第134話 遅れすぎた英雄


「それでだな。褒美の話の前に、言いたいことがある」



 大きく息を吸い込み、口角を上げて叫ぶ三ツ星冒険者ジオ。



「お前ら、魔族を倒すのが早すぎんだよッ!」



 ナバルディの執務室にて、全員がソファに座ってすぐにジオは切り出した。



「殺し合いに時間をかけてもしょうがないよ」


「そうだな。特に魔族相手は速度最優先で殺しにかかるべきだ……だがな、いつ情報を掴んでぶっ殺したんだ?」



 魔族を倒すためにドゥレディアへ来たと思っているジオは、たまたま旅の道中で遭遇、交戦しただけだと言われると、良くも悪くも運に付き纏われているなとため息を吐く。


 運良く大きな被害が出る前に戦えたが、そもそも出会ったことが不運であり、結果的に街に被害を出してしまった。


 そもそも何故あの場に万象のナトが現れたのか、エストたちはまだ知らない。



「万象のナトが居た痕跡を見つけたんだ。カスみてぇな異界式ダンジョンの奥に、天然の転移の魔法陣が残されていた」


「……模倣した魔法陣じゃなくて?」


「ああ。奴はお前みたく何でも使える魔力だったんだろ。俺を真似た魔法陣からオリジナルを導き出して、独自に転移を繰り返して情報を集めていた」



 万象のナト。その名前は目に隠された模倣する力が理由だと思っていた3人だが、今の話を聞くと本当に万象を操れたのかもしれないと思う。


 心掠のマニフは闇魔法に特化した催眠系のエキスパートだったが、万象のナトはあらゆる魔術を幅広く使う、言ってしまえば賢者に似た者だった。


 そこでジオは数十枚の紙の束を机の上に置くと、魔術の情報が書かれていたのを見たエストが受け取った。


 パラパラと捲っていると、それがナトの学んだ魔術ノートであることが分かる。



 数百年以上書き記し続けたのだろう。

 途中から紙の材質が変わり、行使の際に気をつけるべき細かい注意点が増えていた。人の使う魔術だけでなく、魔物の使う魔法まで研究しているのだから、目の前に置かれている物の価値は凄まじい。


 人として生きていたら、何世代にも渡って幸せに生きられる学の結晶だ。



「うん、しっかりしてる。理論は完璧だね」


「……何か含みがある言い方ね」


「魔術は理論だけじゃ完成しないんだよ。これは曖昧さが欠けたガチガチの術式。そこに汎用性も無ければ特別性も無くて、発動が早いだけの弱い魔術になる」


「確かに……言われてみれば『想像』の要素が薄いわ」


「あの魔族は魔術師じゃない。『なぜ』を突き詰めた研究者だよ。戦うのが苦手だったと思う」



 それもまたひとつの道だが、魔族は根底に人類を食い殺す意思がある。

 相容れない存在である以上仕方がない。

 研究思考も手を取れる相手なら輝けるが、魔族がゆえに殺し合いになった。



「やはりお前は分かるか」


「あの狂気には一貫性を感じた。多分、自分が狂ってないとダメだって思考に囚われたんじゃないかな。魔術師にもよくあることだし」


「狂ってないと? どういうことかしら」


「簡単だよ。自分のやることに疑問を持ったんだ。人を殺すために人の編んだ魔術を学んで、それが本当に正解なのか疑った。その結果、本来は曖昧であるはずの魔術の理論を突き詰めた」


「魔術師としては半端者だ。魔族としてもな。ただ、あの目だけで脅威となった。五賢族で最も弱く、場合によっては最も面倒な相手になるのがこの、万象のナトという魔族だ」



 魔術師としてのエストと、賢者としてのジオ。

 最も人間に近づこうとしていたナトをそれぞれの観点から推察し、最後には魔族を演じる形で死んだと結論づけた。


 そんな魔族をジオが駆けつける前に、それも2ヶ月以上前に倒したということで、彼は少々焦っていた。

 いや、焦っていたのではない。

 魔族との戦いに終止符が打てるかもしれない状況に足を震わせていたのだ。


 心を落ち着かせようと話題を変え、ずっと気になっていたことを言う。



「そういえばお前がシスティリアだな。像より大人びている」


「2年以上も経てばアタシだって変わるわよ」


「ふむ……悪くない。むしろ良い」



 システィリアを観察するように見るもので、エストは表情を変えないものの部屋の温度を数度下げた。

 あまりに鮮やかな氷魔術にジオは気づくのが遅れ、時空魔術を半分習得してからというものの、どんどん腕を上げていることを実感する。


 空間への理解が深まったことにより、魔力の流れをコントロールすることで発動を隠していた。


 静かに殺意が向けられれば、万が一の可用性がある。

 ジオは歯を出して笑うと、エストに向き直った。



「なるほど、お前の弱点だな。しかし気持ち悪いぐらいに腕を上げたな。やるじゃないか」


「先生は停滞している。システィにをさせるって言うなら、僕は守るために先生と戦うよ」


「そう怒るな。別にお前の女を盗ったりしない。ただ魔族に対抗する戦力には充分だと思っただけだ」



 だから目をつけるなと言いたげなエストは、いつの間にかナバルディの従者が運んでいたお茶を飲み干した。

 ふんぞり返るように座り直すと、部屋の主であるナバルディから声がかかる。



「そちらは賢者リューゼニスでよろしいか?」


「あ? ダメに決まってんだろ。俺はジオだ」


「失礼、ジオ殿。それで、何用でこちらに現れたのだ? 今この国は復興に忙しい。丁寧なもてなしはできないぞ」


「ンなもん要らねぇよ。俺は魔族の確認に来ただけだ。一応言っておくが、この国は奴に乗っ取られかけていた。俺をもてなすぐらいなら、それを未然に防いだコイツらをもてなせ馬鹿野郎」



 口調も荒々しく、一言余計だが、ナバルディにとって最も認識を改めなければならないことを言い放つジオ。

 そう、べルメッカは……ひいてはドゥレディアは、エストらが居なければ魔族の手に落ちていた可能性があるのだ。


 その証拠はジオが持ってきた書類の一番上にあり、万象のナトが力をつけるに辺り、どの国から攻めるかの精査がされていた。


 国土や地形、軍や魔術師団の熟練度から特産品などの貿易関係と、隅々まで調べ上げられていたのだ。


 そうして最も攻めやすく、乗っ取っても人族に気づかれないであろうドゥレディアに狙いを定めたところ、不運にも魔女と賢者の弟子に遭遇してしまった。


 それがどれだけ国にとって幸運であり危うい状況だったかを説明したジオは、少し誇らしげに語っていた。



「魔族は例外なく闇魔術を使える。それも、呼吸するようにな。だから他の国の王族や貴族は魔道具で防ぐんだが、お前は一切対策していない」


「……魔族など、もう居ないと思っていたのだ」



「甘えんな。今残ってる魔族は最強格の5人だ。既にどっかの誰かのおかげで3人まで減っているが、他の奴らは下級の魔族を生み出す奴も居る。雑魚は俺が処理しているが、本命を叩かないとキリがない。常に警戒を怠るな。この世から獣人族を消したいなら話は別だがな」



 魔族の危険性は代々語り継がれているが、ドゥレディアではその地形上、『賢者が魔族を倒した』程度の話しか知らない。

 今もなお魔族は生きていて、それも数を増やせるとなれば話は変わる。


 ここに来て起きた出来事の重大性を理解したナバルディは、静かにジオの話を聞いた。



「いいか、残りの五賢族は3人。雷光のリーチ、深海のイズ、灰燼のギド。それぞれ化け物みてぇに強い魔族だ。既に死んだマニフとナトは下から2番。だがコイツらは、まさに次元が違う強さを持っている」



 右手で小指と親指以外の三本の指を立てると、これまでとは比べ物にならない死闘になると言う。

 付けられた二つ名からその特性は読み取れるが、それはジオにとって……賢者にとって越えられない壁を示している。


 彼の魔力は、あくまで幅が広いだけで特化したわけではない。4大属性の適性ならジオの方が強いだろうが、光や闇、そして上位属性ともなると、そちらの方に軍配が上がる。


 1を極めた者と100を磨いた賢者では、埋められない差というものがあるのだ。


 そんな賢者の魔力を破壊したのがエストだが、彼はまだ他の尖った者たちと交流が無いために、その自覚はない。



「いずれ戦う時が来る。備えておけよ」


「そいつらは……今も生きてるってことよね?」


「ああ。流石に勝てねぇから時空魔術で閉じ込めたが、いつかは破られる。その時はエストとシスティリア、そして俺の3人が真っ先に狙われるぞ」


「ど、どうしてよ! アタシとエストは関係ないでしょ!?」


「お前なぁ……既に2人ぶっ殺してんだぞ? ついでにそこのドワーフも…………ちょっと待て、お前デウフリートの弟子か?」



 改めてブロフの顔を見るとハッと思い出したように偉人の名前を口にする。


 それは、遠い昔の話。

 リューゼニスが自身の魔力に耐えられる杖を探していた時に、名乗りを上げたドワーフだ。

 弱い魔族をひたすらに狩り続けるジオに、20年かけてその杖を鍛えた職人の隣に、小さなドワーフが居た。


 まだ幼いドワーフを初めて見たリューゼニスは、それはもう珍しそうに観察した。



「久しぶりだな。オレはヴゥロフだ」


「あの時は髭も生えてないガキだったのにな」


「デゥフリィトにも言われたぞ。髭も生やさずして何が鍛冶師だってな」



 心から嬉しそうに握手をする2人に、エストは首を傾げながら問う。



「先生、ブロフと知り合いなの?」


「昔会っただけだ。お前の杖を造る時に居たのがコイツだ。じっとデウフリートの仕事を見て、鍛冶師になったと聞いていたが……どうしてここに居るんだ?」


「今のオレは戦士だからな。鍛冶師として稼ぐのは辞めた。オレは火に向かうより、魔物と戦う方が似合っている」


「面白いな。是非とも魔族をぶち殺してくれ」



 あまりにも世間から逸脱した者が集まりすぎた空気感に、ナバルディの従者は肩に汗を垂らした。


 話を聞いている限り、本物の賢者とその弟子、そして耳を見れば分かる伝説の白狼族と伝説の鍛冶師の弟子……オマケにドゥレディアの代表が居るのだ。


 国の頭が霞むほどに異常な者たちが集まってしまい、胃が痛くなる。

 知れば知るほどあの3人が魔族を討てた理由が飲み込め、同時にそんな人が観光目的で来ていた幸運に感謝する。


 いま目の前で起きている交流会は、歴史的な瞬間であると同時に、人類の敵が居ることを示す絶望の啓示とも呼べる。


 静かに唾を飲み込むと、そそくさとお茶のおかわりを用意するのだった。




「ご褒美の話、どこに行ったのかな?」

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