第126話 べルメッカの影
それはべルメッカに着いて10日目のこと。
もうすっかり生活にも慣れ、獣人が運営している傭兵組合で冒険者のように魔物を狩って報酬を受け取り、そろそろ街も見終わる頃。
エストたち3人は、街に入る前から見えていた宮殿の前まで行ってみることにした。
人通りの多い中央通りの奥に、べルメッカ及びドゥレディアを治める族長たちの集合場所がある。
それが宮殿だ。
他の建築物とは違い、異様なまでの存在感を放っているそれは、白と金の装飾でただ目立つから、というわけではなく、不思議と目を引く力があった。
人はそれを魅力と言うのだろうが、この3人は違った。いくら関心が薄くても、ここまで目を引くことは無い。
砂が付きっぱなしの尻尾に気づかないエストではないのだ。
「これ、闇魔術だね。見たことがない術式だ」
「害はあるのかしら?」
「見てみるね」
杖の先端を地面に触れさせたエストは、薄く魔力を伸ばして術式の正体を探る。
空間把握の魔術も使いながら、地中に埋め込まれた闇魔術に触れた瞬間、バチっと激しい魔力の火花が散った。
「……大丈夫か?」
「うん。でも嫌な予感がする。2人とも離れてて」
魔法陣に魔術をかけるという、触れられたくない秘密を厳重に隠す行為は珍しいことではない。だが注目を集める魔術に対して防衛線を張るのは、いささか怪しさが隠しきれていないのだ。
エストの体からバチバチと拒絶の火花が散るが、自身を覆う魔力を雷と同化させることで無傷で済ませた。
やがて地中の魔法陣が明らかになると、宮殿から大きな冠をつけた男が出てきた。
「貴様、何をしている?」
「下の魔法陣が気になっただけ」
「下……? 衛兵ッ! その男を捕らえろ!」
宮殿の前に控えていた獣人がエストを取り押さえると、ブロフとシスティリアが武器を構えようとする。
しかし、エストは『大丈夫』だと言うと、地面に押さえつけられたまま冠男を見つめた。
「秘密はバレるものだよ。特に、闇魔術はね」
「……極刑に処してやろうか?」
「迷ってるということは、恐れているんだ。素直に言えば僕は助けるよ。君は何から逃げたくてあんな術式を組んだの?」
「もういい。連れて行け」
そう言って連行されていくエストの背中を見ることしかできなかった2人は、冠をつけた男──ドゥレディアの統治者、ナバルディ・ダードを睨みつけた。
その顔は街を……国を治める者としての風格は無く、まるで一般人が冠を被っただけという印象である。
「……連れて……行かれちゃったわね」
「……ああ。どうなるんだ?」
「わかんないわよ。ただ、エストの様子から何かとんでもないものを見つけたのは確かね。それに、エストが抵抗しなかったのも謎だわ」
「あの程度に捕まるタマじゃないからな。エストは置いておいて、宮殿について調べるか」
ブロフの提案に頷くと、2人は一度宿に戻って情報収集から始めることにした。元々違和感はあった宮殿だけに、エストが見つけた秘密の正体が相当のものだと推定する。
となれば、馬鹿正直に聞いては彼と同じ目に遭いかねないので、少しぼかして聞くことに。
システィリアは町娘を装って食料品店や服屋を主に、ブロフは新しい鍛冶仲間から宮殿について調べた。
しかし、初日で集まった情報は異常なほど少なく、聞いた者は皆、『いつからあるかも分からない』と答えるほどの認知度だった。
そんな建物で街や獣人たちを治めることは非常に難しく、とてもではないが国として成り立たないのだ。
それでも何とか情報を集めていると日が暮れてしまい、ブロフと情報を擦り合わせると幾つかの謎が生まれた。
「おかしいのよ。みんな統治者があの男しか知らないって、それはもう王国よ」
「……ナバルディ・ダード。名前とドゥレディアの頭であることしか分からなかった。どういうことだ?」
「それすらも分からないのよ。全くもって異常だわ。あんな立派な宮殿、いつ誰が建てたかも知らないなんて」
どうやって住民の支持を得ているのかも分からず、ただ『彼に任せればいい』と異常な信頼を得ているナバルディ。
そこでシスティリアが考えつくのが闇魔術だが、彼女にそれを解明する術は無く、全てを知ったであろうエストがここに居ない今、謎は深まるばかりだ。
とりあえず今日は寝て明日考えようとそれぞれの部屋に戻るが、システィリアは眠ることができなかった。
月明かりが差すベッドの上で、クッションを抱えながら想う。
「アンタは一体……何を見たっていうの?」
酷く暗い夜には、月明かりが眩く見える。
その光が強いほどに、影はより濃く身を潜めた。
ベッドからはみ出た尻尾の先端は黄色く、エストが見れば喜んで手入れをするだろう。しかしそのエストは今、衛兵に連れて行かれてしまった。
思えば、ナバルディ・ダードは人族語を使っていた。ここべルメッカに来てから獣人語しか聞いていなかったが、ナバルディは衛兵に対しても人族語で指示を出した。
獣人至上主義が根強いドゥレディアで、その統治者たるナバルディが人族語を使う時点で何かがおかしい。
「……本当は獣人じゃないのかもね。なんて」
呟くが、意外とその可能性もあるんじゃないかと思うシスティリア。
なにせ相手は冠を被っていたのだ。
権力の象徴としての冠ではなく、耳を隠すための装身具だとすれば人族語を使う理由としては納得がいく。
ただ、その方向性で考えるには不都合やデメリットの面が大きい。
まず冠を被る前のナバルディが、統治者に選ばれるとは言い難いのだ。
一目見たときからカリスマ性や威厳を感じる容姿ではなかったことから、システィリアとブロフの目には彼が統治者だとは見えなかった。
だから魔術で気を引いて統治者の座を奪ったにせよ、奪う理由も分からなければ、国を動かすようなこともしていない。
因果と結果。単魔法陣なら壊れていてもおかしくないほどに、ナバルディが上に立つ理由が見えないのだ。
「はぁ……ちゃんとご飯、食べたのかしら」
情報の整理は程々に、最愛の人の心配をするシスティリア。耳を動かしながら呟く姿は、歳相応の少女のようである。
旅先で踏んだ影の尻尾。
その正体に最も近づいたエストは今──
「それでね、ワイバーンが急に現れたんだ。空からドーンって」
「ほう、ワイバーンか! 危険であるな!」
「でも攻撃を避けたらそこまでだったよ。その日の晩ご飯になったからね」
「ガッハッハッ! 左様か! その風貌から名のある魔術師と見受けるが、レッカの宮廷魔術師であるか?」
「まさか。僕はただの旅人だよ。快適かつ楽しい旅をモットーにしてる」
薄暗い牢屋の中で、対面する牢に入れられた獅子のような獣人と談笑していた。世間話のように語られる内容は、魔族と戦うまでのエストの旅路である。
光魔術で両部屋に明かりを足すと、少し年老いた獣人は柔らかい笑みで『ありがとう』と言った。
「そういえばお爺さん、名前は?」
何気なく聞いた名前は、その影の輪郭を捉えさせる。
「ワシはナバルディ・ダード。本来この国を統治する全獣人族の頭だったが、ワケあって地下牢にぶち込まれた哀れな者だ」
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