第142話 紅き力の眠る場所 1
「ふぅ……やっと帰ってくれた。まさか光魔術を教えることになるとは」
「シェリス姫のあの反応、昔のアタシと同じだったわね」
「でもまさか、単属性のシェリスよりシスティの方が上手かったのは意外だった。複数持ちって、どっちかに偏りやすいらしいから」
「……アンタが言ってもねぇ」
紙いっぱいに教わったことを記した王女組を見送ったエストは、マース火山の山頂──炎龍に会うための準備をしていた。
準備と言っても自身の分は亜空間に入れられるので、野草や鉱石、蜂蜜なんかを入れるための瓶を作っているのである。
背嚢に数十個の氷の瓶を詰め終わると、ロビーでブロフと合流してダンジョンへの道を往く。
「こっちの道で合ってるのかしら?」
「麓にダンジョンがあるから、途中で逸れて直接登るよ」
「火山は魔物が多い。気をつけろ」
特に活火山は地中から溢れ出す魔力のせいで、そこらじゅうにBランク相当がうろついている。幾ら戦い慣れた2人と言えど、細心の注意を払うようにブロフは忠告した。
街から伸びる道を歩いていると、向かいから怪我人を背負ったパーティとすれ違った。
中肉中背の剣士に背負われた男の顔色は悪く、ひと目で重傷を負っていることが分かる。しかし、基本が自己責任の冒険者を、わざわざ自分の薬を使ってまで治す者は居ない。
やはり光魔術が使える者が居るパーティは、全員の生存率を上げると実感した3人は、ペースを落とさずに歩いて行く。
「あの男、大丈夫じゃなさそうね」
「助けたい?」
「いいえ。助けたところで、また同じ目に逢うだけだもの。冒険者は一度の失敗で生死を分ける。アリアさんにも……魔物にも、そう教えられたわ」
「仲間の死は、お前らの想像以上に影響を与える。常にその覚悟がねぇと心の剣は簡単に折れるぞ」
既に経験した男の言葉は、とても重たいものだった。
今日隣に居る人が明日居るとは限らない。
いつ魔物に、魔族に殺されるかも分からない世の中で、ひとつのミスが容易に人が物へと変わるのだ。
ゆえに自己責任。その意味は覚悟の有無である。
「アンタは責任重大ね。アタシの命も預かっているもの」
「違う。共有財産だよ。僕の命もシスティの命も、2人で2つ分の責任がある」
「……そうね、その通りだわ」
「深刻そうに惚気けるのはやめろ」
本当にコイツらは生きていけるのか? と不安になるブロフだったが、目の前に飛び出してきたゴブリンがバラバラに砕けたのを見て、ため息を吐いた。
これを余裕と呼ぶか油断と呼ぶか、判断に困る。
それぞれがあまりにも優秀すぎるがために、ブロフはまだまだ2人への理解が足りないと実感した。
「ねぇエスト、ダンジョンが見えてるけど、いつ逸れるの?」
「入口の直前だね」
「……それは逸れるとは言わないわよ」
「もっとユーモアが欲しい」
「ギャグじゃないのよバカっ!」
全く騒がしいパーティだと思うブロフは、そこが心地よい空間だと知ってしまった。この2人の行く先には、他の誰もが見られない景色が広がっていて、眩く感じる。
本来なら火に向かう人生を、たったひとりの魔術師がこうも変えてしまうとは。
先頭で歩きながらシスティリアをからかう姿に、初めて会った時とは違う、様々な成長を感じ取った。
人はドワーフよりも早く成長するとは知っていたが、こうして改めて見ると、エストとシスティリアは他の追随を許さぬ速度で強くなっている。
毎朝の打ち合いから始まり、魔術の鍛錬や魔道書の熟読。まだ上を目指せると信じる向上心が、この2人には異常なまでに強かった。
思えばブロフは、これまで関わってきた人間に向上心に溢れた者など、商人のパルフィーやかつてのパーティメンバーしか知らない。
ただ目の前に居る男女が、それらとは違う、別格の心を持っていた。
「全く、飽きない旅をさせてくれる」
「ちょっとブロフ! アンタもエストに言ってやんなさいよ!」
「エスト、笑いは伝播するものだ」
「なるほど。じゃあ起点が大事だね」
「くっ、アンタらはどこまでも……!」
歩くペースを上げたブロフは、そっと先頭に立ってダンジョンの手前で道を逸れた。
見上げた先の火山の頂きはまだ遠く、高い。
そして3人は知ることになる。
冒険者ギルドが定める、指定危険区域のひとつに、マース火山の名があることを。
強力な魔物が跋扈する火山に、今、足を踏み入れた。
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