第157話 運搬の依頼


「今受けられるものですと、南の村のゴブリン討伐、同じく村長さんへの荷物の運搬、あとは木材運搬となります」


「じゃあ全部受ける。情報ちょうだい」


「……ひとつずつお願いします」



 面倒だなと思いつつも、速度優先で荷物の運搬を受けたエスト。

 どうやら期限にはまだ猶予があるらしいが、運ぶ荷物に薬や保存食が含まれていることから、これは急ぎでやるべきだと感じた。


 ついでにゴブリン討伐や他の依頼も現地で受けられる可能性を信じ、受付嬢に言われた荷物の置いてある場所へ向かうと、その量に頭を抱える。


 見上げるほど山積みになった樽や木箱に詰められたそれらは、明らかにひとりで運べる量ではない。

 恐らく、同じ依頼を受けた他の者も、この量を見て諦めたに違いない。



「期限が長いのはそういうことか」



 だが、エストには問題ない。

 半透明な魔法陣をかざすことで、全ての荷物がその場から姿を消す。これが亜空間。これが空間魔術だ。


 ジオは言っていた。

 空間魔術は戦闘には向かないと。


 それはつまり、戦闘以外では役に立つ場面があるということ。そのひとつは、こういった大量の荷物の運搬だろう。


 引っ越しや手荷物を減らすにも便利で、使う魔力も慣れたら少なく感じる。



「……行こうか。久しぶりのひとりの時間だ」



 以前はどこでひとりになったかを考えれば、年単位の話になる。

 修行が終わり、システィリア再会するまでの間。

 更に遡れば、旅を初めてすぐのこと。いつの間にか仲良くなっていた鳥のネフと出会うまでの、帝都から最初の街までのことである。


 ニルマースの門を抜けて南へ進みながら、エストは考える。


 自分は長らく孤独を感じずに過ごしてきた。

 物心がついた時から魔女やアリアにべったりで、学園に入ってからも浮くことはあったが常に隣に誰か居た。

 対抗戦が終わり、旅に出てからもネフやシスティリアが側に居て、完全な独りの状態は滅多にない。


 それはきっと、幸せなことである。

 ガリオも言っていた。『お前は恵まれている』と。

 たまの独りにそれを実感するのだから、やはり先輩の言葉は正しかった。


 あの日彼女と出会い、喧嘩し、助け合い、そして好きになり……お互いに強くなった。

 それだけではない。

 まず、魔女に拾われたことが恵まれていた。

 優しく、時に厳しく。甘え方を教えてくれた魔女とアリアの元で育ったことは、今のエストの大部分を形成している。


 そう思えば、感謝の想いが込み上げてくる。

 この幸せをどう返したものか。

 親孝行はどうしたらいいのか。

 まだまだ経験は浅い。

 できないことも、やっていないことも多いのが現状だ。


 少しずつ成長しながら、感謝の返し方を学ぶことが今のエストにできることである。



「あ、着いた。どこに置けばいいのかな」



 考えを巡らせているうちに、目的の村に着いてしまった。村の周囲は簡単な防護柵しかなく、確かにこれだとゴブリンでさえ危険だと感じる。


 まずは荷物をと、近くで薪を割っていた男に話しかけた。



「依頼で荷物を持ってきたんだけど、どこに置けばいい?」


「えっ、遂にあの依頼を受けてくれたのか!? えっと確か村長の家の横に空きがあるから、そこに運んでくれ」


「わかった。ありがとう」


「あ〜……荷物は?」


「大丈夫だよ」



 少し風が冷たい。そろそろ冬が訪れる。

 フードを被ったエストは、受付嬢から貰った紙に描かれた、村長の家を探した。

 あまり大きく発展していない村のおかげか、ひとつだけの立派な家を探すには苦労しなかった。


 まずは報告した方がいいと思い、木の板を張り付けただけのドアに、コンコンとノックをする。



「……外出中かな」



 待てど暮らせど反応は無い。

 他の村人に居場所を聞こうと思った瞬間、家の中から呻き声が聞こえた。


 ドアを蹴って破壊し、中に入ったエストは、声のした部屋を探す。

 すると、寝室のベッドの上で苦しそうにしている壮年の男が居た。

 男は脇腹を抑えており、よく見れば服に血が滲んでいる。これなら治せるかもしれないと、エストは杖を構えた。



「病気だったら治せないけど……回復ライゼーア



 男の上に現れた黄金の多重魔法陣が輝くと、荒かった息がスっと落ち着いていき、驚愕の目でエストの方を見た。



「き、君が……助けてくれたのか?」


「うん。怪我っぽいから。それより、あなたがこの村の村長?」


「……そうだ。少し待っててくれ、茶を淹れよう」


「いいよ、まだ横になってた方がいい」


「……ありがとう」



 村長は深々と頭を下げると、体を横にしたまま話をする姿勢をとった。



「3日前のことだ。木こり中、ゴブリンに腹を刺されてな。何とか蹴り返して撃退したが、腹ということもあって、薪も割れなくなったんだ」


「そのゴブリンも、依頼で出したやつ?」


「……ああ。だが、数が多い。10や20は居る」


「そう。じゃあこの村付近のゴブリンは全部僕が倒してくるから、戻ってきたら荷物の確認と、ゴブリン討伐の依頼も完了したって紙に書いてくれる?」


「……いいのか? 君に出来るのか?」



 するとエストは、その青い瞳で村長を見ながら小さく頷く。



「うん。100匹でも倒してあげる。僕がこの村を守ろう」


「ははは…………本当なら君は守り神か何かだ」


「それじゃあ行ってくるね。ここに水とパンを置いておくから、食べれそうなら食べて」


「……ありがとう」



 一瞬にして現れた氷のテーブルにコップと皿が置かれると、この村では焼けないようなふわふわのパンを用意して去って行く。


 真っ白なローブに青い瞳。

 そして銀色に輝く杖を持った姿に、村長は天の使いが現れたと手を組んだ。




「荷物の運搬がゴブリンに討伐に。いいね、これなら一気に2つ……もしかしたらもっと良い成果を出せるかも」




 少しウキウキしながら村を出たエストは、周辺の森に巣食うゴブリンを、片っ端から殲滅していくのだった。

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