第314話 宴は心を通わせる


「エスト、そっちのお肉を切ってちょうだい。スジで分けて一口大で」


「できたよ」


「じゃあ野菜を洗って輪切りにして」


「終わったよ」


「……早すぎるわよ! ずるい!」


「いやいや、システィが言いそうだから指示を出す前に動いただけ。次にシスティはこう言う」


「「使ったナイフとまな板を洗って」……ほらね?」



 調理を始めたシスティリアだったが、流石に10人を超える相手にひとりで用意は無謀だと判断し、初めからエストを手伝わせた。


 しかし、未来予知と言えるほどエストが先回りして動くため、システィリアはその異常さに苦笑する。



「……どうして分かるのよ」


「一番は君の調理手順をよく見ているからかな。システィの中で、どういった食材から下処理を始めるか、ある程度パターンがあるでしょ?」


「あるけど……見ているだけで分かるの?」


「システィはいつもひとりで料理を作ってくれてるからね。システィに何かあって僕が作る時や、こうやって手伝いを任された時に動けるよう、ずっと考えていたんだ」



 今回のように大人数分の料理を作る場合や、腰の痛みに耐えられないとなれば、彼女にかかる負担は大きなものになる。


 そう分かっていながら、みすみす行動しないエストではない。

 いつでもシスティリアの力になれるよう、手伝う時の行動手順を頭の中で作っていたのだ。



「もう……ありがと」


「他にもしてほしいことがあったら言ってね」


「ええ。こき使わせてもらうわ」



 そうしてスムーズに調理する姿を眺めているのは、刀匠ヒズチ夫妻とエイダ、そして彼女に狩猟を教えた猟師だった。


 何かとシスティリアを気にかけるエストが微笑ましく、ヒズチにもそんな時があったという妻に、エイダが面白そうに笑っていた。



「人はその環境に適応してからが本番だからな! 愛される環境に慣れちまうと、欲張りにもなるもんだ。なぁ? お師匠」


「ああ。人は人を狩る生き物だ。愛するということは、お互いに飼育し合うような環境にすることだ。どちらが一方を愛することをやめれば、たちまち均衡が崩れる」



 濃い青の髪を短くまとめ、自慢の耳を撫でながら言う猟師は、今年で40歳を迎えるベテランハンターである。

 エイダに才能を見出し、立派な猟師として育て上げた張本人だ。



「ふふっ、言われていますよ?」


「……し、知らん」


「随分と長いですからねぇ……愛を忘れましたか?」


「忘れるわけないわ!」


「ふふふ、それなら構いません」



 照れた様子のヒズチが忘れることはないと言えば、妻は満足そうに微笑み、またエストたちの方を見た。

 美味しそうな肉の焼ける匂いが漂う中、完璧にシスティリアのやって欲しいことを先回りしてこなす様は、ヒズチでも『出来ねぇな……』と呟いた。


 また、システィリアの方もエストに出来ないことはさせようとせず、あくまで手伝いだけ、という認識にブレが無い。


 おかげで双方の仕事に悪い影響は出ず、普段の何倍もの速度で料理が出来上がっていく。



「なぁ、アイツ嫁のこと好きすぎねぇか?」


「良い連携だ。指示が無い」


「エストさんも嬉しそうですね!」



 ジオは膝の上にキサラギを乗せ、頬杖をつきながら2人を見ていた。

 心なしか普段よりエストの動きにキレが増しており、戦闘よりも遥かにイメージ通りの動きが出来ていると、見るだけで分かったのだ。


 どれだけシスティリア愛が強いのか、ジオは心底不思議そうにする。



「にーちゃはねー、ねーちゃがだいすきなんだよ?」


「そうだな。お前も見せつけられて、さぞ教育に悪いことだろう。あの兄ちゃんを殴ってもいいぞ」


「しらないの? なぐるの、めっ! なんだよ?」


「知らねぇ」



 キサラギに注意されるジオはそっぽを向き、里長とオギ婆が静かに待っている姿を見た。

 すると、『年長者はこうであるべき』という空気を感じ取ったのか、ジオは途端に静かになると、キサラギの頭を撫でた。


 その横では、フブキを挟んで座るライラが、エストが今何をしているのかを教えてあげていた。



「すげぇなぁ、エストにーちゃん。料理もできるんだ」


「すごいですよね〜。ああ見えてエストさん、システィリアさんのレシピを持っているんですよ?」


「そうなの? すげぇ!」


「食べることが大好きですからね! フブキくんは食べること、好きですか?」


「うん! にーちゃんも『いっぱい食べたら強くなる』って言ってた!」


「……あ、あの人は次元が違いますけど……おほん。良いことです! 沢山食べれば元気でいられますからね!」



 一瞬だけ人ではない何かを見る表情でエストを見ては、フブキの頭を撫で、優しく微笑んだライラ。

 エストを“魔術師”として近くで見ることがどれだけ恐ろしい行為か、彼女は知っている。


 素質も努力量も並外れた人の後ろで、多少優れた魔術を使っても霞んで見える恐怖。

 しかし、彼の歩んだ道が魔術師として歩むべき道だと分かっているせいで、劣等感が薄れていくのだ。


 次第にエストを“魔術師”だと見れなくなり、ライラは彼との比較を辞めた。



「ぼくも……にーちゃんみたいになれるかな」


「やめ──う゛ぅん。きっとなれます。フブキくんなら、もしかしたらエストさんを超えるかもしれませんよ?」


「ほんとうに!? がんばる!」


「あ…………はい! 応援してます!」



 容易に子どもの背中を押したことを後悔しかけたが、ちらっと視界に映ったサツキが嬉しそうに微笑んでおり、押し切ることにした。


 その結果、フブキに恐ろしく高い壁を突きつけてしまうも、ライラのお姉さんスマイルで事なきを得た。




 そして、夕飯にちょうどいい午後7時を迎えると、遂に全ての料理が完成した。


 各テーブルに配膳するエストに、ヒズチが『冷めてないのか?』と聞くが、魔術で保温していることを知ると目を白黒させていた。


 配膳が終わり、外したエプロンを受け取ったエストは、結んでいた髪を解いたシスティリアから目が離せない。



「ふぅ……疲れたわね! エスト、ありがと」


「お疲れさま、システィ。料理は重労働だね」


「そうかしら? アタシは楽しいと思うけど」


「楽しめるのは才能だよ。これからも手伝いが必要なら言ってね」


「ふふっ……そうね! 今後ともこき使わせてもらうわ!」



 エプロンを水球アクアに包んだまま亜空間に入れたエストは、誰が乾杯の音頭をとるのかの話になると、里長から指名が入った。


 実質的に里が魔族に支配されていたことは伏せ、エストの解呪と、短い間だが同じ時を過ごした仲間の旅立ちを祝い、杯を掲げた。




「オギ婆に多大なる感謝をしつつ……乾杯!」



「「「乾杯!!」」」

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