第145話 紅き力の眠る場所 4
「……ドゥレディアとは違った暑さだね」
火口に近づくにつれ、火山の血液たるマグマの熱が山肌を伝い、靴越しに熱を感じている。
肉を焼けそうな地面から足を守るため、エストは全員の靴に氷を纏わせ、底面を針状に変形させた。
数回足踏みをしたブロフは、その仕事ぶりを高く評価した。
「こいつは良い。助かった」
「火口はもう目の前だよ。引き締めて行こう」
陣形を変え、エストを先頭に進んで行く。
もうじき火山を登頂し、火口に居るであろう炎龍との対面だ。
最後にシスティリアと目を合わせたエストは、最初にその景色を目に入れる。
「……居た」
静かに。されど重みのある声だった。
それは過去に、エストが本物のドラゴンと会ったことがあるからだろう。
刹那に走る緊張感に背中を押され、2人もその姿を見下ろした。
火口を覗き込み、ボコボコと溶岩が踊る舞台の上で、真紅の鱗を
遠くから見ても分かる巨体に、2人は一歩引いてしまう。
跳ねた溶岩を弾く鱗の性能は凄まじく、火の明かりに照らされて怪しい輝きを放つ。
氷龍よりも少し小さいと感じたエストは、炎龍に向かって声をかけた。
「ねぇ、君を仲間にするように言われたんだけど、起きてくれる?」
閉じていた目が開かれると、煮えていた炎たちが静かになった。
炎の王。
そんな言葉が似合う炎龍は、静かに舞台を整えた。
大きな頭を持ち上げると、エストを見つめる。
『……龍の、匂い』
「おお、喋った。なんか気持ち悪いね」
エストはあれだけ氷龍と居たのに、その声を聞いたことが無い。
炎龍の声は、年老いた男性のようである。
意外にもおじいちゃんなのかな、と思ったエストは、氷龍とも話をしたくなった。
そういえばと氷龍から貰った龍玉を取り出したエストは、とりあえず話を呼びかけた。
『ほう……あの方が認めた人間か』
「あの方? 氷龍って偉いの?」
『……強い。生物としての格が違う』
「ふ〜ん。その氷龍が、ドラゴンが僕たちと一緒に魔族と戦うって言ったらしいよ」
一瞬のことだった。
突然炎龍から凄まじい殺気が放たれると、ブロフは体を震わせ、システィリアは片膝をついてしまった。
「な、何……今の……」
「……死んだと思ったぞ」
冷や汗を滝のように流す2人を横目に、エストは炎龍から顔を逸らさなかった。
『龍の殺気をものともしないか。本物だな』
「氷龍の方がもうちょっと怖かったね」
『……あの方に比べれば、我の殺気などそよ風であろう』
「そこまで違いは無いよ」
炎龍の言う通り、氷龍の殺気は強かった。
しかし初めてでも耐えられるものであり、魔術の上から腕を食った時の方が何倍も恐ろしいのだ。
ドラゴンには、殺意ではなく興味を向けられる方が怖いことをエストは知っている。
『……人間、降りて来い。我の力を貸すのは構わん。だが、元の力を知りたい。我と戦え』
「……いいけど、本当にこうなるとはね」
ジオに言われていた通りの展開だった。
ドラゴンは力を尊重する種族でもあることから、元の力量を知らないと施しの加減も分からない。
やるしかないと腹を括ったエストは、2人に着いて来ないようにと言ってから氷の柱を足場に降りた。
炎龍が固めた溶岩の地面は、意外にもしっかりとした足場となっている。
「で、どうしたらいい? 倒せばいいの?」
『虚勢を張るな。我の鱗を貫けば、それで認めよう』
「わかった。死ななければ治すから、安心してね」
そう言って杖を構えるエストを、上から2人は眺めていた。
もう陽も大きく傾いており、わずかな明かりで照らされた炎龍と、純白の魔法陣を輝かせるエストが際立っている。
「……だ、大丈夫かしら」
「……信じろ。お前の男だ」
「でも……あの魔物は本当に、色々とおかしいわよ」
殺気の影響もあってか、システィリアの尻尾が内側に巻いている。
目尻に小さな輝きを付け、胸の前で手を組むことしかできないのだ。もはや無力さは感じない。
魔族ともまた違う、圧倒的な“差”を炎龍に感じてしまい、エストが無事であることしか願えないのだ。
それはブロフも同様であり、彼の場合は戦士としての未熟さを体の芯に叩き込まれた。
「頼むぞ……エスト」
「信じてるわよ」
「それじゃあ、早いとこ撃っちゃうね」
『いつでも来い』
魔法陣から溢れ出した魔力が風を起こし、エストのローブをはためかせる。
もう、幾つ構成要素が重ねられたのか分からないほど早く回転する魔法陣に、炎龍は小さく身構えていた。
見た目は殆ど魔力を放たない人間なのに、たった一撃に込める魔力量が異常なのだ。
あの氷龍が認めただけはあると、既にこの時点で認めつつある炎龍だが、全てはこの一撃を受けてからだと言い聞かせた。
一際早く魔法陣が回転した瞬間、パッとそれは輝いた。
「
その瞬間、炎龍の頭が消し飛んだ。
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