第313話 呪いを呪うお呪い
「えっと……僕は無事に帰れるのかな?」
オギ婆に呼ばれて家に入ったエストだったが、解呪に使う居間に入ると、そこには蝋燭と針、鉄鍋の中でグツグツと煮立つ湯に浸かる、白い布が待ち受けていた。
鋭い針や既に煮られた布を見て、これでは呪いの現場……もしくは拷問の準備なのではと、一歩引いてしまう。
「坊の呪いを解く
そう言って形代を手に入室したオギ婆は、エストを鍋の前に座らせると、蝋燭に火をつけて針を炙り始めた。
焼けた鉄の針が青い煌めきを見せるほど熱くなれば、エストに左腕を出すように言い、エストは躊躇しながらも解呪のためと、差し出した。
「坊、普段から使う食器はあるか?」
「あるけど……お箸でいい?」
「それを形代の胸に刺して鍋に入れろ」
エストは言う通りに箸を刺して鍋に入れると、オギ婆は改めて腕を出せといい、手首の内側を上に向けさせ、呪いの痕を確認した。
そして血管の位置を探り、プスッと針を刺す。
「っ……おおっ」
血液が天井に届きそうなほど噴き出し、思わず声を漏らすエスト。しかしすぐに熱い湯の中に腕を突っ込まれ、針の痛みよりも火傷の痛みが勝った。
いつまで熱湯に浸ければいいのだろうと思っていると、オギ婆が箸を掴み、祈るように目を瞑る。
「血を介し、魂を繋げよ。受けたるは
唱えた呪文に呼応するように血の湯が渦を巻き、エストの左腕を突き刺すような痛みが支配する。これには堪らず苦悶の声を上げるが、すぐに痛みが和らいだ。
すると、オギ婆は真っ赤に腫れ上がったエストの腕を鍋から引きあげ、自分で治すように言う。
「……あ、あれ? 呪いの痕が…………無い」
息をするように細胞を修復したエストは、その左腕に巻きついていた重りのような感覚が消え、呪われる前の軽さを思い出していた。
バッと顔を上げれば、オギ婆はニヤリと笑いながら顎で鍋を指した。
「うわ、形代が真っ赤だ。それに左腕が──」
「転呪の式の、古いやり方じゃ。血と属人器を媒介に形代と肉体を繋ぎ、呪われた存在自体を入れ替える儀式。ゲンゾウの祖父が遺した手記にあったわい」
「……里長の祖父」
オギ婆はひと仕事終えたと言わんばかりに片付けを始めると、形代は蝋燭の火で燃やしきってしまい、完全に消滅させた。
「解けたんだ……本当に。僕の腕……」
短い期間とはいえ、体が満足に動かないことへの違和感や不快感は凄まじいものだった。どれだけ切り落として再生させても治らず、腹を立てた回数は数え切れない。
最初の転呪の式で移せなかった時、エストはショックを受けていた。
それでも諦めずに挑み続け、自力で解呪に挑戦し、そしてオギ婆の手によって完全に解呪することに成功した。
「……よかった……ありがとう。ありがとうオギ婆」
「礼は貰うわい。たらふく美味い飯を食わせる約束じゃ」
「うん! 祝い事用に残してたワイバーンの肉を振る舞うよ!」
笑顔で頷いたエストは、早速オギ婆を連れて里長の家に戻った。
道中、何度も左腕を振ったり回したり、その感覚に違和感が無いことに喜びを噛み締めるエストだった。
家に着いて早々、もう帰ってきたエストに驚きながらオギ婆の存在にも注目が集まる中、エストは皆と一緒に座って談笑するシスティリアを立たせた。
「エスト……もしかして」
そして両腕で力いっぱい抱き締めると、心からの笑顔を見せ──
「呪いが解けたら、最初に君を抱きしめたかったんだ……違和感が無いよ。ちゃんとシスティだってわかる」
「……うぅっ……よかったわ……ちゃんと治ったのね」
「泣いてるの?」
「な、泣いてない! 別に、心配なんてしてないわよ!」
「そっか…………ありがとう」
さらりとエストの服で涙を拭ったシスティリアは、花を咲かせたような笑顔でキスをすると、これでカゲンに来た目的が達成されたことを伝えた。
「エストの腕も治って、最後の五賢族も倒した。治療のはずが世界を救っちゃうなんて、とんでもない事をしたものね」
「俺の弟子なら当然だな」
「アンタも功労者よ。今晩は豪勢な食事にして、お祝いにしましょ? エスト、確か祝い事のためにワイバーンを残してあったわよね?」
「ちょうどさっき話してたんだ。それを使おうって」
「何頭分あったかしら?」
「え〜っと……2頭半だね」
適度に消費しつつ上空を飛んでいるワイバーンを撃ち落としているため、以外にもブロック肉に切り分けられたワイバーンは多く、軽く数百人前の量がある。
「じゃあ各チームがお世話になった人を集めて、今晩の夕食にしましょう。アタシはエイダを呼んでくるわ」
「ライラ、ヒズチ殿と奥方を呼ぶぞ」
「はいっ! 良くしてくれましたもんね!」
「よし、俺もタダ飯に預かろう」
「先生は食材持ってないの?」
「ほぼねぇな。家の外が食材保管庫なんだぞ? 肉なんざ適当に投げときゃ、来年になっても食える」
「……雪の中から大きな熊肉が出てきたよね」
「あの肉は100年モノだ。熟成されてる」
「腐敗の間違いでしょ」
ジオの方が空間魔術の扱いに長けていても、氷獄の環境が衛生観念や保存の常識を破壊するため、ジオは食料を持ち歩くということ自体を忘れたのだ。
エストに言われて幾つか携帯するようにはしたが、どれも調味料や乾燥ハーブなど、日持ちするものばかりである。
空間魔術への認識が、『便利な武器(の、なりそこない)』のジオにとって、エストの『便利などうぐ』としての考え方が気に入った。
これからはもう少し食材を持ち歩こうと思うと、里長の庭で調理場を作ることに。
「お前の魔術で何とか出来るだろ」
「うん。僕が何回システィに合う台所を作ってきたと思うのさ。先生にはみんなで食べる場所を作ってほしい」
「テーブルと椅子か。維持は焼成で破棄だな」
「小さい子どもが2人居るからね」
「注文が多いぞバカ弟子。思考を乱すな」
2人して殆ど似た杖を使って魔術を使う様は、まさに師弟を象徴しているとしか思えない。
エストが造る調理場は、使う人を想われていた。
使う食材の量を考慮し、普段より広めに用意され、システィリアが使いやすいよう少し高く造り、流し台も大きい。
また、腰が痛いと言っていた彼女のために火の前、水の前、カウンターの前に高めの椅子を用意し、馬車の旅でも使っていた高級クッションを敷いている。
椅子に関しては後から調整出来るように氷で造り、台所は炎龍の魔力で満遍なく焼いた。
普段から使っている魔術なだけあって、その手際の良さはジオをも超える。パッと見ただけではエストの方が優秀に思えるが、その実、ジオはエストに追いついていた。
大人用の椅子をとりあえず10人分造り、子どもように低い椅子を造る……のではなく、テーブルに合わせた他と同じ高さの椅子に、登りやすい階段が付けられている。
「エス……バカ弟子、こんなもんか?」
「うん、良いアイディアだと思う。でも心配だから、登る時に落ちて怪我をしないように手すりも付けてあげて」
「……なるほどな。クソっ」
「使う人のことを考えただけで充分だよ」
段差付きの椅子を考え、造ったまでは良かったが、更にその先を考えると安全面に不安があるというエスト。小さい子どもなら落ちても不思議ではないので、ジオは悔しそうに段差に手すりを付けた。
そうして賢者師弟がものの10分で小さな宴会場を造り上げると、間もなくエイダを連れたシスティリアが帰ってきた。
「それじゃあ、少し早いけど始めよっか」
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