第2部-第3章 能ある狼は牙を研ぐ

第391話 お兄ちゃんと一緒に


「お兄ちゃん、いこ!」


「それじゃあシスティ、行ってくるね」


「ええ、行ってらっしゃい。見つかると良いわね、月椿つきつばき



 人知れず未来を救ってから1ヶ月が経ち、ウルティスの人族語も滑らかになってきた頃。3週間かけて筋肉痛が治ったエストは、魔女の依頼で月椿の花を探すことになった。


 強力な魔力回復薬の材料らしく、月明かりの下でしか咲かないため、買うと1輪40万リカという値段で取引されるので、エストとウルティスが立ち上がった。


 2人とも散歩感覚で街道から離れた森へ探しに行くのだが、好奇心に歯止めをかけられない2人は、早速道草を食っている。



「お魚さん! お兄ちゃん、お魚さんだよ!」


「奥の方から続いている小川か……ってその赤い鱗」


「おいしいの!?」


「高く売れる。石食いしはこいっていう魚で、時たま宝石を食べて、その成分の鱗ができるんだ」



 稀に庭の川へやってくる、30センチほどの魚だ。殆どの石食み鯉は灰色の硬い鱗に覆われ、ナイフも通さないことから好まれないが、宝石を餌に出来た個体は別だ。


 大抵は翡翠を食べて淡い緑色の鱗が宝石的価値を持つのだが、今回のようにルビーなどの緑色ではない鱗は、更なる希少価値が付いて高く売れる。


 そのお値段、最低でも80万リカ。

 早速釣り竿を手にしたエストは、しゃがみこんで小川を覗くウルティスに差し出す。



「ぴかぴかしてるね……きれい」


「釣る? 掴み取る?」


「……おいしいの?」


「……美味しいらしい」


「じゃあ釣る! お兄ちゃん見てて!」



 そう言って釣り竿を受け取ったウルティスは、おやつ代わりにポケットに入れていた幼虫を針に掛けるが、エストが止めた。



「ダメなの?」


「この鯉を釣るなら、餌はこいつを使う」



 あたかもポケットから取り出したようにゴブリンの魔石を見せたエストは、親指と人差し指の腹に氷刃ヒュギルを纏わせると、半分に割った魔石を針の上部の糸に括り付けた。


 そしてウルティスの後ろに立ち、小さな手を包み込むようにして一緒に針を落とすと、直ぐに石食み鯉が食いついた。


 掛かったルビーの個体はかなり重く、手を添えているだけのエストは、ウルティスの足を見て補助に回った。

 何せ、相手は平均で50キログラムは超える超重量の川魚だ。体重差で負けるウルティスが勝つには、ひと工夫要る。



「お、重いよぉ…………でも!」



 腰を入れて戦ったウルティスは、獣人の力を生かすことで石食み鯉を釣り上げてしまった。

 背後の草の上でビチビチと跳ねる鯉のエラに、エストの風刃フギルが入って絶命する。



「よくやったね。凄いよ」


「えへへ〜……もっともっと〜」



 ひとしきり頭を撫でてやったエストは、昼食前の軽食として石食み鯉を捌くことにした。

 石食み鯉を適当な切り株の上に乗せると、エストはおもむろにハンマーとノミを構え、鱗に突き立てた。



「それ、お料理?」


「うん。まずは鱗を剥がさないとなんだけど、包丁だと逆に折れるし、手でやると大怪我をするからね。工具を使うのが一般的かな」


「ほぇ〜」



 ガン、ガン、とエラ周りの鱗を砕いたエストは、一度剥げた場所から皮と鱗の間にノミを差し込むと、一枚ずつ丁寧に剥いでルビーの鱗を入手する。



「わ〜、きれ〜い」



 透き通った赤の鱗を木漏れ日に透かすウルティスは、同色に輝く瞳で見つめていた。


 花綺石はなきせきを混ぜた水で軽く洗い、黄色に染められた氷のチェーンに取り付けられた紅玉の鱗は、とりあえずウルティスの首にかけられた。


 嬉しそうに尻尾を振りながら調理を見守ると、ぶつ切りにした切り身をボタニグラオイルで素揚げにして、骨までカラッと揚げられた。



「わっはぁ〜、おいしそ〜」



 適当な倒木に2人で並んで座ると、フォークに刺してウルティスが頬張る。はふはふと熱そうに口から湯気を出しながら、淡白な身に適した揚げ物に耳をピンと立てた。



「美味しい?」


「おいっっっっっし〜〜〜!!!」



 大きく溜められたその言葉に、エストはちょいちょいと塩をまぶした。シトリンで買った、旨みを引き立てる海の塩だ。


 2人で揃って口に入れると、更に味が引き締まった素揚げが、黙々と食べる手を進めた。


 あっという間に一尾丸々食べ終わると、綺麗なネックレスと美味しい料理に満足したウルティスは、上機嫌にエストと手を繋いだ。


 ぶんぶんと手と尻尾を振りながら歩いていると、前方からバキバキと木が折れる音が聞こえてくる。



 そっと顔を出して覗けば、食い溜めしたオークが折った木の幹を枕に寝ていた。



「オークさん、初めて見た」


「斬る? 倒す?」


「えへへ、あたし知ってるよ。オークさんはおいしいって。だから……たべるっ!」



 エストの提示したどちらでも無い意見を出したウルティスは、エストから氷の長剣を受け取った。

 長剣といっても子ども用サイズだ。剣術を習わない子どもが振れば大怪我をするだろうが、ウルティスは違う。


 アリアにこれでもかと剣術を叩き込まれ、真剣で模擬戦を重ねた8歳児には、眠っているオークなど敵ではなかった。


 足音を消して近付いたウルティスが、一刀のもとにオークの首を真っ二つにすると、ドクドクと流れ出た血が小さな池を作る。



「やったよお兄ちゃん! 見て! 見て〜!」


「良い剣筋だった。すごいよウルティス」


「えへへ、オークさん、いただきます」



 頂いた命にぺこりと頭を下げ、エストに解体を習うウルティス。汚れてもいいようにローブを着て隣で見ると、半分はその手でやることになった。


 まだ体が小さいこともあって、何度か刃を入れた肉は傷がついてしまったが、エストは咎めることなくウルティスを褒めちぎった。


 初めてにしては上手く分けられた肉の塊がエストの亜空間に仕舞われると、切り落とした頭を先程の小川で洗う。



「オークさんの頭はたべないの〜?」


「耳は乾燥させると食べられるけど、頭自体が討伐証明部位なんだ。耳が無くても大丈夫……だけど、これは後で換金しよう」


「かんきん?」


「お金にすることだよ。今日ウルティスは、初めて自分の手でお金を稼いだんだ」


「ほぇ〜…………たのしいね!」



 まだ働ける年齢にもなっていない子どもに、命のやり取りで稼ぐことを『楽しい』と感じることは、それはそれで問題な気もするがエストは頷いた。


 というのも、まともに街で働かないのであれば、冒険者になって魔物や動物を狩るしか金を稼ぐ術が無いのだ。

 ウルティスは獣人という、高い身体能力に恵まれた体に、誘拐こそされたものの、助けられてからは最高の成長環境に身を置いている。


 星付き冒険者が3人、時に4人に囲まれて育ったなど、どこを探してもウルティスしか居ない。そんな彼女なら、幼いながらに命を奪い合う行為に『楽しさ』を見出すこともあるだろう。


 ただし、釘は刺しておく。



「ウルティスは強い子だ。だけど、ウルティスほど強い子は他に居ない。これから友達ができたら、周りの子に合わせてあげるんだよ」


「ほぇ? ……うん!」


「ま、強いことは良いことだ。月椿探しを再開しよう」



 そうして昼まで探すがそれらしき花木は見つからず、昼食にウルティスが初めて倒したオークを振舞ったエストだが、肝心の本人はいつもと変わらない様子で平らげた。


 重量にして5キログラムをひとりで食べていたが、成長中の体はまだまだエネルギーを欲しているのか、夕方前にも同量の肉を食べていた。


 エストとウルティス。幼少期から凄まじい必要エネルギー量を誇る2人が合わさると、午前に倒したオークは、気がつけば内臓しか残っていなかった。


 月明かりの下、湖畔を歩く2人が水面に反射する月を見ていると、ウルティスの耳がぴくりと反応する。



「あっち!」



 繋いだエストの手を引っ張りながら木々を掻き分けた先には、1本だけ孤立した気に真珠のような白を輝かせた、椿の花が咲いていた。


 見れば木の根元に、月椿が落ちている。


 ウルティスの耳が捉えたのは、花の落ちた音だったようだ。

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