第327話 嫁義姉問題


「そろそろ師匠たちを呼ぼうか」



 新居での生活が始まり、一週間も経つとエストはお金を稼がねばならなくなる。そこで発生した問題のひとつに、休業中のシスティリアがひとりになる、というものがあった。


 突然の体調不良や家事の手伝いなど、少しでもシスティリアの力になりたいと魔女から手紙を受け取っていた2人は、遂に手を借りることを決意した。



「アタシはまだまだ平気よ?」


「そう思えるうちに呼ぼう」


「もうっ、心配性なんだから……分かったわ」



 朝のうちに話をつけておきたいと言うエストは、挨拶も兼ねて着いて行くというシスティリアと共に半透明の魔法陣を踏む。


 家の中では靴を脱ぐ都合上、玄関で転移をするのが少しばかり面倒だが、じきに慣れることだろう。


 景色が緑一色の魔女の森へ変わり、少し歩いて実家に帰れば、アリアののんびりとした声で出迎えられた。



「おかえり〜。システィちゃんおめでと〜」


「おかえりじゃ。2人とも健康そうで何よりじゃの」


「ありがとうアリアさん。エルミリアさん」



 システィリアもここを実家だと思っているのか、慣れた動作で椅子に座れば、アリアが出してくれた温かいお茶を啜る。


 あちっ、と可愛らしい声を聞きながら、エストは魔女を見つめた。



「急にごめんね。実は──」


「分かっておる。システィリアの手伝いじゃろう? おおかた、寂しくさせぬようにと思ったんじゃろ」



 エストの考えることはお見通しである。

 どれだけシスティリアを愛しているか、そして、愛されているかを知っている魔女は、したり顔でそう言った。



「うん、お願い。助けてほしい」



 エストが真正面から助けを求めたのは、片手で数えられる回数しかない。

 息子からの救難信号を前に、母親は即座に頷いた。



「アリア、用意せい。わらわは出来ておる」


「服いっぱい持ってくる〜」



 既に衣類は大量に買い込んだエストたちだが、それでも足りない、もしくは困った時のために、アリアは私服を十数着持ってきた。


 2人は妊娠を経験したことはない。しかし、システィリアが家族になった時から、いつか来るこの日のために大量の本を読み込んだ。


 家族が増える一大イベントを前に、全力で備えるのは当然のことだった。






「うひゃ〜、おっきい家だ〜!」


「ふむ、空間拡張はしておらぬのか」



 家の前に転移すると、アリアはその全容を確かめようと外を歩いて回り、魔女は顎に手を当てて吟味するように見つめた。



「エスト〜、どうしてお庭に魔物が居るの〜?」


「研究中なんだ。ボタニグラの方は寒さで動いてないけど、ゴーレムは元気だよ。安全には気を付けてる」


「魔術の次は魔物か。好奇心が尽きぬのぅ?」


「面白いからね。魔道具も作りたいし、システィとお店も開きたい。やりたいことがいっぱいなんだ」



 無邪気な笑顔で未来を語るエストに、その場に居た誰もが柔らかい笑みを浮かべた。

 魔族を討った2人なら実現出来ると信じた魔女たちは、システィリア先導のもと、新居の案内を受けた。


 普通に暮らす分なら不自由の無い家だが、魔女はひとつだけ、これから苦しくなるであろう部分に目をつけた。



「階段じゃが、お腹が大きくなれば昇り降りしづらいじゃろう」


「あ、確かに。どうしましょう?」


「な〜に、そこはわらわの出番じゃ。1階と2階を結ぶ空間転移の魔法陣を敷けばよい。わらわが常駐しておる限り、案ずることはない。エストもそれでよいな?」


「願ってもないよ。ありがとう師匠」


「ほっほっほ。なんと言ってもわらわ、おばあちゃんになるのじゃからな! 義娘のために粉骨砕身するぞ!」



 空間魔術師として大先輩である魔女の技にもなれば、エストよりも格段に生活に寄り添った空間魔術が扱える。

 まだまだ歴が浅いエストは、空間魔術が人を助ける魔術として、学んでいる途中なのだ。


 やはり師匠は師匠だと思いながら、エストは白雪蚕のローブを羽織った。



「どこか行くの〜?」


「ラゴッドの火山洞窟。リザードマンなら、安定して稼げるからね」


「それなら〜、指名依頼を受けた方が早くな〜い?」


「そうなの? わかんないや」


「討伐系なら〜、Aランクだと30万リカは入るし〜、護衛だとその倍は貰えるよ〜」


「リザードマンの方が早いや」


「ちぇっ。このモグラ魔術師め〜!」



 いつの間にかメイド服に着替えたアリアは、エストの頭をわしゃわしゃと撫でながら見送った。

 指名依頼の達成よりも魔石納品の方が稼げると言う魔術師など、この世に何人居ることか。アリアとは真逆の戦い方をするだけに、稼ぎ方にも色が出るのだ。


 玄関の鍵をかけたアリアが振り返れば、そこにはムッとしたシスティリアが立っていた。



「アタシ、行ってらっしゃい言ってない」


「あ……えっと〜……ごめんちゃい」


「次からは気を付けてよね。アタシのエストなんだから!」


「……っす。すんません」


「ひょえ〜、嫁義姉問題じゃ〜」



 これは中々に騒がしい生活になりそうだと思う魔女は、何があってもシスティリアの味方で居ようと心に決めた。


 どちらかと言うとエスト側のアリアには、あくまでお邪魔している立場なのだと口酸っぱく伝える。

 実質的な家主はシスティリアであることを、メイド脳のアリアに叩き込むのだ。




「これから面白くなりそうじゃの」

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