第6章 砂漠覆う暗雲
第121話 ドゥレディアの歩き方
魔道都市ラゴッドを出た一行が、西へ向かって2週間が経った。その間にシスティリアによるブロフの同行許可や、通りかかった村で依頼を受けていた。
ブロフの超人的な筋力を村の大工が欲しがり、システィリアに惚れた村人に対して、エストが殺気をぶつけるということもあったが特に問題なく旅は進んでいる。
「僕からシスティを奪おうなんざ100万年早いわ!」
「お嬢、エストの怒りが収まらんぞ」
「大丈夫よ。頭を撫でながら寝たら明日には忘れてるもの」
「単純だな」
「まだアタシだから単純で済むけど、魔術の話だともっとキレるから気をつけた方がいいわよ」
「ああ。魔術は苦手だ。口に出さん」
ドワーフの間にも『口は災いの元』と似た言葉があるようで、知らないことは慎重に聞くべきだとブロフは認識している。
そしてシスティリアの言っていたことは事実となり、彼女に頭を撫でられながら眠ったエストは、翌朝にはケロッと復活した。
人間、ここまで単純に生きられるのかと感嘆するブロフだったが、良くも悪くもエストが異常であることを思い出す。
鬱蒼とした森を歩き続けていると、不意にエストが呟いた。
「少しずつだけど、暖かくなってきたね」
「あれ? エスト、知らないの?」
「なにが?」
「今向かってるドゥレディアって……」
「──砂漠にあるのよ」
森を抜けて目に入る光景は、所々に緑の点があるだけの白い砂塵が舞う広大な
ちょうど森を少し抜けたところに村があり、見慣れぬ動物に乗りながら西の砂丘に向けて進む姿が見えた。
「ここからはドゥレディアの領土だ。フードを深く被っていた方がいいぞ」
ブロフの忠告を受け、エストはフードに手を伸ばした。両隣の2人が被らなくていいのは、種族的な要因である。
獣人連合ドゥレディアは、レッカ帝国の一部が人族至上主義を掲げるように、獣人至上主義の閉鎖的な社会が広がっている。
それゆえに商人なども寄り付かず、砂漠の真ん中にある首都べルメッカはオアシスを中心に造られたのだ。
だが、少ない水資源を小さな村にまで行き渡らせることは難しく、こうした外国と近い村は、べルメッカより離れた位置にある村と水の取引を
「……ですって。村人が親切で良かったわね」
「外と近い村は温厚だそうだ」
「2人ともありがとう」
現在、近くで発生した砂嵐をやり過ごすために村に入れてもらった一行は、各々が得た情報を共有している。
人族であるエストが外に出るのは危ないため、システィリアとブロフが近隣住民から様々な話を聞いてきたのだ。
「僕思ったんだけどさ、魔術で水──」
話している最中に、システィリアが手で口を塞いだ。
「そんなことしたら奴隷に落とされるわよ? ここでは水魔術が使える人族は道具のように扱われるの」
「……わ、わかった」
「しばらくは氷も封印だな。大丈夫か?」
「僕は問題ない。システィの方が心配だよ」
光魔術しか使えないシスティリアは、魔術師としての力が半減…………ということはなく、治癒士の役割を果たせる以上、ただの魔術師と比べるまでもない。
攻撃系の魔術が使えないだけであって、その点はエストが担うために影響は少ないのだ。
「アタシは髪色が心配ね。色で適性がバレたら、今度はアタシが大変な目に遭いかねないわ」
「ふむ……切るか?」
「ブロフぅ? 氷漬けにしようかぁ?」
「すまない。聞かなかったことにしてくれ」
女の命とも言われる髪を切ることは、他ならぬエストが猛反発した。それでは対抗策が無いのかと言われると、実のところ沢山ある。
顔料を使って一時的に染めることもできるが、それは髪に優しくない。
そこでエストが取った策は、魔術を使うものだった。
「
「凄い……尻尾まで白いわね」
「光魔術だからシスティの好きな色で使えるよ」
「ホントに? 教えてちょうだい!」
砂嵐が止むまでの間、システィリアは光の性質についてエストに教えてもらい、ブロフは淡々と武器の手入れをして時間を潰す。
そうして数時間が経つと、今回の砂嵐は規模が小さかったらしく、元の生活に戻る声が聞こえた。
「僕たちも行こう」
エストに頷き、外へ出ると、南西に向かって流れるように砂嵐の背中が見えた。
早め早めの行動が望ましいと思い、避難させてくれた村人に感謝を伝えてから西を目指す。
ちょうど砂丘に足を踏み入れた辺りから、砂粒が小さくなっていることに気づいたエスト。砂が入らないようにズボンの裾を靴の中に入れると、砂丘を登りきった。
丘の先からは、黄色の強い
照り返す陽の光が熱く、夏の陽射しとはまた違う痛みにエストは頬を引き攣らせる。
「帰りたくなってきた」
「アンタの帰るべき場所はここよ?」
「……はいっ」
システィリアに手を繋がれると、ゆっくりと砂丘を降りていく。
水と食料には余裕があるが、のんびりしてはいられない。昼間は暑く、夜は寒い砂漠を歩く以上、目的地への早期到着は生死を分ける。
少しずつではあるが進んでいると、ブロフがハンマーを構えた。
「来るぞ」
突然として砂の海を揺らしながら現れたのは、砂漠にしか居ない魔物である大型のサンド・ワームである。
何かの幼虫のような蛇腹状の胴体は白く、上半身を出した時に見える腹脚が蠢く姿は虫嫌いにはたまらない気持ち悪さをしていた。
頭部には鋭い棘のような牙を円形に生やし、ギチギチと音を立てながら襲ってくる。
「お嬢、オレが奴を怯ませる。胴体を切れ」
「……ちょっとアレはキモすぎるわよ」
「意外と美味しそうじゃない?」
「アンタは食欲が人の形をした何かなの?」
言い合いもほどほどに戦闘態勢をとると、宣言通りブロフが殴ったのだが、予想以上に弾力の強いサンド・ワームの肌がブロフの打撃を吸収する。
すかさずシスティリアが胴体を十字に斬るものの、見上げるほどの巨躯であるサンド・ワームには効果が薄い。
「痛覚が無いのかな? 強いね。
エストは2人の前に壁を出し、サンド・ワームの噛みつきを逸らしてから大量の
飛び散った体液が甘い匂いを放ち、エストは『ほらね?』と誇らしげな顔を埋めしている。
「アタシたち、相性の良いパーティね」
「それぞれが特化してるからかな」
「だと思うぞ。エストの壁を出す判断といい、不測の事態に対するシスティリア嬢の行動力といい、上手く噛み合っている」
せっかくだからとサンド・ワームの死体を亜空間に入れると、何事も無かったかのように歩き出す3人。
「さっきのがAランク下位のサンド・ワームよね。よく無傷で倒せたわ」
「僕たちの実力がAランク以上ってこと」
「過去Aランク、現Aランク、そしてドラゴンをほぼ単独討伐……過剰な戦力だ」
「過剰でいいんだよ。本当に」
どこか祈るような声色のエストに、システィリアは小さく頷いた。何せ、これだけ強くても勝てるか分からない敵が存在するのだ。
人間の言葉を使い、数多の魔法を繰り出し、虐殺の限りを尽くす。そんな敵と、既に戦ったのだから。
「それはそれとして、ご飯にしよう。僕お腹すいちゃった」
「もう、エストってば」
「サンド・ワームは食えるらしいぞ」
「絶っっっ対ムリ! アタシ食べないから!」
「システィ、頂いた命は残さないのが礼儀だよ」
「……うぅ、やだぁぁ!」
最後まで拒否を続けるシスティリアだったが、サンド・ワームの
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