第144話 紅き力の眠る場所 3


 エストの声に反応したグリフォンは、翼を広げ、針のような羽根を飛ばしてきた。


 身構えるシスティリアとブロフの前に氷壁ヒュデールを展開したエストは、突き刺さった無数の羽根を見て満面の笑みを浮かべる。



「本物だ……本物のグリフォンだよ!」



 興奮したエストに向かって駆けるグリフォンは、立ちはだかるブロフに向かって跳躍すると、翼を羽ばたかせて空を踏んだ。


 身長の低いブロフの上をとったグリフォン。

 しかし、彼を攻撃することなく更に走り、標的をエストに絞った。


 エストは迎撃するように棘のある氷槍ヒュディクを高速で射出したが、それを見切ったグリフォンが槍の柄を爪で叩き落とした。

 この時点で今まで戦ってきたどの魔物よりも速く、賢いことを実感するエストに、容赦なく獅子の爪が向けられる。


 試しに槍剣杖そうけんじょうで受け止めようとするが、システィリアが手を掴んで引っ張った。


 空振りに終わったグリフォンは、3人とある程度の距離をとり、再度羽根による攻撃を試みるも、氷の壁に阻まれた。



「もう、バカ! あの図体に人間が適うわけ無いでしょうが!」


「た、確かに。無謀だったね」


「ホント、賢いのにバカなんだから……」



 それそうとして、地上による戦いができない以上、前衛組の打てる手は少なくなっていた。

 攻撃をしようにも飛んで回避されてしまい、距離をとられると羽根が吹雪のように襲ってくる。


 グリフォンはその巨体と獅子の胴体も凄まじいものがあるが、真に恐ろしいのは高い知能にある。


 飛べない獲物にはすぐに生え変わる羽根を刺し、空を飛ぶものには鋭い嘴で襲い、硬い皮膚には獅子の足で砕き、爪で刺す。


 相手によって使う武器を変え、時に逃げる判断を下す。その上、地形を把握して敢えて“殺さない”ことで新鮮な状態を保たせる行動が見つかっており、冒険者ギルドで最高ランクの魔物に位置づけられた。



「……遊ばれてるな」


「エスト、アイツを落としたり拘束することはできる?」


「さっきから試してるんだけど、魔力の動きを見ているのか全部避けられるんだよね」



 見れば、グリフォンは空中にある何かを避けるように宙を駆けている。

 危機察知能力も異常に高く、このままでは日が暮れてしまう。タダでさえ連戦続きで消耗している今、短期決戦が望ましい。



「速さ……あ、そういえばアレは試してないな」


「何かあるの?」


「うん。システィは怒るかもしれないけど」



 言っている意味が分からない様子の彼女に、エストは分かりやすく見せてあげた。


 髪や体、そして手足からバチバチッと弾けるような音が鳴ると、システィリアの耳がぺたりと垂れる。



 それは、かつてエストが静かに死にかけた要因であり、彼女が密かに怖がっている存在──雷だ。



 徐々に激しさを増した白い雷は、エストの全身から魔力を伝って迸る。


 杖の先端から、一筋の光が走った。

 それは瞬く間にグリフォンの脚に命中すると、翼を伸ばしたまま堕ちるグリフォン。


 しかし相手はAランクの魔物。

 多少感電した程度では命を落とさない。


 だが……対するは賢者に鍛えられた賢者。


 グリフォンが落ちた場所にめがけて、無数の稲妻を走らせた。

 バチバチッ! と常に音を発しながら、それは音を追い抜いて行く。



「これが…………賢者、なのか」


「……雷って操れるものなのね」


「魔術とは呼べないからまだ言ってなかったけど、こうした魔力の変質化はできるんだ。ほら、2人とも。今のうちにやっちゃって」



 どこぞの学園長に魔道書を書いてもらいたい気持ちを抱きつつ、2人に倒すよう指示を出す。

 今のエストは、常にグリフォンを痺れさせるためにかなりのリソースを使っている。下手に他の魔術を使おうものなら、取り逃がす可能性があるのだ。


 武器を構えた2人が走っていくのを見ながら、意外と勝てるものだなと思うエスト。



「エスト! アタシたち触れないわよ!」


「叩くタイミングで消すから大丈夫だよ」



 そうして、ピクピクと痺れているグリフォンの首が砕かれ、切断されると、意気揚々と2人が戻ってきた。



「やるわね! アンタだけで倒したようなものよ!」


「見事な腕だ。感心した」


「そ、そう……よかっ、た」


「どうしたの!? 何か……ッ!」



 俯いたまま倒れそうになるエストを抱きとめたシスティリアに、バチバチと服に残っていた電気が走る。

 幸い、身体に影響が出るほどの強さではなかったが、この電気を常に浴びていたエストを思うと、やはり予想通りムッと表情を歪めた。



「もう! 戦闘に雷を使うのはしばらく禁止! ちゃんと理論にしてから使いなさい!」



「……はぁい」



 案の定、絶対禁止ではなく使えるようになるまで禁止という、感情だけではないお叱りを受けるエストだった。



「……痛い代償だな」


「勝てたからいいんだ。それより、回収して登ろう。火口まであと少しだからね」



 そうして、世にも珍しいグリフォンの死体を亜空間に仕舞うと、火口まで一直線に登る一行。


 グリフォンの明確な弱点を知ったからか、エストの表情は幾分か柔らかくなっていた。

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