティスという少女は規格外。

 しかしウルティスは、魔術の天才でも、剣の天才でもない。


 ただ、魔術の頂点と、剣士の頂点と、獣人の頂点に教育を受けただけの、天真爛漫な少女だ。


 環境が人を変えるとは言うが、ウルティスはその最たる例だろう。エストに拾われ、育てられ、孤児という環境から変わっただけで、非凡な魔剣士になった。



「憧れる。けど……羨ましくはないかな」



 凡才が非凡になる。言葉にしてみれば、ただ枠を外れたような感覚だが……本人は血反吐を吐いても鍛錬から逃げられず、元々持つ常識はおろか、一般人の感覚すらも破壊しなければならないのだ。


 信じていた世界を捨てるというのは、並大抵の人が耐えられるものではない。



「分かってる。ウルティスさんは強い」



 敵を知る。それは、戦いにおいて基本中の基本。

 己を知る。それも、戦いにおいて基本中の基本。

 では、その基本が出来ている選手はどれだけ居るか?


 答えは……全体の2割。

 己を知る術は持てど、敵を知る術は持たない。

 魔術師における知識とは、すなわち武器そのもの。もし『自分はこの魔術が使えます〜』なんて言うのは、敵に対し作戦の全てを明かすようなものなのだ。


 ゆえに高位の魔術師ほど、他の魔術師と対立する。

 相手が情報を明かさないと分かっているから、自衛するしかなく、自然と『○○という魔術は知っていて当然』という思考になり、後輩の魔術師育成に支障が出る。


 その点、剣士は己の手の内を明かしたところで、相手に読まれることはない。


 武器を見せ、剣術の流派を見せ、それでもどちらが勝っているか判別出来ない。

 魔術師がいがみ合う反面、剣士は真正面からぶつかり、甲乙つける傾向がある。



「……居るんだろう? ウルティスさん。君はまず、私から倒しに来るはずだ」



 静かな森の中、レイが腹から声を出す。

 数秒後、近くの木陰から、ひょっこりと狼の尻尾が顔を出した。



「ありゃ? 作戦、バレてた〜?」


「……ホントに居た」


「えへへ、レイ、剣士でしょ? いっかいやりたかったんだよね!」



 驚くレイに反して、ウルティスはニコニコしている。

 だが、それが本心からの笑顔ではなく、作り笑いであることを見抜けたのは4人しか居なかった。


 ……特別席に居る、ウルティスの家族のみ。



 次の瞬間、いつにない真剣な表情で剣を構えたウルティスが、音もなくレイの前で立っていた。

 目で追えない速度で近付かれたレイは、喉を鳴らして構え直す。


 この時点で決着は着いているが、改めて一騎打ちが始まる。



 開始の合図は無い。



 お互いが同時に踏み込んだ瞬間、ウルティスの下から掬い上げるような切り上げを剣の腹で受け流し、剣に流れる力を逃がすと同時に追撃する。


 しかしそれをウルティスは読み切り、姿勢を低くして横薙ぎの追撃を回避すると、地面に片手をついたまま足を伸ばし、体を一回転させる。


 あまりにも低い攻撃だが、レイはその場で跳ねてウルティスの蹴りを避けた。

 ……が、そこで悟った。


 のだと。


 人間は空を飛べない。一度空中に飛び上がると、その後は重力に従って着地する。

 つまり、着地する瞬間は明確な隙が生まれ、ウルティスは最初からそれを狙って動いていたのだ。


 この戦闘センスは、天賦の才ではない。

 剣だけでなく体の使い方も教えた、システィリアによる鬼のような特訓によるもの。


 ウルティスは過去、これを蹴りではなく刃で何度も足首を飛ばされ、痛みに泣き叫んだことがある。

 その経験が、今この瞬間、逆に相手に繰り出す機会を与えた。



「あたしの勝──っ!?」



 綺麗に着地点へ刺突を決めたウルティス。

 だがそこに、レイの姿は無かった。


 慌てて魔力探知を使い、彼女の位置を探る。

 すると、自身の背後に魔力の波がぶつかった。

 その瞬間繰り出されるは、レイの全身全霊の一撃。


 これ以降、攻めに転じる機会が無いと確信したからこそ出せる、全力を込めた袈裟斬り。


 ウルティスは瞬時にレイが右利きであることを思い出し、彼女から見て右上から左下にかけての剣筋を読むと、右側へステップを踏む。


 しかし、レイの斬撃が早いか、振り下ろされた剣はウルティスの左耳と左手の小指を切り落とした。



「へぇ……つよいね」



 ウルティスの心からの賞賛には、多分に悔しさが混ざっていた。

 剣を振り下ろした姿勢のレイだったが、指を斬った手応えを感じた次の瞬間、ステップを踏んだウルティスの強力な横振りで腹の真ん中まで刃がくい込んだ。


 そして痛みによる熱が体を駆け巡ったと思うと、レイの体は瞬時に炭となり、場外へ送られた。



「……早く終わらせなきゃ。お耳、お兄ちゃんが悲しんじゃう」



 即座に左手の小指を焼いて塞ぎ、耳も同様に止血をすると、残るチームメンバーを倒しに、森を奔走するウルティスだった。






「今のがエストが期待してた子かしら?」


「……いいや。ただ、今ので期待してしまうね」


「へ〜、じゃあ土壇場でアレをやってのけたのね。彼女、中々才能があるじゃない」



 レイとウルティスの戦いを観ていたエストたちは、レイが一瞬にしてウルティスの背後を取った技を高く評価していた。



「着地点を読まれたと理解して、自身に風槍フディクを撃って吹き飛ばし、あまつさえ背後を狙って着地するか。素晴らしい技じゃの」


「剣筋も〜、悪くないね〜。普段から振ってる人〜」


「じゃが、ウルティスも判断が早かったの」



 両者を褒めて納得する魔女と頷くアリアだったが、隣のソファに座る夫婦は、首をぶんぶんと横に振っていた。



「遅いよ。自分の手が読まれることに慣れてないから、着地狙いが外れた瞬間に動揺した。あれは明確に生死を分ける迷いだったよ」


「魔力探知ってのも頂けないわね。それに勝利宣言も。あの子なら、ちゃんと見て読めたはずよ。仮に探知をするにしても、背後はまず最初に考えるべきだもの。魔力に引っかかってからじゃ遅いわ」



 経験の少なさが目立つ戦いだったと2人は言う。

 些か厳しい評価にも思えるが、ぬるさが許されるような教え方はしていないのだ。



「……膝枕されながら言ってものぅ?」


「膝枕しながら言われてもね〜?」



 言っている言葉は正しくも、話者の姿勢が悪かった。

 真剣なのか、ふざけているのか。

 少なくとも、2人の声は真剣そのものだった。




 その後、危なげなく勝利を収めたウルティスは、チームメンバーに指と耳を心配されるも、試合空間を出ると元通りになっていた。


 2回戦が終わると昼休憩の時間があるので、まだ他のチームは試合中だが、ウルティスは控え室を出てきた。



「ご案内します」


「うん、ミカお姉さん」



 扉の近くで控えていたミカが先導して歩く。

 流石は影と言ったところか、足音がしない。

 ウルティスは先程の試合を反省しながら歩いていると、静かな彼女が珍しいのか、ミカが歩くペースを少し落として聞いた。



「エスト様が何と仰るか、不安ですか?」


「……うん。ちょっとだけ」



 ウルティスが普段する反省なら、数分もすればすぐに顔が明るくなる。しかし今も俯いたままなのは、これから会うエストたちに、怒られると思っているからだ。


 明確な隙を作ってしまった。

 その後の対応も甘かった。

 慢心していた。


 パッと思いつくだけでも、評価の低い戦闘をしてしまったのだ。この、首を落としても死なない試合で。

 有意義な試合に出来なかったことへの反省も、ウルティスの耳を垂れさせる原因である。


 そんなウルティスに、ミカが言い放つ。



「魔術対抗戦は遊びです」


「……え?」


「魔術対抗戦というのは、殺し合いではありません。無論、やっていることはパーティ単位での殺し合いですが、真の目的は違います」


「真の目的?」


「価値を示すこと。戦える魔術師であることを知らしめる。近接戦も出来る魔術師であることを知らしめる。仲間を動かす頭脳があることを知らしめる……そういった、魔術師としての価値を示す場なのです」



 学生の時点で有能な人材だと分かれば、宮廷魔術師団は目をつけ、卒業後、或いは在学中から人材を引き抜き、育成する。


 そのために観戦席にも居るし、出場生徒に死なれては困る。


 このイベントは、元を辿れば戦争で活躍する魔術師の才能を発掘する、国にとっての宝探しの催しなのだ。


 学園生はまさに玉石混交。

 キラリと光る才があれば、路傍の石と見紛う凡才も居る。だが、どちらも平等に学べる機会を作ることで、魔術師として、ひいては帝国民として有能な人材の育成をしているのだ。



「ですが、それは他の生徒や開催者の目的。ウルティスさん個人の目的を思い出し、反省されるのがよいかと」


「あたしの……目的」



 戦える魔術師?

 そんなもの、もう知られている。


 剣も扱う魔術師?

 そんなもの、見れば分かる。


 戦術を立てられるか?

 それは……まだ出来ない。


 そもそもが違う。ウルティスがあの場に立つこと……否、学園に通うこと自体に、ウルティスの目的がある。


 友達は出来た。頼れるミカも居る。

 休みの日は冒険者もしている。

 たまに魔道具屋へ行き、話を聞いている。

 パン屋と仲良くなった。エストが愛食していたという、堅パンサンドもよく食べる。


 そんな生活に、そんな生活こそが、ウルティスの学園に対し求めたたったひとつの願い。



「あたしの目的は…………楽しむこと!」


「では、笑顔でなければ示せません」



 そう言ってミカは、帝国の紋章が彫られた扉の前に立つ。そんな彼女に、ウルティスが満面の笑みを見せた。


 そして扉が開けられると、中へ一歩踏み込む。



「お、来た来た」


「次の試合、始まってるわよ。早く来なさい」



 聞き馴染みのある2人の声の所へ行くと、尻尾を振ってソファの近くに立ち、寝転がって膝枕されているエストに飛びついた。



「ぐぇ……朝ご飯出るかと思った」



 何とかウルティスを受け止めたエストは、怒ることなく、整った髪型を崩さないよう優しく頭を撫でた。



「お兄ちゃん、あたしね、楽しいよ!」


「……そっか。じゃあしっかり、戦いを楽しもう」


「うんっ!」



 花が咲いたような笑みを向けるウルティスの隣では、森の中で1対4の不利戦闘を、中級水魔術の同時詠唱で勝利するアーティアが映っていた。

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