第392話 魔女特製魔力回復薬
「完成したのじゃ! ほれ、飲むとよい」
「……毒じゃない?」
「失礼な! れっきとした魔力回復薬じゃ!」
出来上がった魔力回復薬は、濃い紫の光を微かに放っており、小さな木のボウルの中でシュワシュワと気泡を出している。
エストは頬を引き攣らせながら受け取ると、ウルティスの耳を弄るシスティリアを見た。
しかし、頑として視線を返されることはなく、掃除が終わって椅子に座ったアリアは、ニヤニヤしながらエストを見ていた。
「い、いやぁ、僕そんなに魔力使ってないし」
「む? ウルティスの鍛錬に像を大量に使っておったではないか。ボタニグラの土も入れ替えておったじゃろ?」
「……いや! 本当に、あんなの朝飯前だよ」
「遠慮するでない。ほれ」
顔の近くまで持ち上げられた薬から、花の蜜のような優しい甘い香りが鼻をくすぐる。毒々しい見た目に反して、あまり悪くない匂いにボウルへ口を付けたエスト。
軽く傾けると、トロリと粘性が垣間見えた。
「どうした? 一気にグイッといくのじゃ」
意を決して唇に当たった感覚は、冷たい。
絶妙な不快感を与える粘液を吸うと、ズゾゾっと音を立てて口内にまとわりついていく。吐き出したくなる気持ちの悪さに目を閉じたエストだったが、体は魔力の回復を感じていた。
一思いにグイッと傾けて呷れば、口端を汚したエストが叫ぶ。
「あああ、気持ち悪いッ! けど凄く効く!」
「うむうむ、そうじゃろう。味はどうじゃ?」
「……そういえば、味はしなかったような」
言われてみれば感触だけが伝わってきて、味を思い出せないことに首を傾げた。
「舌を麻痺させる効果があるのじゃ。調整前に飲んだ時は、それはもう不味くてのぅ」
「この麻痺、いつまで続くの?」
「ほんの数分じゃ。飲む時だけ効けばよいからの」
ふ〜んと頷きながら自身の魔力に集中したエストは、もう切れかかっている麻痺の正体を探る。
これまでに経験した、いわゆる毒に分類された知識を引っ張りだしていくと、僅か数秒で答えを導き出した。
「…………あぁ、ファタの実の種か。油っぽいとろみもあったし、ボタニグラの種油も使ってるよね?」
「よく分かったのぅ? 種を干してすり潰して、魔石の粉と混ぜておる。紫色なのは種の色なのじゃ」
「ウルティスのおやつが薬になっちゃった」
ファタの実は、庭にも生えている楕円の果実だ。熟れると赤く色付き、橙色の果肉部分が甘く美味しいのだが、種には毒があることで有名だ。
最近はしょっちゅうウルティスが持って帰ってくるので、種にはしばらく困らない。
当の本人は耳を触れるのが気持ちいいのか、ウトウトと首を振ってはシスティリアにもたれ掛かり、胸を枕に眠り始めた。
「そこら辺の材料は簡単なのじゃが、やはり月椿が問題じゃな。一杯につき花弁一枚。花ひとつで6枚しか取れぬからのぅ……」
「安く見て一杯7万リカ。売るには高すぎるね」
「まぁ、趣味じゃ。金は求めとらん」
通常、魔力回復薬は1万リカもしない。
値段相応の効能にはなるが、冒険者をしている魔術師にとっては必需品である。市販されている物は初級魔術1発分、といった回復量しかないのだが、今回魔女が作った回復量は、上級魔術20発分。
常人の魔力欠乏症を一気に全快しても有り余る回復量を誇っているのだ。
そう考えると一杯7万リカは破格の性能なのだが、如何せん効果を試した相手が悪い。無尽蔵の魔力を持つ魔女と、鍛え抜かれた膨大な魔力総量のエスト。
市販薬などただの水同然の2人にとって、魔力回復薬の効果を比べるには相性が悪い。
しかし、ここでエストがぽんと手を打つ。
「僕が効果を実感できるって、これ相当凄いんじゃない?」
「……ふむ、確かにのぅ」
「あれだけ鍛えて〜、龍の魔力を宿したのにね〜」
ここで魔女特製魔力回復薬の正しい評価が生まれると、そっとシスティリアの手が挙がる。
「アタシが飲んでも比較対象になるかしら?」
「うむ、助かるのじゃ! ちと待っておれ」
ウルティスをソファに寝かせたシスティリアがエストの隣に座ると、エストの手をとり、机の下で握った。
のんびりとした空気にアリアが大きな欠伸をする下で、2人は指を絡めてじゃれあっていると、研究室から出て来た魔女が、再びボウルに注がれた魔力回復薬を持ってきた。
システィリアの前に置かれると、確かに香りが良い。ゆっくりと口につけて一気に飲み干せば、とろみの気持ち悪さが口全体に広がっていく。
ごくん、と嚥下の音が聞こえ、尻尾の毛が逆立つ。
「……力が漲る感覚だわ。今ならどんな魔術も使えちゃいそう」
効果は絶大だった。
心なしか肌の色も良くなり、やる気に満ちている風に見えるシスティリア。エストが彼女の方を向いて首を傾げると、舌なめずりで返答された。
「師匠、大丈夫? 変な薬とか入れてない?」
「お主もさっき飲んだじゃろうに……」
システィリアのイタズラにホッと息を吐き、今度はエストの方から彼女の手を握ると、親指で指の背を撫でた。手から伝わる愛情に尻尾を振ったシスティリアは、にこやかな笑みを浮かべてエストにもたれかかった。
どこか散歩に行きたい犬のような表情に、エストは思わず頭を撫でた。
「今日も魔物、倒しに行く?」
「ええ。魔術の練習もしたいの」
特にこれといった用意は必要なく、散歩のついでに魔物を倒す感覚で、昨夜ウルティスと来た湖畔を歩く。
今日のシスティリアは耳が飛び出た茶色の帽子に、厚手のシャツに手編みのセーターを着ている。薄黄色のセーターから視線を下に送れば、動きやすいカーキ色の薄い生地のパンツと、しっかりとした魔物の革の靴を履いていた。
「今日も一段と可愛いね」
「うふっ、ありがと。エストも似合ってるわよ?」
エストもお揃いのセーターを着ており、下が厚手の濃茶色のパンツで、靴は魔石と混ぜた炭で染色された、防水防汚に優れた革靴を履いている。
ざわざわと紅葉した木々が風に揺られ、湖面に波紋が伝う。足元のどんぐりを拾いたくなる衝動に駆られるエストは、システィリアと繋いだ手に意識を向けて我慢する。
すると、庭には2本しかないメープルの木を見つけた。
「ウチのメープルって樹液は採っているのかしら?」
「今年の分はもう採り終えたね。明日のパンケーキに掛ける?」
「そうね! 果物もいっぱい食べたいわ」
果物はウルティスがよく採ってくるため、冷蔵保存庫、並びにエストの亜空間に在庫がある。追熟が必要な物には時間が流れる亜空間に入れることで、好きな時に食べ頃を頂ける。
何気なくファタの実を取り出したエストは、
無言でシスティリアの顔の近くに持っていけば、繊維質の果肉を齧る感触と、甘い果汁が溢れ出す。
続いてエストも齧れば、最近のデザートの定番になりつつある、秋の甘みに舌鼓を打った。
「ふふっ、ありがと。美味しいわね」
「通は塩をまぶして食べるらしい」
「……やったの?」
「美味しくなかった。そのままが一番だね」
2人で仲良く齧り合い、種はしっかりと亜空間に保管すると、システィリアの
景色を楽しみながら指を絡め、秋の空の高さに息を吐いていると……剣戟の音が聞こえた。
「森の方からね」
「魔物と戦ってるみたいだね」
エストは魔力探知で魔物の反応を掴むが、システィリアが首を振った。
「だとしたら金属音は鳴らないはずよ。この辺りなんて、ゴブリンかコボルトくらいしか出ないじゃない」
「行ってみようか」
音の違和感を確かめるべく2人が森に入ると、そこには5体のゴブリンと戦う3人の冒険者、そして、冒険者を襲おうとしている5人の盗賊が居た。
三つ巴の戦いになっていたところに、エストが即座に創造した氷の剣を持ったシスティリアが介入した。
「あ〜あ、四つ巴になっちゃった」
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