第158話 人知れず英雄


「近くのゴブリン58匹とオーク7匹、コボルト10匹。ついでにお婆さんの腰痛も治してきたよ」


「ああ……本当に貴方は神の使いだ」


「神? とにかく、荷物の確認をお願い」



 2時間程度で村周辺の魔物を狩ったエストは、村長と共に空き地で積み荷の確認をお願いしていた。

 何も無い所から現れた荷物に驚いたのは、何も村長だけではない。怪我の完治を喜んだ村人たちもまた、エストを神の使いのような目を向けていた。


 山のような箱を中身ごとに分けていくと、腰痛を治してもらった老婆は手を組んで跪く。

 流石にそれはやめて欲しいと言うが、老婆はやめなかった。



「食料は余裕があるから、少し困ったな。雪が降れば保存は効くが……」


「じゃあ氷の箱に入れておくから、必要になったら割って使って」



 エストは土器の箱にいくつかの保存食を入れると、それぞれを氷の箱で覆っていく。

 いくら保存食とはいえ、雨風に晒せば劣化してしまう。いつまでも美味しく食べられるようにと、数ヶ月は残る量の魔力を循環させれば、大量の冷蔵保存庫が完成した。


 土器も割れば自然に還るので、環境にも優しい。



「あと、防護柵が弱いし穴もあるから、防壁を作ろうよ。明日また来るから、その時までに範囲を決めておいて」


「ど、どうしてそこまでしてくれるん……ですか?」


「守りたいから」



 それだけ伝えたエストは、ついでに書類関係も明日受け取ると言うと姿を消した。

 皆が見ている中で突然消えたので、村中は騒ぎに包まれた。どこを捜しても見つからず、いよいよ本格的に神の使いではと、噂が広まっていく。


 一方エスト本人は、宿の近くに転移していた。



「あら、エスト? 上よ、上」


「……上?」



 声をかけられた方を見れば、部屋のバルコニーからシスティリアが手を振っていた。

 フードを脱いで手を振り返したエストは、正面玄関から入って部屋に戻る。出迎えてくれた彼女を抱きしめると、夕日に染まるマース火山を眺めながら今日のことを話した。



「流石に自重しなさいよ……祀られるわよ?」


「祀られるってそんな……え、本当?」



 冗談だと思っていたエストだったが、システィリアの真剣な表情に聞き返してしまう。



「初代賢者と似た道を辿ってるわよ? その調子で街、国と範囲を広げたら、もれなく偉人の仲間入りね」


「……でも、魔物に襲われる人は減らしたい」


「だったら覚悟を決めるしかないわ。アタシはできてる。胸を張ってエストの相棒だと名乗れるように、ここまで強くなったんだもの」


「……そっか。ありがとう」



 誰よりも心強い味方である。

 いざ表舞台に立った時、側に居てくれるのだ。

 だからといって自重しなくていい理由にはならないが、世間に広まっても独りになることはない。


 振った尻尾が背を撫でると、システィリアの肩を抱くエスト。



「とりあえず、明日あの村に壁を造るよ。ドゥレディアの復興でレンガを積むのも慣れたし」


「ええ。どうせ広まるもの。最初は派手にやったっていいわ。でも、次からはアタシたちに相談すること。冒険者としての経験は、アタシとブロフの方があるってことを忘れないで」


「うん。ちゃんと頼らせてもらうよ」



 約束通り夕方からはシスティリアと共に過ごしたエストは、翌朝にまた村へ向かう。

 村の中へは直接転移せずに、少し離れた場所から歩いていくことにした。


 近辺に魔物の気配はなく、しばらく村人の安全は確保されたようなもの。

 ゴブリン討伐の依頼報酬を楽しみにしながら村の敷地を踏むと、村人たちが大騒ぎで歓迎を始めた。



御使みつかい様! 本日はどのように?」


「御使い様! 村長の指示で防護柵を取り払っております!」


「御使い様!」



「…………システィ、あの話は本当だったよ」



 祀られる……とまでは言わないものの、本当に神の使いだと信じた村人が多く、エストの心が休まる場所はなかった。


 村人の声に耳を塞ぎながら村長の家を訪れると、いきいきとした村長が書類を片手に現れた。



「これは御使い様。防壁の件ですが……」


「はいはい。範囲だけ言ってくれたらそれでいいよ。あと御使い様はやめてくれる? 誰にも仕えてないから、僕」


「あはは……しかし噂が」



「やろうと思えばこの村を火の海に変えられる。隠れて呼ぶくらいなら構わないけど、僕に直接言うのはやめてくれるかな」



 怒気を込めてそう言うが、村長は数度頷くだけでエストを真っ直ぐに見つめた。

 その瞳には、確かな信頼が宿っていた。



「ええ、分かりました。しかし、貴方はそんなことをしないでしょう? そうでないと、あんな風に食料を小分けにしていただけませんよ」


「……そう」



 これ以上は話しても無駄だと判断すると、差し出された紙に記された防壁の予定地へ向かうエスト。

 付き添いは責任者である村長だけでいいのだが、エストの姿をひと目見ようと村人が大勢着いてきた。


 防壁の範囲はそこまで広くなく、村をすっぽり覆う程度のものである。しかし、それでも村は大きく、一日で終わる作業ではない。


 まずはレンガの道を作って壁の範囲を決めながら、地形操作アルシフトで木々を動かすことにした。



「す、凄まじい……森が動いている……」


「森じゃなくて地面ね」



 木がレンガの道をズレる度に声が上がり、そこまで珍しい魔術じゃないだろうにと思うエストだが、仮にも地形操作アルシフトは上級魔術。

 使える者は限られており、村人の反応も妥当のものである。


 そうして半日かけて壁を建てる範囲にレンガを敷き詰めたエストは、システィリアに作ってもらった弁当を食べていた。



「彩り豊かな昼食ですな」


「一品ずつパンで挟むからわかんないけど、結構野菜が多いんだよね。システィには感謝だよ」


「システィ、とは?」


「僕の婚や……お嫁さん。世界一可愛くて、綺麗で、強いんだ。毎日一緒に居て楽しくて、生きてて良かったって思える」


「……愛し、愛されているのですね」



 仕事中とは違い、笑顔で話す素振りから心の底から愛していることが伝わった。手料理を美味しそうに食べ、一緒に居ることが生き甲斐だと言えるパートナーは、世にひとりしか居ないだろう。


 そんな相手と巡り会えた相手の女性を祝いながらも、村長は微笑ましくエストを見ていた。



「ごちそうさま。僕は作業に戻るよ。村長は昨日の依頼の件をお願いね。夕方にまた来るから、その時に受け取るよ」


「もちろんです。お気を付けて」



 村長と別れたエストは、敷いたレンガの上に砂、粉末粘土、水を合わせたペーストを塗り、その上にまたレンガを重ねていく。


 これは復興作業の時に建築専門の獣人から聞いた、膠泥こうでいという建築材料のひとつだ。


 地域に寄っては砂の代わりに牛糞や藁を入れたりすることもあると、家を建てながら聞いたものである。

 それらを利用して建てた建築物は丈夫であり、防壁だけでなく様々な場面で活用できるそうだ。


 建築関係は土属性の専門だと思っていたエストにとって、水も重要という言葉で認識を改めるには充分だった。



「半日で縦2つしか積めないか……人手がほしい」



 また日が暮れるまで作業をしたエストは、復興作業でも感じた人手不足に頭を抱えることになった。

 とりあえず今日はできるところまでやると、村長から依頼関係の書類を受け取り、システィリアの元へ帰った。


 昨日の違い、少し疲れが見えたのか、ベッドで横になって撫でられていた。



「システィ……明日、暇?」


「エストのためなら時間ぐらい作るわよ」


「……一緒に壁、建ててくれないかな」


「そんなこと、昼にでも言ってくれたらいいじゃない。依頼外のことなんだし、アタシもブロフも手伝うわよ」


「じゃあ……お願い。魔力的にも結構な重労働なんだ」


「任せなさい。アタシたちは並の冒険者より丈夫だもの。3倍以上の働きを見せてあげるわ!」



 やはり頼もしい存在だなと、痛感するエストだった。

 そして、そんなエストに頼られることがたまらなく嬉しいシスティリアは、今夜もエストを抱きしめながら眠る。


 少し冷えた夜は、彼女の温もりが心地の良い眠りに誘ってくれる。



 翌朝、少し寝坊したのは2人だけの秘密である。

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