第26話 頑張ったね
「ねえねえエスト君! 土魔術に着色できるようになったよ!」
「見せて」
午前授業の中休み。
図書館で適当に借りてきた本を読んでいたエストだったが、隣に居たメルが嬉しそうに話しかけてきた。
本を閉じて食い気味に注目すると、単魔法陣には確かに着色の想像が組み込まれている。
「行くよ?
机の上の茶色い魔法陣が輝くと、猫らしき何かの小動物を模した、茶色の混ざった白い土の塊が創造された。
これは間違いなく土魔術であり、着色に成功している。
「ど、どうかな?」
「成功してるね。どうして成功したのか、説明はできる?」
「説明? えっと、前に言われた通りに風魔術の本を読んでたら、無色の攻撃魔術が危ないから色が付けられたって書いてあったよ」
「そうだね」
「それで、単魔法陣の構成要素のイメージに色を組み込んだ……って感じ」
実験自体には成功したが、その理由はまだ不明瞭だった。無論、『なぜ?』を突き詰めたエストには明瞭にできる。
だけど、それをエストが教えてはメルが魔術を楽しめないので、見つけるヒントを出した。
「構成要素は6つ。メルが見つけたのは
因果と結果、消費魔力と循環魔力、想像と創造。
このうち、結果と想像は非常に強い密接関係にある。何せ、魔術は結果を想像することで発現させるからだ。
しかし、知識があればもうひとつの要素を取り込める。
「……もしかして、因果?」
「やってみて」
エストは少し表情を崩すと、メルが新たに出した魔法陣に注目する。気づけばクーリアも横で見ており、興味津々といった様子だ。
6つの円からなる単魔法陣のうち、3つが同じ速度で回り出す。現在メルがイメージを固め、因果と結び付けられているからだ。
「ふぅ──
机の上に、真っ白な猫の置物が造られた。
「完璧。イメージがハッキリしてるから色抜けも造形ミスも無い。頑張ったね、メル」
エストはメルの頭を撫で、嬉しそうに微笑んだ。
かつて魔女がそうしてくれたように、自分なりに調べて考え、実験に実験を重ねてようやく成功した時、頭を撫でていたのだ。
それをメルは顔を真っ赤にして受け止め、顔が熱くなっていくことを実感する。
「あぅぅ、ありが……とう」
「凄いですわねぇ、メルさん。もうエストさんのように魔術の改変? までできるなんて」
「ううん、私なんてまだまだ。エスト君ならこの白猫ちゃんはどうやって造る?」
「僕なら、そうだな。
エストは単魔法陣ではなく多重魔法陣を机の上に出した。その色は茶色く、40を超える円は傍から見ればどれが同じ構成要素を司るのか理解できない。
しかし、たった2秒でその魔術は発現される。
「「……嘘」」
長い机の上を、一匹の白猫が歩いている。
翡翠の目には縦の瞳が入っており、キョロキョロと周囲を確認した。
細い足でとことこ歩き、エストが持ってきた本の上に乗ったかと思えば、毛繕いをした後に小さく丸まって眠る。
まるで本当に呼吸しているかのように体を僅かに収縮させ、尻尾が不規則に動く姿は再現なんてレベルではなかった。
「魔道具屋の前に居る猫はこんな感じ」
「……ね、ね? 言ったでしょ? 私なんてまだまだだって」
「……申し訳ありません、メルさん。わたくし、夢を見ているようですの」
「いいよ。改めてエスト君の凄さを実感できたし……ほんと」
と、ここまで話していると筋肉担任が帰ってきた。
エストはそっと猫を消し、生徒全員が座ると本を開き直す。
すると、授業が始まる前に筋肉担任がエストを見て言った。
「エスト、学園長が呼んでたぞ。お前の私物を盗んだ奴を見つけたとかなんとか。昼休みに行ってこい」
「もう? 早いな。分かったです」
「それは敬語じゃねぇぞ」
まだ2時間も経っていないのに、もう犯人を見つけたらしい。それほど必死に探し回ったのか、ある程度絞って探したのか。
どちらにせよ魔石が帰ってくるならありがたい。
もし魔石が砕かれていたりしたら困るが、エストは既に、その時の対応について考えていた。
「エスト君、何を盗まれたの?」
「ダンジョンで手に入れた魔石。寮で研究してたんだけど、昨日盗まれた」
「へぇ〜、魔石ってそんなに貴重なの? ゴブリンとかでも採れるんじゃ?」
「……貴重な無色の魔石が盗まれた。単価10万リカ」
「お、お小遣い20ヶ月分……!?」
高度な魔道具には大抵必須の品となるため、無色の魔石はかなり高く売れる。
メルは金額を聞いて顔を青白くさせると、エストよりも怒りを顕にして返還されることを望んだ。
金額が理由とは言え、同じように魔石が貴重であると感じてくれたことにエストは胸が温かくなった。
昼休みに入ると、早速学園長に赴いた。
……メルと共に。
ノックをしてから入ると、ソファに座って紅茶を飲む学園長と、縄で拘束された男子生徒が目に入る。
「お、来たか……あれ? 君は確か」
「メルです。エスト君の物が盗まれたと聞いて」
「本人がいいなら構わない。座ってくれ」
エストは何も気にせずソファに座ったが、メルは拘束された生徒を見て少し戸惑っていた。数秒してからエストの隣に座ると、学園長が6色の光を宿した魔石を差し出した。
「まず魔石だ。これで間違い無いな?」
「……うん、本物。それで?」
手に取って確認すると、続きを促す。
「彼は君の2つ隣の部屋に住む4年生だ。尋問したところ、君の噂で持ち切りになったことが疎ましくなり、部屋に入ったと」
「はあ」
「それで、何か嫌がらせをしようとしたらしいが、目に付いたのが机の上にあった魔石だったと。見つからないように足音も立てずに忍び込み、出来る限り部屋を荒らさなかったそうだ」
「椅子はズレてたけどね。で? その人はどうするの?」
「既に退学処分を下した。さっきご家族に通達したから、拾いに来るのを待ってる」
凄まじい速度で処分を下したな、と感心するエスト。
ただ、メルはそれが異常な決断だと思った。
「あの、学園長。寮内での窃盗はよく聞く話ですが、そんなすぐに退学にしてよいのですか?」
「ふっふっふ、君はマトモだね。あぁそうさ、普段なら厳重注意と停学処分が妥当なところだろう。ただ今回は、盗んだ相手が悪かった」
「エスト君が、ってことですか?」
「うん。彼は私が直々に入学して欲しくて呼んだ生徒でね、そんな生徒に不愉快な思いはさせたくないんだ。それに、窃盗が理由で退学者が出たら抑止力になるだろう?」
「……まぁ。でも、流石にやりすぎでは?」
そんなメルの言葉に、学園長はニヤリと歯を見せた。
「やりすぎで結構。ここは魔術やそれに関する知識を深める場だ。邪魔する者は容赦しない。今回はエスト君が相手だから厳しい処分にしたが、これまでがぬるすぎた。窃盗は犯罪であることを、改めて知らしめる必要がある」
「そう……ですね」
「それでだ。エスト君は彼の退学に反対か?」
「興味無い。用も済んだし帰っていい?」
「……もう少しだけ居てくれ」
「わかった」
そういえばこんな人だったなと思い出すメルだが、まさかここまで他人に関心が薄いとは思わなかった。
会ってすぐ忘れるくらいなので、誰が盗んだというより、物が返ってきた方が重要なのだろう。
暇になったエストは、学園長とメルが話しているのを他所に、倒れている生徒の前に移動した。
そして、生徒に掛けられている魔術を感じ取り、彼の頭にある魔法陣を読み解く。
「この感じ──闇魔術と……水魔術。
「あの、エスト君は何を?」
「私が使った魔術を解析したのだろう」
「そ、そんなこと出来るんですか!?」
「頑張れば、かな。私が使った魔術も、その方法も全部エスト君が言った通りだ。だがそこまで読み解くには、深い知識と魔術の応用力が要る。面白いだろう? 腕の良い魔術師が相手だと、こちらの手がバレてしまうんだ」
目に見えない魔術の解析は困難だ。
特に闇魔術にもなればその難度は跳ね上がり、様々な効果を持つ魔術を掛けるほど、指数関数的に時間がかかる。
だがエストは、さっき学園長が尋問したという言葉を覚えていたので、ある程度魔術を絞った結果、数秒で言い当てたのだ。
ただ、それでも異常だが。
この解析力は、魔女との実践訓練で身に付けられた。
瞬時に相手の術式を把握する能力と、既に行使された魔術を発見、解析する力。対魔術師戦を想定し、血反吐を吐く思いで乗り越えたのだ。
加減されていたとはいえ、魔女の魔術は痛かったがために、エストは必死になって鍛えた。
「う〜ん、
「ほう? そこまで視えたのか」
「眠らす方と意識を乗っ取る方で迷った?」
「正解だ。はじめは乗っ取ろうと思ったのだが、それだと罰として意味が無い気がしてな。魔法陣だけ残して、発動をやめたんだ」
「なるほど、再構築したのか。どうして多重にしなかったの?」
「しても意味が無いだろう?」
「え?
「……初耳だ。どの文献に載っている?」
「僕が見つけたから載ってない。
適性の無いはずの闇魔術を、適性のある学園長より深い知識で語るエスト。
殆ど何を言ってるか分からないメルだったが、その凄さは理解できた。
本当に魔術が好きで、調べ尽くしたことがよく分かる。
「あ、仕事の時間。僕帰る。また明日」
「エスト君! ……行っちゃった」
心底大切にしている懐中時計を見て、エストは出て行ってしまった。
「全く、仕方がない。メル、君の意見は学生側の言葉として有難く受け取っておく。ただ、今回は特例だ。理解してくれ」
「……分かりました。あ、夏休み前のアレは出るんですか? エスト君」
メルが少し顔を明るくして、夏休み前に行われる、帝立魔術学園ならではのイベントについて聞く。
「アレ? ……魔術対抗戦か。本人の希望次第だが、出たら出たで荒らしてしまうぞ?」
「そうですよね。でも、出てほしいです」
「それは私も同意見だ。学年混合で行われる以上、エスト君もビックリする魔術が飛び交うだろうしな」
魔術対抗戦。
そんなイベントを前に、2人はエストが出たらどうなるのかを想像した。流石のエストでも苦戦は強いられると思い、その時に取る行動が気になって仕方がない。
「……もし出るなら、エルミリアも呼ぶか」
「エル、ミリア?」
「気にするな。それよりメルも戻った方がいい。もうすぐ午後の授業が──」
その瞬間、授業開始の鐘が鳴った。
慌てて頭を下げて出るメルを見送り、学園長は今年の魔術対抗戦に向けて備えるのだった。
……拘束された生徒を放置したまま。
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