第27話 影に潜む
時は少し戻り、エストらがダークウルフを倒した頃。
腰には鞘に納まった片刃の剣を差し、黒い髪を靡かせる少女がエストに負けず劣らずの速度でダンジョンを降りて行った。
「……少ない。先客が居るのかな」
20階層のゴーレムを瞬殺してからというもの、スケルトンの姿を殆ど見ることなく進んでいたのだ。
ただ、完全に居ないわけではなく、新たに出現したスケルトンは普通に徘徊している。
ちょうど階段の前に2体のスケルトンが湧いていた。
「──弱い」
腰の剣を抜刀すると、瞬きより早く振った。
鋭く、滑らかに、そして力強く振られた刃は一撃でスケルトンを魔石に変え、2体目を蹴って距離を確保した。
怯んだスケルトンの首を鋼の殺意が撫でた。
納刀してから魔石を回収すると、少女は曲がり角まで戻って息を殺す。
少しの間待っていると、予想していた先客が階段を上がってきた。
「お前の魔術は本当におかしい! 質が違い過ぎる!」
「おかしいのは認めるけど、質は同じだよ。ガリオさんの魔術は無駄が多いだけ」
「くっ……何も言い返せねぇッ!」
「時間をかけて不純物を取り除けばいい。これからも頑張ろう」
杖を持った少年と剣士の男。
短弓使いの獣人と大盾を持った重戦士。
少女は戦闘になった際のシミュレーションをするが、確実に『勝てる』とは思えなかった。
それは杖を持った少年──エストが要因だ。
髪色による適性の予想が難しく、魔力感知でも異常に濁った魔力を捉えてしまい、正確に力量を判断できない。
「……行った」
幸いにも気づかれなかったことに息を吐いた少女は、不思議な少年も居るんだな──とは思えなかった。
「アレはおかしい。明らかに普通じゃない。あたしに見えない魔力なんて……魔女レベル」
帝国で自分より強い人間など片手で数えられるくらいだ。そう自負している少女だが、その中でも先程すれ違った少年だけは異常だと感じた。
闇の適性を持ってしても見えない魔力。
本能的に全力で気配を隠してしまうほどの、底知れぬ恐怖を抱かせる余裕の態度。
あの少年は楽しそうに喋りながらも、一切の警戒を緩めなかった。もう少し近くで隠れていたら、見つかっていたかもしれない。
帰ったら数少ない強者に聞いてみよう。
そんな思いを胸に、少女は階段を降りて行く。
新たに出現した魔物を一撃で屠りながら進むと、ダークウルフの待つ主部屋へと足を踏み入れた。
部屋の真ん中まで進むが、ダークウルフ達は反応しない。
各々が丸まったままリラックスしており、とてもじゃないが数多の死傷者を出した魔物とは思えない。
どうしてダークウルフが気づかないのか。
それは、少女の洗練された闇魔術によるものだ。
「……ふっ!」
同じ闇魔術を使うダークウルフでさえ知覚できない気配隠蔽は、その首に致命傷を与えるのに十分だった。
一体、また一体と数を減らすと、あっという間に5体のウルフが魔石へと姿を変えた。
そのうちの3つを背中の袋に仕舞い、少女は宝箱を無視して来た道を戻った。
帰り道は戦闘することなく、気配を殺してダンジョンを出る。帝都の街にすら無断で入ると、魔術学園へ向けて駆けて行く。
そして、少女は夜の学園長室に入る。
「ネルメア様。闇の魔石、持ってきた」
書類仕事を終えたのか、コーヒーを飲んでリラックスしている学園長の前に魔石を差し出す少女。
「ご苦労さま。研究に付き合わせてすまない」
「ううん。あたしも知りたいし……それより、ダンジョンに変な人が居た」
「冒険者は大概変な奴だろう?」
「それとこれとはワケが違う。あたしと同等……それ以上かもしれない男の子。髪が白くて、適性が分からなかった」
少し容姿を聞いただけで、学園長は顔を手で隠した。
白い髪で適性が分からない冒険者など、今の帝国では一人しか居ない。
「……エスト君だな。流石のキミでも警戒したか?」
「知ってるの?」
「彼は今年入ったばかりの1年生だ」
「……嘘。そんなのおかしい。あれが10歳?」
「はははっ、キミが他人に興味を持つなんて珍しいな。私が言ったことは事実だ。魔術の腕は、私と同等はあるだろうな」
さも何でもないことのように言う学園長。
少女は納得していなかったが、学園長の最後の言葉で仕方なく頷く。
「恐らく対抗戦で戦う。だろう? ミツキ」
「……うん」
ミツキと呼ばれた少女は、渋々といった様子で言葉を飲み込むと、そそくさと部屋を出て行った。
ダークウルフ相手に一切の隙も無い彼女でも、つい全力で警戒してしまう謎の少年。
得意の闇魔術でも、勝てるかどうか。
月明かりが差す廊下を歩くミツキの口角は、ほんの僅かに上がっていた。彼女は高揚していたのだ。ネルメア以外で初めて会う、魔術における真の強者に。
それも、歳下の1年生。
「ふふ…………絶対、勝つ」
夜の影に笑う学園最強の生徒は、密かに胸を高鳴らせた。学園で自分より強い人と会うことが無いと思っていたために、ワクワクが抑えられない。
どんな風に出会おうか。
どうやって話しかけようか。
どんな魔術を使おうか。
彼女の頭は、しばらくの間エストのことでいっぱいだった。
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