第143話 紅き力の眠る場所 2


 マース火山の登山道は過酷なもので、足場が脆く滑りやすく、街が遠くに見えるほど登れば、絶え間なく鳥の魔物が襲ってくる。


 火を吹く鳥や風の刃を飛ばす鳥、他にも赤い皮膚のオークや、忌々しいエルダーオークも現れた。



「本当に炎龍は居るのよね? もうずっと戦ってばかりだけど、山頂に着く未来が見えないわ」


「3時間でこのペースは日を跨ぎそうだなぁ」


「ここでの野営は自殺行為だぞ」



 氷のドームを作って昼食をとっていた3人は、魔物に落とされるペースをどう挽回したものかと唸っている。

 10歩進めば魔術を使うような現状、エストの魔力的には余裕があるものの、2人の体力は着実に削れていく。


 最悪は転移するという手もあるが、直感で使わない方が良いと思ったエストは、いっそのこと戦うことを辞める選択肢を導き出した。



「走ろうか。全員に氷鎧ヒュガをかけるから、上まで一気に駆け上がろう」


「名案ね! それで行きましょ!」


「ダメだ。ここの地面は崩れやすい。走って滑落すれば、命はあっても時間が無くなる。地道に行く方が賢明だ」



 本音を言えば、ブロフだって走りたかった。

 しかし、地形に足を持って行かれては本末転倒。

 戦わない選択肢はあっても、走るという行為がマース火山ではご法度だった。



「……あんまりやりたくないんだけど」



 いつもなら閃いた! と言わんばかりの表情で案を出すエストが、珍しく乗り気ではない顔で第3の案を挙げた。



「どうしたの?」


「……近くの魔物、僕の魔術で全部倒しちゃおうか?」


「……できるの?」


「目視してからでは遅いぞ」


「わかってる。だから、探知した魔物だけを狙う。可能かと言われたら、うん、できる」



 地面に置いていた杖にそっと魔力を流すと、半径1キロメートル圏内の魔物を捉えた。その数は優に100を超えているが、話すべきではないだろう。


 エストの出した、あまりにも馬鹿げた作戦は、非常に合理的ではあるものの、力の使い方が間違っているようにも感じたシスティリア。


 彼はずっと守るために魔術を使うと言っていたのに、今しがた出された案は殺戮の限りである。


 登頂を目指す上には最高の方法だが、エストの考え方には合っていないのだろう。



 あまりやりたくないと言った理由が手に取るように分かった彼女は、優しく杖を握る手に触れた。



「やめておきましょ。生態系を崩しかねないもの」


「襲ってくる時点で変わらないだろう」


「それだけじゃないわ。これはアタシたち前衛が乗り越えるべき壁でもあると思うの。さっきのエルダーオーク、大量の小物を相手にしていたエストにも手伝わせちゃったし、アタシとブロフで勝てるようにならないとダメよ」



 エストの真意を汲みつつ、課題だと言う。

 事実、本来ならひとりでも対応可能なシスティリアとブロフは、脆い地面で上手く踏み込めず、手間取ってしまった。


 鳥の相手をしながらオークの足を凍らせたエストに、大きくない不甲斐なさを感じたのだ。


 それはブロフも同様だったのか、沈黙の後に頷いた。



「……ん、噂をすれば来たよ、エルダーオーク」


「任せてちょうだい。今度こそ2人で片付けるわ!」


「オレもまだまだ甘い。エスト、後ろを頼む」



 2人が立ち上がったのを合図に、ドームを消したエストは、後方にまわる。

 既に上空では数羽の鳥が旋回している。

 自分の意思を尊重してくれたシスティリアと、その言葉を聞き入れたブロフを信頼し、襲い来る鳥に集中した。


 くちばしの先から真っ赤な炎を吹きながら急降下する、赤い羽根が特徴的な鳥の魔物──フォーゲル・フー。

 そして、それよりも速く風を切って突っ込んでくる近縁種のフォーゲル・ヴァン。


 どちらも単体でBランクに分類される、危険な魔物である。


 特にフォーゲル・ヴァンに限っては、飛行時に風の魔力を使っているため、異次元的な機動力を持っている。

 その力量は凄まじく、エストの氷針ヒュニスを回避するほどだ。



 そうして、瞬く間にエストとの距離を縮める2種の魔物だったが、ある瞬間を境に力が抜けたように墜落した。



「やっぱり。君たちは闇魔術に弱いね」



 昔、魔女に教わったことである。

 素早い魔物は大抵が視力を頼りに動いているため、視界を奪えば容易に勝てること。

 闇魔術を学ぶ上で、身を守るために相手の五感を奪うことは非常に有効なのだ。



「全部で6羽か。串焼きと煮込み……悩む」



 そんなことを言いながら首を落とし、凍らせてから亜空間に入れると、システィリアたちの決着がつく。


 水魔術を使いながらエルダーオークに接近したシスティリアが、相手の足の筋を斬ったようで、体勢を崩したオークがうつ伏せに倒れ込む。


 そして、足場を踏み固めるように重く踏みしめたブロフは、ハンマーに体重を乗せ、一気に振り下ろした。



 メキャッと嫌な音が聞こえると、エルダーオークの頭の一部が地面に染み込んでいた。



「お疲れさま。良い連携だったね」


「ふふっ、ありがと。ああいう大きな相手は、アタシが動きを止めさせてからブロフが叩くのが一番みたいなの」


「お嬢は速く、上手い。長所を活かせる相手というのも大きいだろうな」


「……システィの剣は強いよ」


「なに張り合ってんのよっ! それより早く行くわよ。次が来る前に一歩でも進みたいもの」



 過去にエルダーオークに大敗を喫した彼女はどこへやら。今では逞しく前線に立ち、その敵を鮮やかに無力化させていた。


 強くなった姿に感心するエストだが、同時に少々の寂しさを覚える。


 小さく頼りない背中に、挑発的な尻尾の揺らぎ。

 そんな印象が強かったせいか、今の優雅な立ち姿と相手に合った動きを見せる尻尾がより美しく見えた。



「エスト〜? まだ〜?」


「もう行くよ!」



 ぶんぶんと顔を振ってエルダーオークを凍結、収納すると、小さい石の粒を蹴って2人に駆け寄る。



「何かあったのか?」


「ふふん、どうせアタシに見惚れてたんでしょ?」


「うん。たった3年で、随分変わったなぁって」


「……ホ、ホントだったんだ」



 依然として騒がしい一行は、少しペースを上げて進んで行く。

 黒い山肌の露出がより多くなると、それに比例して魔物の数と質が上がる。


 それから2時間ほどが経ち、少し緩やかな地形になったところで、は居た。


 茶色と白の羽根が鋭い針のように生え揃い、わしのような頭をした大きな体躯は、獅子の胴体に翼が伸びている。


 最初に視界に入れた前衛の2人が足を止めると、その後ろからエストが顔を覗かせた。



「うわ、何あれ! カッコイイ!」


「っ! コラ、大声出したら……」



 初めて実物を見て興奮したエストは、つい大きな声を出してしまった。

 大きな獅子の足で顔の羽繕いをしていたソレは、静かにこちらに振り返る。




「コイツはAランク上位……ワイバーンよりも遥かに強い────グリフォンだ」

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