第156話 危険区域は危ないの
「──で、のんびりすると言いつつバカみたいに魔術の練習をしているのは誰かしら?」
「……?」
「どうしてそんな綺麗な顔で首を傾げられるのよ! アンタしか居ないでしょうが!」
風呂上がりの昼下がり。
程よく体の芯が温まったエストは、ベッドの上で無数の魔法陣を弄っていた。
そのどれもが違う属性であり、中には複数の属性を組み合わせたドス黒い色の魔法陣もある。
せっかく空間の精霊から答えを得たので、魔術の遊べる幅が大きく広がったのだ。
好奇心旺盛なエストは遊ばずにはいられなかった。
「見て、火と水と土の複合魔法陣」
「うわ気持ち悪っ! 血の混じった泥水みたいな色してるわよ!?」
「面白いよね。でもこれ、同じ術式じゃないと機能しないんだ。相じ……昔考えた魔法陣と似てる」
空間の精霊ロェルは答えた。
──空間は魔術の全権を握っている、と。
どんな魔術を使うにも、そこには空間がある。空間が無ければそもそも使うことすらできない魔術は、実質的に全ての魔術を支配している。
そのため、空間の適性があると全ての属性が使える……が、それだけでは精霊の言う“上位属性”が使えない。
「僕、新しい目標を見つけたよ」
「……国を巻き込んだ盛大な結婚式?」
「おお、いいねそれ。今度ルージュに聞いてみよう。それでなんだけど……」
「ちょっと悲しいスルーはやめなさいよ!」
魔法陣を突き抜けて飛び込んできたシスティリアを受け止め、春の空のような艶やかな青の髪を梳きながら言う。
「雷と自然。この2つの魔術を覚えたい」
自然はともかく、雷という単語に彼女の耳がピクりと動く。
「雷は使えるんじゃないの?」
「魔力はね。ただ、魔術としては全く知らない。雷で何ができるのか、殆ど魔道書にも載っていないんだ。だから、ちゃんと会得したい」
「そうなのね……また帝国行きかしら?」
もう帰るのかと少し残念そうにする彼女に、エストは笑いながら首を小さく横に振る。
「もう少し先の話だよ。ニルマースでしっかり休んだら、『精霊樹』のあるオルオ大森林が次の目的地だね」
「そこ、ギルドの指定危険区域よ?」
「……もしかしてだけど、許可が要る?」
「……要る」
ガックリと脱力するエスト。
これでも一応、冒険者ギルドという組織に所属している身だ。勝手に大森林に入って問題を起こせば、エストひとりの問題ではなくなる。
いちいち面倒だと思うが、仕方がない。
「ブロフ、部屋に居たっけ」
「居るわよ。最近はずっとアクセサリーを作ってるもの」
「呼びに行こう。早いうちに許可を貰わないと、他の温泉が楽しめない」
「行き着く先は
やれやれといった様子のシスティリアが立ち上がろうとするが、エストが抱きしめて止めた。
まだ尻尾の手入れが終わってないからと、これまた値の張る毛髪用オイルを尻尾に塗っていく。どんな時でも手入れを怠らない。それがエストのこだわりだった。
「──ですので、Aランクじゃないと認可できません」
「……エスト、依頼を受けなさい」
「お前の実力はランク不相応だが、これもギルドのルールだ。依頼をこなせ」
「…………そんなぁ」
指定危険区域への進入はギルドの認可が必要。
その認可にも様々な規定があるのだが、最も高い壁とされている、『現在・過去問わずAランクの実績があること』が立ちはだかった。
エストのランクはB。システィリアは授業期間にAランクになり、ブロフは昔のAランクの実績が認められた。
つまり、エストだけ認可が降りないのだ。
「……三ツ星冒険者のジオに行けって言われたんだけど」
「何を仰っているのですか?」
「…………事実なのに……」
エストとジオの関係を知るものは少ない。
今からジオ本人に聞けと言って、取り次いでくれるほどギルドへの信用は薄い。これがもし、帝都のギルドならば少し話は変わるのだろうが、ここニルマース支部では門前払いである。
Aランクに上がるには魔石の納品は認められず、舞い込んでくる依頼の達成率と達成数に応じてギルドから通達が来る。
Bランクに上がってからというもの殆ど依頼を受けてこなかったため、今から上げるには相当な時間を要する。
今から依頼を受けようかと悩んでいると、他の職員が通報したのか、奥の扉からギルドマスターが出てきた。
いかにも屈強な戦士という筋肉に覆われた肉体に、どこも同じような人がやっているのだと思うエスト。
実はそれは正しく、ギルドマスターになるにはAランクの実績が必要なため、必然的に強い者しか居なくなるのだ。
「おい、どうしたんだ?」
「ギルドマスター、こちらの方が指定危険区域に入りたいと……Bランクなのでお断りしているのですが、中々聞いて頂けず……」
「そうか。お前さん、ギルドカードを見せろ」
「はい」
ギルドマスターが直々に対応するという場面に、周囲の冒険者も興味津々といった様子だ。
あの子どもがBランク? など様々な憶測混じりの声が聞こえると、次にシスティリアへと視線が集まる。
そしてギルドマスターがカードの裏面を確認した途端、目をぱちぱちとさせながらエストの顔を見た。
「お、お前、ドゥレディアの英雄か!?」
「英雄になったつもりはない」
「なったでしょうが!! あれだけの数の獣人を救っておいて、街を建て直しておいて、どれだけ感謝されてたのよ!!!」
「……なってたらしい。ごめん」
エストとしては罪滅ぼしだったドゥレディアでの一件が、既に人族の国にも広まりつつある。
その影にはもちろんとある三ツ星冒険者が関わっているのだが、それをエストたちが知ることはない。
魔族の討伐と街の復興。
言葉にしたら短くても、大量の命が関わる災厄に終止符を打ったエストのカードには、金色の紋章が施されていた。
ドゥレディアで再会した際、こっそりとジオが盗んだのだ。その紋章の意味はこうだ。
「あらゆる危険区域への進入を許可せよ……」
「ほ、本当に三ツ星から言われていたのですか!?」
「そう言ったのに……」
こうなるならいっその事、大々的に発表した方が楽なんじゃないかと思うエストだったが、きっとその選択は間違っていると直感する。
手続きの簡略化のために素性を明かせば、敵は魔族だけでなく人間も含まれるようになる。
ガリオも言っていた国が手放さないという意味を、正しく理解せねばならない。
「分かった、お前たちの進入を許可する。だが今更火山なんて行ってどうするんだ?」
「火山? 僕たちが行くのはオルオ大森林だよ」
「珍しいな。この辺りの危険区域っつったら、マース火山だろうに」
ギルドマスターが何気なく発したその言葉に、3人の背筋が伸びる。
ブロフはただでさえ見えない表情が完全に消え失せ、システィリアは尻尾を揺らしながら視線を明後日の方へ向け、エストは純粋に『そうなんだ』と頷く。
流石の受付嬢も椅子から立ち上がったが、結果的に全員許可が降りたのでお咎め無しという結果に。
かくして、3人のギルドカードに危険区域進入許可の紋章が刻まれると、たくさんの注目を浴びながらギルドを出た。
「Aランク……目指そうかな」
「いいんじゃないかしら? 戦闘力はどう足掻いたって認められるし、人格もまぁ……大丈夫でしょ。あとは依頼をこなすだけよ」
「僕……人格に問題あるのかな……」
「お前は比較的まともだ。パーティ内での報酬のやり取り、依頼人との会話、ギルド関係者への態度。問題無いだろう」
「じゃあ明日から依頼受けるよ。ひとりで行っていい?」
珍しく単独行動を名乗り出るエストに、ブロフは即座に頷いたが、システィリアは尻尾を垂れ下げて反応した。
表情には出していないが、これだけ長い時間接していれば、ブロフの目にも寂しさを感じ取れた。
「……ええ、分かったわ。その日に帰って来れる時は帰ってきなさい」
「もちろん。でも、寂しそうなシスティが3番目くらいに可愛いからなぁ」
「……一番は?」
「笑ってる時。ほら、今日は一日のんびりする日だ。ブロフも一緒に食べ歩きしたり、買い物を楽しもう」
そう言ってシスティリアの手を引くエストに、たまには悪くないかと付き合うブロフだった。
尚、最近の趣味であるアクセサリー作りが影響したのか、雑貨屋や装飾品売り場で興奮する姿に、エストもわずかに苦笑いをしていた。
「指輪か…………用意しておこうかな」
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