第3章 魔術対抗戦

第28話 つえー杖


 盗難事件から少しして、エストはガリオと2人でダンジョンに入っていた。


 エストの杖を使った魔術を見たいと、ガリオが言い出したからである。それに、エスト自信も杖を使った魔術に慣れておきたかった。



「ゴーレム、一人でやっていい?」


「おうよ! 面白いモン見せてくれや」


「うん、わかった。行くよ」



 20階層の扉をくぐると、中央に鎮座するゴーレムが動き出す。

 エストは杖に魔力を通し、そこから魔法陣を展開する。



「消費魔力が抑えられてるのに、出力される魔力が増幅してる。気持ち悪いなぁ」


「杖使って気持ち悪いとか言ってる奴、初めて見たぞ」


「仕方ないよ。斬れ味の悪い包丁から、急に職人の包丁に変えた気分なんだ。楽というより、違和感の方が強い」


「なるほどな。使ってる感覚が薄いのか」



 杖を使うデメリットは、違和感だけだった。


 メリットとしてはとても大きく、少ない魔力で高い威力の魔術が使え、オマケに魔法陣の構築速度が僅かに早くなっていたのだ。


 そして、完全無詠唱で魔術を使う際、杖を振るという動作で済むので間違って発動することも無い。


 ゴーレムの周りに無数の赤い魔法陣が展開され、エストが杖を振った瞬間、全ての魔法陣が爆発した。


 使ったのは初級の火球メアだが、威力は中級に匹敵していた。



「……つえー」


「ユーモアが足りない」


「オヤジギャグじゃねぇよ!」


「それより、はい。金貨入ってたよ。あげる」


「……ポンと100万リカ渡される俺の身にもなれ」


「後で9割貰う」


「割に合わねぇよバカヤロー!」



 現状エストと最も打ち解けていたガリオは、そんなおふざけにも付き合っていた。


 感情が薄いクセに人を笑わせようとするから、そのギャップに惹き込まれていると自覚するのは難しい話だろう。


 そんなこんなで21階層へ進むと、そこにはスケルトンと戦う猫耳冒険者の姿が見えた。



「ニャ? ガリオとエストっちニャ!」


「おっすっす、ミィ」


「おっすっす! エストっち!」


「な、なんだその、おっすっすとやらは」



 ミィはスケルトンを蹴り飛ばし、腰に差していた短剣で頚椎の関節を一閃する。首がない状態で再度起き上がったところをまた蹴り飛ばし、骨をバキバキに砕いたら魔石と化した。



「……なんか怖ぇなお前」


「ニャ? これはエストっちが教えてくれた倒し方ニャ! ウチの弓だと時間がかかるから、物理で倒せるように一緒に考案したのニャ!」


「やる? 骨を砕くときが楽しいよ」


「……や、やめておく」


「えー? イライラした時とか、こう、バキバキッ! て砕くとチョー気持ちいいニャよ?」


「……俺の友人がエストに染まっちまった」



 エスト発案、ミィ命名の『バキバキ戦法』は、今や冒険者ギルドの上層部でもその確実性を検証されるほど、革新的なものである。


 物理に異常に高い耐性があるスケルトンを、安全に、確実に倒せる方法となると、21階層に進める冒険者を増やせるからだ。


 スケルトンの魔石はゴブリン比べて長持ちするため、街の魔石灯や他国に売却するなど、用途の幅も質も上がる。



「でも欠点があるんだよね」


「そうなのか? あぁ、複数相手か」


「そうニャ! だからウチは今日、複数相手でも何とかできる戦法を編み出しに来たニャ!」


「成果はどう?」


「ふっふっふ…………ゼロです」


「がんばったね」



 項垂れるミィの頭を撫でるエスト。

 この時、耳は触らないように注意する。獣人の耳は大切な感覚器官なので、迂闊に触れるのはマナー違反だ。


 ただ、ミィはと言うとエストになら耳を触られてもいいと思っている。それほどに信用を置き、エストの撫で技術が高いからだ。


 3人にメンバーが増えた一行は、このままダークウルフに挑戦することになった。



「といっても、俺達はエストの後ろで見てるだけだがな」


「つえー杖の効果、気になるニャ」


「ミィ、ユーモアが足りないって言われるぞ」


「その発言にユーモアが足りないよ」


「……くそォ!」



 以前より騒がしさが増した。

 そうして進んでいると、スケルトンが現れた。

 今回は一体だけなのでバキバキ戦法が使えるが、エストは一人で前に出た。


 ミィとガリオは何かあった時のために備え、エストを見守る。



「これ、槍としても使えるよね」



 エストは杖の先端をスケルトンに向けると、アリアによって鍛えられた槍捌きでスケルトンを翻弄する。


 足を打ち、肩を打ち、胸を穿つ。

 倒れ込んだところで頚椎を砕き、あとは胴体の上でジャンプし、踏みつけるのみ。


 何度もバキバキと砕いていると、スケルトンは魔石になった。



「すっげー槍術ニャ。ホントに魔術師?」


「アリアお姉ちゃんに教えてもらった。この杖、重さが丁度いいから使いやすいよ」


「……ミィ、一応言っておくがあの杖、俺の剣より重いからな」


「……エストっちは武術家ニャ」


「でも本職には敵わないよ。この前もガリオさんと模擬戦をしたら、10回中9回は負けたから」


「逆に10回に1回は本職から1本取ってるニャ!? 魔術師としてはありえないニャ!」



 体力が少なく、ヒョロく、筋力も無い。

 そんな一般的な魔術師のイメージを、これでもかと砕いたのがエストだった。


 ガリオより足が速く体力があり、武の腕は拙いながらもBランクに1本取る程度はあり、剣や槍も扱える。


 魔術師として天才だと知っていた2人だったが、他の事にも努力を続けるエストは最高に輝いて見えた。

 魔術師だけでなく、冒険者としての星。


 魔物と戦う以上は、こうであるべきと思ったのだ。



「もう主部屋だね。舐めてるわけじゃないけど、今回は土で戦うよ。2人は撃ち漏らしを叩いて欲しい」


「了解だ。油断はするなよ」


「ちょっとでもヤバいと思ったら、すぐに逃げるニャ」


「うん。でも、1回くらいは噛まれてみたい」



「「ダメだ! / ダメニャ!」」



「……わかった。ごめんね、ユーモアが足りなかった」


「お前に足りないのはユーモアじゃなくて緊張感だ」



 どこかピクニック感覚のエストを注意したガリオに、ミィは激しく頷いていた。

 エストもこれには反省し、改めて氷鎧ヒュガを使ってから扉を開く。


 10個の赤く光る目が集まり、一気に遅いかかる。



「散れ。土針アルニス



 エストが杖を振ると、多重魔法陣で組まれた硬質化した土の針が多層魔法陣により数百と展開される。

 本来は茶色いはずのソレは、鈍色に染まっていた。


 ダークウルフは連携を取り、最前線のエストに向かって全員が集まるが…………鋼の針が降り注ぎ、退却する。



「多重魔法陣の意味、分かってないよね」



 エストは杖の根元を床に打つと、5体のダークウルフに刺さっていた針が爆発した。


 硬質化だけなら単魔法陣でも可能だが、任意で破裂させるとなれば多重魔法陣による複雑な組み換えが必要だ。


 5つの黒い魔石を確認すると、エストは振り返ってVサインを作った。



「大勝利」



「……何度目か分からねぇけどよ。なんでコイツCランクなんだ?」


「んまー、そろそろ昇格するニャ。史上最年少のBランクかニャ?」



「ランクって、上がったら何かあるの?」



「「…………嘘ぉん」」



 冒険者のギルドランクがBに上がると、ギルドや貴族から指名依頼が来る。これは絶対に受けなくてはならないので、学園だなんだと言っていられなくなる。


 今しがた背嚢に詰めた魔石を納品すれば、間違いなくランクは上がるが、それは学園生活に支障を来たすことの証明だ。


 そんな説明を2人から受けると、エストは2人に2つずつ魔石を渡した。



「お、おい。嘘だよな?」


「流石にそれはダメニャ!」


「……夏休み、僕は師匠に会いたい。それが邪魔されるなら、僕はこの1つすら要らないし、納品もしない」


「バカお前、これがどれだけの大金か分かってるのか!?」


「うん。2人が信用できないなら、全部僕が預かってる。今回は公平とかじゃなくて、僕のわがまま。まだランクを上げたくないから、受け取って欲しい」



 そう言われたら、断りづらいガリオとミィ。

 普段はわがままに見せかけた思いやりが見えるエストが、完全に私欲で頼むのだから聞いてあげたくなる。


 2人は顔を合わせ、今回は仕方がないと頷いた。



「わかった。ただ、夏休みが明けたらランクは上げろ」


「それが条件ニャ」


「うん、約束する。ありがとね」


「気にすんな。それより宝箱は?」


「ゴブリンの魔石が山盛りだった。これは山分けだね」


「……ユーモ「山盛りだけに!? 凄いニャエストっち!」



「フッ、これがユーモア。類稀なるセンス」



 なんか面倒くさくなったなと、そう思うガリオであった。

 ただ、そんなエストやミィと絡んでいる時が一番楽しいと気づいたのだった。

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