第133話 後悔は心の底に
それは、復興開始から2ヶ月が経った時のこと。
失った家の8割がエストの魔術によって再建されると、徐々にではあるが住民たちの生活が戻り始めていた。
家を失った者たちだが、ナバルディから資金や物資の援助も出たことで、困窮するほど苦しまずに生きることができている。
そして、援助のタイミングでエストを立てることで人族への印象の緩和を促したこともあり、べルメッカに住む獣人族は、人族へのわだかまりをとかしていった。
今ではウィルが居なくても獣人と会話ができるくらいに成長したエストは、週に一度の休日を楽しんでいる。
「はぁぁ……システィを抱きしめている時に生きている実感が湧く」
「アンタ、日に日に隠さなくなってきたわね」
「元々隠してないよ。前よりももっとシスティのことを知って、もっと好きになってるだけ」
「……っ! そ、そういうとこよ!」
毎週の楽しみ。それはシスティリアと丸一日を共にすることだった。
炊き出しの必要が無くなった彼女が、傭兵として魔物と戦ったり、街で売られている食べ物や装飾品の話など、穏やかな日常の話を聞く。
2人の仲を周知している街の人々は、システィリアが買い物に行くと2人分のオマケをしたり、結婚生活で気をつけるべきことを話したりしていた。
「ここまで来るのに、思った以上の時間を使った」
「そうね……って、まだ終わってないわよ?」
「うん。でも、そろそろ次の目的地を決めたいんだ。ブロフは『好きにしろ』って言ってたけど、システィは──」
「アンタと一緒ならどこでもいいわ」
「そう言ってくれると思ってね。考えたんだ」
学園に行く前から頭に叩き込んでいた大陸内の地図を思い出し、次に行ってみたい場所は既に決めていた。
少し危険なダンジョンがあるが、観光地として人気があり、魔族との戦いや復興で疲れた体を癒せる場所。
過酷な砂漠よりは幾分か安全な、有数の温泉地。
「リューゼニス王国の北部。マース火山の麓にある街、ニルマースに行こう」
一説には、マース火山は元々はその活動を終えた死火山であったが、数百年前に炎龍が住み着いて息を吹き返したと言われている。
誰も炎龍を見たことがないので、伝承や噂程度の話だ。そこにエストは、伝承の真実を確かめる…………のではなく、純粋に温泉を楽しみに行こうと言う。
「今更感があるわね、リューゼニス王国なんて。確か、エストの本来の出身地なのよね?」
「多分ね。僕としては生まれも育ちもあの森だけど。それに、ギルドカードを作るぐらいでしか入ったことがないんだ。知るにはちょうどいい機会だと思ってさ」
「それもそうね。アタシも依頼でしか行ったことが無いし、旅行には良いわね」
他にも様々な理由はあるのだが、一番の目的は温泉である。ただ、その前にやるべき事が山のように残っているので、まだべルメッカから出られない。
今後の楽しみを話していたのも束の間、システィリアはエストを見て、真剣な表情で言う。
「……最近のアンタ、頑張りすぎよ」
「そうかな?」
「アンタには分からなくてもアタシは分かるわ。きっと心の奥で、街がああなったのが自分のせいだと思ってるんじゃないの?」
「……まさか」
思い当たる節があるのか、後ろから抱きしめていた腕を緩めた。振り返って表情を確認したシスティリアは、ゆっくりと体重をエストに預けた。
「アタシも一緒に背負うから、無理しないで」
街が戻るに連れて、一度失った事実が波のように押し返す。
もっと上手くやれば。
もっと強ければ。
もっと周りを見れていたら。
思い返すほどに、至らぬ戦い方をしたと理解する。
「……忘れてしまうんだ」
「……何を?」
「僕が弱いってことを」
今まで共に過ごしてきて、エストが弱いと感じなかった彼女が反論しようと息を吸う。
だが、その言葉が放たれるよりも先にエストが言った。
「変に力を手に入れて、気持ちよく発揮できる場所があった。そのせいで僕は、自分が強いと思い込んでいたんだ」
「……ええ、そうね。甘えられる環境を作ったエストが悪いわ」
「…………背負ってくれないの?」
「それが甘えられる環境なのよ。再会してからのアンタは、確かに強くなってた。でも、強くなりすぎたのよ。普通の人が命懸けの魔物も、アンタなら片手間で倒せる。疲れたらアタシがそばに居るから、精神面も余裕ができた。それが原因で心の余裕が油断に変わって、小さなミスが大きな結果を生む。違うかしら?」
元々、人より逸脱した才を持っていたエストは、ジオのもとで魔術を学ぶことで、更に飛び抜けて強くなってしまった。
2人旅の時はシスティリアの分も頑張ろうとすることで均衡が取れていたが、彼女も強くなった今、油断していることが多い。
心の底で『自分なら何とかなる』『きっと上手くいく』と思うようになり、べルメッカの半壊という結果を生んだ。
「……ううん。間違ってない」
「アタシが偉そうに言えた口じゃないけど、今のエストには叱ってくれる人が必要だわ。このまま強くなったら、ワガママな王様みたいになっちゃうもの」
「そうだね……反省してるよ」
「ええ。たっぷり反省して、街を戻すの。魔族に消された人や物は戻ってこないけど、家だけは返してあげること」
「うん。頑張って直すね」
「頑張りすぎって言ったのに……しょうがないわね」
システィリアは度々、エストのことを『賢いバカ』と言う。その理由は問題解決能力が高いくせに、頑なに譲らない頑固さを持っているからだ。
意外にも柔軟な対応が得意ではないエストを、上手く表したと自負している。
内心では、やっぱりこの人を支えられるのは自分だけだと思い、彼女もまた同じように週に一度の休みを楽しんだ。
そして翌日。
いつものように魔術を使って建て直していると、ウィルの背後から別の兵士が耳打ちをしていた。
話を聞いた彼が少し困ったように眉を上げ、心配そうにしながらエストに話す。
「エストさん、至急宮殿に集まってほしいとのことです。何やら変な人間が現れたとか……」
「変な人間? 今すぐ行こう」
詳しい理由を聞かずに宮殿へ向かうと、既にシスティリアとブロフが集まっていた。
どうやら2人も同じ理由で呼ばれたようだ。
いつもより警戒した様子だが、魔族のような濁った魔力を感じないことから、アイコンタクトで人名最優先で動くことを示した。
神妙な面持ちでナバルディの居る部屋の前に立つと、エストはノックをしてからそっとドアを開けた。
その瞬間、目では追えない速度で土の針が飛んでくるが、即座に亜空間に入れて方向を反転させると、術者に向かって跳ね返す。
カンッと硬いもので針が崩れると、エストは術者と顔を合わせた。
「よう、腕を上げたな。クソ優秀なバカ弟子」
「……確かに変な人間だ」
開口一番にエストを罵った男にシスティリアとブロフが睨むが、2人揃って目を見開いた。
整えられた黒い髪と同色の瞳。
高身長で線の細い青年の姿は、知る人ぞ知る世界最古の魔術師にして世界の英雄。
賢者リューゼニス改め、三ツ星冒険者ジオである。
「喜べ。今日はお前らに褒美を与えに来たぞ」
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