第4章 狼の導き

第58話 初めての依頼



「服よし、お金よし、非常食よし」



 学園を卒業してから、3日が経った。


 実家にて持ち物確認を終えると、一端の旅人らしい姿になったエストは、魔女たちに500万リカを渡した。

 懐中時計を作るまでに分解した費用と、小さな親孝行のつもりである。


「よく3ヶ月で500万も貯めたね〜」


「どれだけ魔石を売ったんじゃ?」


「これ納品したらBランクになるくらい」


 そう言って背嚢から取り出したのは、ダークウルフの魔石だ。2人もよく知っている強い魔物だけに、お〜っと感嘆の声を漏らした。


「Bランクから魔石納品じゃ上がらないから、気を付けなよ〜」


「そうなんだ。まぁ、やれるだけやるよ」


「その意気じゃな。ゆっくりやればよい」


 3人で玄関を出ると、夏の虫が鳴いていた。

 季節は夏も真っ盛り。旅立ちには向かないが、氷が使えるエストには関係ない。


 地面に杖を置いたエストは、魔女を強く抱きしめた。


「……お母さん。行ってくるね」


「……うむ。怪我や病気には気を付けるんじゃぞ。それと……旅を楽しめ」


「うん。お母さんも気を付けて」



 嬉しそうに、されど寂しそうに離すと、悲しそうな顔で見つめるアリアを抱きしめるエスト。

 珍しく涙をこぼすアリアを見て、魔女は杖を拾い上げた。



「お姉ちゃん、色んなことを教えてくれてありがとう。次帰ってきた時は、全力で戦ってみたい」


「も〜、心も体も強くなっちゃって……そうだ、冒険者としてのアドバイスね。ダンジョンの魔物と野生の魔物は別物だと思うこと。いい?」


「うん。絶対に忘れない」


「それでよし。はぁ、愛する弟が出て行くなんて、お姉ちゃん寂しいよ〜」


 名残惜しそうに離れたら、エストに杖を渡す。

 学園を出てからまだ少ししか経っていないのに、次の目的に向かって進むエストが逞しく見えた。


 魔術師としての成長は早かったが、人としてのエストはまだまだ子ども。

 次に会った時はどれほど大きくなっているのか。

 しばらくのお別れを悲しむ、エルミリアだった。



「ありがとう。それじゃあ……行ってきます」



「「行ってらっしゃい!」」



 2人に見送られたエストは、入学の時と同様、まずは帝国へ向かう。前回と違う点は、リューゼニス王国を経由せず、直接帝国行くということ。


 魔女の森を抜けたエストは、風球フアではなく風域フローテで体を軽くすると、早馬の如き速度で走り出す。



「久しぶりの上級魔術……楽しっ」



 学園という空間から開放されたエストは、魔女に命じられていた氷魔術と初級限定の枷を外し、自由に魔術が使える。


 ただし、何かあった際は自己責任である以上、見せびらかすように使うのは好まれない。


 適材適所。使える魔術が多い以上、状況に見合った魔術を使っていくことが身を守るのだ。





「──はい、昇格ですね。Bランクから指名依頼の義務が発生するので、分からない点はちゃんと聞いてください」


 帝都のギルドで魔石を納品すると、予定通りに昇格した。ここからは依頼を受けないとランクが上がらないため、話を聞く姿勢をとった。



「まず、こちらの冒険者カードですが、依頼の指名が入った時と、ギルドからの緊急連絡があった場合、音がなります」


「通信しているんだね。風……いや、雷の応用かな」


「……よくご存知で。こちらは雷魔術の魔道具となっているので、音が鳴ったら魔力を通してください。送信側と会話ができるので、まずは確認を」


「わかった」



 他にも、再発行にはかなり高い費用がかかるため、宵越しの金を持たないならば扱いに気をつけること。原則、指名依頼は受理されるため最優先で仕事にあたることなど、諸注意を受けた。


 なりたてのBランクでは指名依頼が少ないので、しばらくは落ち着いて活動した方がいいらしい。



「以上で説明は終わりです。分からない点はありますか?」


「ない。ミーナさん、説明上手いよね」


「ふふっ、それが仕事ですから」


 新たに銀色のカードを受け取ると、史上最年少のBランク冒険者となった。ギルド内からも祝いの声が上がり、タイミング良く帰ってきたガリオは手を叩いて祝う。


「ちゃんと上げたんだな、やるじゃねぇか」


「ガリオさん、久しぶり」


「おう! これから討伐に行くのか?」


「そう……だね。簡単な依頼からやりたい」



 旅を始める前に、軽く慣らしておく方が大切である。ダンジョンでしか魔物と戦ったことのないエストは、野生の魔物と戦っておきたかった。


 その旨を伝えると、ガリオはDランク以上を対象とした、ゴブリンの討伐依頼書を持ってきた。



「俺も同行する。解体の仕方や死体の処理も教えてやるから、しっかり聞いておけ」


「ありがとう」



 受付嬢に承認をもらってから帝都を出ると、ダンジョンではなく、隣街へ続く街道沿いを歩いた。

 1時間ほど歩けば浅い森が見えてくるので、そこでレクチャーを受けることに。


 森に入って早々、3体のゴブリンに遭遇した。


 木々に溶け込むような緑色の肌をした、小人の姿の魔物である。

 1体は木の棍棒を。残りの2体は素手だった。

 初回から一対多の戦いではあるが、ダンジョンでの戦闘経験があるため、ガリオは腕を組んで見守っている。



『グキャッ! ギャギャ!』


「へぇ、一直線に来ないんだ。賢いね」



 棍棒持ちが先陣を切ると、左右に足を運びながら接近した。これが初めての戦闘なら危ういが、エストにとっては予想を越えられただけである。


 瞬時にゴブリンの動きを読み、杖を構える。


 杖先に火の魔法陣を出すと、3体は危機感を覚えたのか一斉に走り出した。



「なるほどね。野生の魔物は賢いんだ」


「ああ。そして今みたいに取り逃すと、他の冒険者や木こりの元へ行っちまい、最悪死者を出すわけだ」


「……氷針雨ヒュニサス



 魔物を逃がしてしまうリスクを知ったエストは、走るゴブリンの頭上に白の魔法陣を出現させた。

 一瞬にして氷の針が射出されると、ゴブリンの脳と心臓を穿つ。


 続いて土像アルデアを改変した土の縄を作ると、3体の亡骸を目の前に集めた。



「お前……ズルいな!」


「今更でしょ? それでこれ、どうするの?」


「全く、しょうがねぇ。まずは解体だ」



 ガリオは腰のナイフを取り出すと、棍棒を持っていたゴブリンの前で膝を着いた。ちょいちょいと手を振り、解体の仕方を教える。



「よく見てみろ。ゴブリンの右耳は先が赤紫になっているだろ? 反対に、左耳は緑のままだ」


「……本当だ。ダンジョンのとは違うね」


「その通り。見た目から習性まで、丸っきり違うんだよ。だからお前みたいな冒険者には、俺やディアが教えてんだ」



 ゴブリンの討伐を証明するのに、この右耳を切り取る。かなりグロテスクな光景だが、右耳以外にゴブリン固有のものがないため仕方ない。


 右耳を切ったあと、ガリオはゴブリンの胸を開いて見せた。心臓の中には豆粒のような魔石があり、これが魔物であることの証左となる。



「魔物と動物の違いは魔石の有無だ。この魔石により、魔物は魔術を使える……と、言われている」


「それは知ってる。ただ、ゴブリンは一部しか使えないんだよね。基礎魔力量が少ないから」


「ああ。強い魔物ほど、魔術にも気を付けねぇとな。お前は大丈夫……と言いたいが、気を付けて損はねぇ。ほら、お前もやってみろ」



 エストは頷き、残り2体の解体を始めた。

 一応ナイフは常備しているので、右耳を解体した後は、血や肉に釣られて他の魔物が来ないよう、処理の仕方を教わる。



「知ってると思うが、冒険者は火と土の適性が多い」


「あ〜、ミィも土だったね」


「そうだな。俺なりのやり方だと、死体は一度森から離した場所に置いてから、魔術で燃やしている」


「火事になったら大変だもんね」


「……ここだけの話、1回やらかした」


「おぉ、歩く魔道書だ」


「人の失敗を魔道書扱いすんな!」


「おかげで同じ轍は踏まなくて済んだ」


「そもそもエストなら一瞬で灰にするだろうが」



 よくお分かりで。

 目だけでそう語ると、ゴブリンの死体が深紅の球体に包まれた。


 延焼しないよう完璧に管理された火球メアの中では、温度を上げるために風球フアが展開されている。


 超高温で死体を焼くと、瞬く間に灰と化した。



「……ズリぃ。はぁ、土で埋めるのも手だからな」


「魔物は埋めて大丈夫なの?」


「当たり前だ。魔物の肉は栄養価が高いから、森の成長には欠かせねぇ。おかげでトレントなんて言う、木自体が魔物になっちまうほどだが」


「面白い進化をしたんだね」



 そうして、初めての依頼は無事に成功した。

 報酬は3,000リカと決して高くは無いが、魔石を売った時は違う達成感を味わった。


 本格的な旅は明日から始めると誓い、宿で1泊することに。見知った帝都が違う世界のように感じた一日に、エストは新鮮な気持ちで眠りについた。



 楽しむ気持ちを忘れない。

 眠るエストの口角は、少しばかり上がっていた。

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