第34話 女子寮に突撃!

「あれ? メルさんは来ていませんの?」


「どうしたんだろう? エスト君も居ない」


「……確かに。何かあったのでしょうか?」



 翌日の授業に、2人の姿は無かった。


 メルはショックで寝込み、エストは単純に寝坊した。慣れない予定に疲れたのか、気づけば昼まで眠っていたのだ。


 ユーリとクーリアが心配する頃に、エストはようやく目を覚ました。


 枕元の懐中時計を開くと、時刻は昼過ぎ。



「……マジかぁ」



 久しぶりにアリアの口調が移ると、着替えを始めた。

 これから授業に出ても面白くないため、メルの部屋に突撃しようと思い立った。


 ただ、この時のエストは寝ぼけており、本来ならメルが出席していることに気づけなかった。


「女子寮は……ここか」


 校舎という名の城を挟んだ反対側が女子寮である。

 朝のランニング中、前を通ることがあったが女子寮だと思わなかった。


 寮の外観は、男子寮と同じ大きな館である。


 エストは何気なくドアを開けて入ると、廊下を掃除していた寮母が凄まじい速度で走ってきた。



「ここは男子禁制よ! 帰りなさい!」


「そう。メルの部屋はどこ?」


「え……え? だから、入っちゃダメです!」


「わかった。メルの部屋は……あ、見つけた」



 寮母の注意も聞かず、魔力感知でメルと思われる魔力を感じ取った。

 あまりにも堂々と入っていき、迷いなく2階に上がっていくエストを見て、つい寮母は見送ってしまう。


 メルの部屋は、エストと同じく2階の一番奥だった。


 コンコン、とノックをするが返事は無い。


 ドアノブに手をかけるが、鍵が掛かっている。

 しかしエストは完全無詠唱の氷像ヒュデアで鍵を作ると、躊躇なく開けた。



「……だ、誰!?」


「おはようメル。元気?」


「エ、エスト君……? なんで私の部屋に?」


「なんとなく。起きたら昼だった」



 遠慮もなしに部屋に入ったエストは、寝巻き姿のままベッドに座り込むメルの前に立った。


 目を伏せるメルを、じっと観察する。



「髪、結んでないのも良いね」


「……え?」


「部屋の中だけっていう、特別感がある」



 昨日と全く変わらない様子で、メルを褒めた。

 エストは無表情だったが、心からの言葉であり、そこにお世辞や嘘は含まれていない。


 メルは思わず顔を上げると、すぐ目の前にエストの顔があった。


「えぅ……あ、あっ」


「どうかした?」


「ち、近い……です」


 顔を真っ赤にして答えると、エストは背筋を伸ばした。

 もっと近くで見ていたい。

 そんな本音を隠して、メルはちゃんと言い切った。


「そっか。とりあえず、着替えて」


「え? どこか行くの?」



「昨日の予定が残ってる。あの後は公園で食休みをした後、服屋に行く。それから、軽く夕食を食べて解散」



 今からデートの続きをしよう。

 そんな提案が、エストの口から出ていた。

 エスト本人はデートなどと思っておらず、残った予定を消化してスッキリしたいという気持ちが殆どだ。


 ただ、僅かに。

 ほんの僅かだが、メルに笑顔でいて欲しいと思った。


 今の暗い顔は、メルに似合わない。

 下ろした髪は似合っても、表情がダメだ。


 笑顔にするには、喜んでもらうには。

 また一緒に帝都を巡る。

 それが最善だとエストは考えた。



「……うん、わかった。それじゃあその、着替えるから……お部屋の外に」


「ダメ。廊下に番人が居る」


「番人?」


「風魔術の複合魔法陣がドアの前に展開されてる。それも、かなり上手い」


「……フウネさんかも」



 メルの読みは当たっていた。

 寮母フウネは、エストが堂々とメルの部屋に入った後、出てきたところを捕まえるために風魔術を展開している。


 廊下には本人が待機しており、いつでも発動の準備はできていた。



「後ろ、向いておく」


「う、うん。絶対、見ちゃダメだからねっ」


「フリ?」


「違うから!」



 エストはメルに背を向けると、ドアの向こうにある風魔術の解析を始めた。


 その魔法陣は、感じれば感じるほど隙のない魔法陣であり、マリーナですら比較にならない精度で組まれている。


 術式自体は初級の風球フアだが、わざと色の要素を抜いていることから、本気で出待ちしていることがわかった。



「本当に上手い……でも循環魔力に穴がある」



 魔法陣の内容には一寸の隙も無いが、魔法陣自体には僅かな穴がある。


 魔法陣を維持するための循環魔力。

 そこに小さな綻びを見つけた。


 出待ちをする以上、即座に発動できるよう目の力を頼っているのだろうが、それが原因で魔力の管理が甘い。


 エストは寮母の魔法陣に全く同じ風の魔法陣を重ねると、循環魔力の穴から自分の魔力を流し込んだ。


 すると、魔法陣が霧散した。



「上手だった。師匠か僕相手じゃなければ、壊されなかっただろうね」


「……嘘ッ!?」



 部屋の外で驚くような声が聞こえると、メルの方も準備が出来たらしい。

 今日は白のシャツと黒のズボンで行くようだ。頭から、茶、白、黒と、オシャレにまとまっている。



「それじゃあ行こうか」



 エストはメルの手を取ると、ドアを開けた。

 魔法陣の話を思い出し、咄嗟にメルが足を止めるが、エストがあまりにも堂々と歩き出すものだから着いて行くしかなかった。


 ドア前の魔法陣は消えており、廊下の隅で頬を膨らませた若い寮母が見守っている。



「フウネさんの魔術も乗っ取ったの?」


「ううん、破壊しただけ。循環魔力を少し減らして作るのは、多分あの人のクセなんだろう。もう5回は壊した」


「わぁ……えげつない」



 魔術学園の寮母は、学園長が認めた魔術師しか務めることができない。

 そのため、並の生徒はおろか成績優秀者でも寮母に敵わない。


 しかし、エストには魔女の教えがあり、寮母の魔術でも壊せてしまう。堂々と部屋を出た理由は、力の証明でもあった。


 メルは手を引かれながら学園の敷地を出ると、小さく言葉をこぼす。



「ごめんね。昨日は帰っちゃって」


「謝らなくていい。多分、僕が理由だと思うから。メルには……笑顔でいてほしい」



 しっかりと目を見て紡がれた言葉は、メルの悔恨を溶かしていく。冷たい印象のエストから受け取った思いは、メルの心の奥深くに届いた。



「……うん。ありがとう、エスト君」



 そうして残りのデートを楽しみ終えると、陽が沈もうとしていた。


 エストは女子寮の前までメルを見送ると、自室で新たな魔法陣の研究を始める。

 一方メルは、寮母を中心に色んな女子から『あの男子は誰!?』と問い詰められていた。


『もしかして彼氏?』という言葉に顔を真っ赤にして否定するメルを見ては、からかう女子達なのであった。

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